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#ワンナイトラブ
おまる
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月曜日の朝
オフィスに足を踏み入れると、空気がぴりりと張り詰めていた。
今日から私がリーダーを務める、海外のIT企業との提携プロジェクトが本格始動する。
デスクに座るなり
隣の席の徹さんが「おはよう、田中さん」と、いつも通りの、けれどどこか厳格さを孕んだ声で私を呼んだ。
「おはようございます、専務」
私もまた、恋人の顔を捨てて「部下」としての顔を作る。
午前十時、社内の大会議室。
役員たちがずらりと並ぶ中、私はプレゼンの中央に立った。
「今回の提携案における最大のリスクは、現地の法規制への適応スピードです。しかし、弊社が持つ既存のネットワークを活用すれば……」
私が説明を続ける中、徹さんは腕を組み、鋭い眼差しでスライドを凝視していた。
やがて、彼は冷徹なトーンで遮るように問いを投げかけてきた。
「その『ネットワーク』の維持コストが予算を圧迫した場合、第二案はあるのか? 田中リーダー、君の甘い見通しで会社に損害を出すわけにはいかないんだ」
容赦のない指摘に、会場に緊張が走る。
昔の私なら、彼の威圧感に気圧されて言葉を詰まらせていただろう。
けれど、今の私は違う。
夜遅くまで専門書を読み漁り、徹さんの隣で多くのことを学んできた。
「……もちろんです。予算が10%以上超過した場合は、現地パートナーとの折半プランへと切り替える準備ができています。資料の15ページをご覧ください」
私が淀みなく答えると、徹さんはわずかに目を見開き、それから満足げに口角を上げた。
「……いいだろう。続けろ」
会議が終わった後、廊下ですれ違った役員たちが
「あの田中さん、専務と対等にやり合ってたな」
「ただの七光りじゃない」
と囁き合っているのが聞こえた。
徹さんの背中を追いかけるだけじゃなく、ようやく隣を歩き始めた実感が、私の胸を熱くさせた。
けれど、そんな「戦う女」の自負は、家のドアを開けた瞬間に霧散することになる。
「……っ、疲れたぁ…」
パンプスを脱ぎ、リビングに入った途端。
後ろから伸びてきた逞しい腕に、逃げる隙もなく抱きしめられた。
「あ、徹さん…ちょっと、まだスーツ……」
「……あんなに大勢の前で、俺を論破するなんてね。…すっかり立派になっちゃって、俺、誇らしい反面、すごく寂しかったんだから」
徹さんは私の肩に顔を埋め、深く息を吐き出した。
さっきまで会議室で私を冷たく突き放していた専務と、今こうして私の髪に鼻先を寄せて甘えている男が、どうしても結びつかない。
「でも会議のときの徹さん、すごく怖かったです」
「そうしないと、結衣の努力が『専務の婚約者だから』っていう色眼鏡で見られてしまうからね」
「……でも、その反動で今、猛烈に結衣を独占したいし甘やかしたくなってるよ」
徹さんは私をソファへと押し倒すと、私の両手首を片手で優しく、けれど抗えない強さで封じた。
「昼間は、俺の完璧な『部下』。……でも、今は俺だけの『結衣』でしょ?」
蕩けるような甘い声。
徹さんの指先が私のブラウスのボタンをゆっくりと解いていく。
その瞳に宿るのは、知性でも冷徹さでもない、私への剥き出しの執着だ。
「……結衣の頑張りは、俺が一番近くで見てた…だから今夜は、俺が全部甘やかして、とろとろに溶かしてあげる」
耳たぶを甘噛みされ、私は熱い溜息を漏らすことしかできなかった。
仕事で認められる喜びと、家で彼に溺愛される悦び。
その両方があるから、私はもっと、この人の隣で輝きたいと思えるのだ。