テラーノベル
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その日は、突然訪れた。
週末の午後
資格試験の模試を終えた私がリビングで一息ついていると
玄関のインターホンが静かに、けれど重々しく鳴り響いた。
モニターに映っていたのは、かつて高橋の本家で対面した、徹さんのおじい様──正蔵さんだった。
「おじい様……!?」
「驚かせてすまないね。近くまで来たから、孫の暮らしぶりを覗きに来たよ」
一度はお会いし、私たちの関係を「見届ける」と言ってくださった方。
けれど、抜き打ちの訪問に心臓が跳ね上がる。徹さんはまだ仕事の用事で外出中だ。
「あっ、立ち話もなんですし、どうぞ中へ……!」
私は慌てておじい様をリビングへと招き入れた。
本家でお会いした時の威圧感は健在だが、その眼差しはどこか試すような鋭さを孕んでいる。
私は深呼吸をし、かつての「偽装彼女」だった自分を捨て
今の自分の全力を尽くしておもてなしをすることに決めた。
「急なことでお恥ずかしいのですが…今、お茶をお淹れしますね」
私はキッチンに立ち、所作の一つひとつに意識を集中させた。
徹さんから教わった礼儀作法、そして徹さんの隣に並ぶために身につけた知識。
お出ししたのは、おじい様が好まれると徹さんから聞いていた、少し珍しい品種の煎茶。
それに合わせて、私がプロジェクトの合間に見つけた、甘さを抑えた季節の和菓子を添えた。
おじい様は、私が淹れたお茶を一口啜り、ふっと目を細めた。
「……いいお茶だ。それに、この部屋には『芯』がある」
おじい様はテーブルの上に置かれた
私の書き込みだらけの参考書や、プロジェクトの資料に視線を向けた。
「徹から聞いているよ。君が独りで戦っていることも。…かつての君は、こんなに前に出るような人間ではなかったこと。だが、今の君の目は、高橋の看板に頼らず、自分の足で立とうとする者の目だ」
「おじい様……」
「徹が君に溺れる理由がようやく分かった。あいつは、君という鏡を見て、自分を律しているのだな。今のあいつが当主としての自覚を持ち始めたのは、君が隣で背筋を伸ばしているからだ」
その言葉に、胸が熱くなる。
認められたい一心で必死だったけれど、私の努力は、ちゃんと徹さんの力にもなっていた。
「ただいま、結衣……って、どうしてじい様がここに…?」
そこへ、予定より早く徹さんが帰宅した。
玄関からリビングへ駆け込んできた徹さんは
私とおじい様が穏やかに向かい合っているのを見て、呆然と立ち尽くした。
「様子を見に来ただけだ。……前に認めるとは言ったが…この娘なら、高橋の重圧に潰されることはないだろうな」
おじい様は満足げに立ち上がると、徹さんの肩を一度だけ強く叩き、嵐のように去っていった。
「……結衣。何を話してたの?」
緊張の糸が切れて座り込む私に、徹さんが駆け寄り、後ろから抱きしめてきた。
「……内緒です。でも、少しだけ自信がつきました。私、徹さんの隣にいてもいいんだって」
私が微笑むと、徹さんは私の首筋に顔を埋め、深く息を吐いた。
徹さんの腕の力が強くなる。
家督という大きな壁も、おじい様の鋭い視線も、本家の重圧も二人で向き合えば怖くない。
夕暮れ時のリビングで
私たちは再び、お互いの絆を深く、静かに確かめ合った。
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