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きなこ猫
紫宮 叶夢
続きです!
「いただきます!」
「いただきます〜」
向かい合わせに座って、2人で綺麗に手を合わせる。
JISOOがタイカレーをひと口食べた瞬間、その綺麗な顔がぱっと明るくなった。
「え、めっちゃ美味しい……!」
「ほんと?」
「うん。もう完全にプロの味だよ、これ!」
嬉しそうにスプーンを動かす姿に、私の口元も緩みっぱなしだ。
「よかったぁ、今日のためにスパイスからちょっとこだわってみたの!」
私は得意げに胸を張る。
「スゴすぎる…」
オンニは楽しそうに笑って、小鉢へと箸を伸ばした。
こうやって、私の作ったご飯を美味しそうに食べてくれる顔を見るだけで、胸がいっぱいになる。
「ナオ、今日ずっとにこにこしてるね」
「え、そうかな?」
「うん。私より幸せそうな顔してる」
「そりゃあ……大好きなオンニがこんなに褒めてくれて、嬉しそうにしてくれるんだもん。当たり前でしょ?」
「なにそれ」
JISOOが照れたように笑う。
「でも、本当にありがとうね」
「……」
向けられた真っ直ぐな言葉に、一瞬だけ胸がちくっと痛んだ。
こんなに忙しくて疲れているオンニに。
これから私は、例のブツを盛ろうとしている。
(……いや、でも、美容と健康にもいいって書いてあったし!)
必死に思い返しては、自分で「いやいや」と心の中で激しくツッコむ。
何回言い訳したところで、“恋人に薬を盛る”っていう字面は完全に終わっている。
「ナオ?」
「へっ!?」
急に名前を呼ばれて、裏返った変な声が出た。
JISOOが不思議そうな顔でこっちを見ている。
「なんか考え事?」
「あ、いや! なんでもない、なんでもない!」
「ふふっ、変なの」
怪しまれていないかと内心ヒヤヒヤしながら、私は慌ててタイカレーを口へ運ぶ。
自信作のはずなのに、今は緊張のせいで味が全然わからなかった。
ご飯を食べ終えて、2人で「ごちそうさま」をする。
「よし、じゃあお皿洗うね〜」
立ち上がろうとしたJISOOを見て、私の心臓がひゅっと縮んだ。
(まずい——っ!)
キッチンには、さっきこっそり置いてきた例の小瓶がある。
「だ、大丈夫だから! 座ってて!」
慌ててオンニの前に回り込んで、肩をぐいっと押してソファの方へ押し戻していく。
「今日は『オンニ感謝DAY』なので!」
「え?」
「オンニはそこで、まったりしてて!」
「いやでも、さすがに全部やってもらうのは悪いよ?」
「いいのいいの! 私がやりたいだけ!」
半ば強引に座らせると、JISOOは困ったように笑って首を傾げた。
「記念日でもないのに?」
「記念日じゃないなら、記念日にするもん!」
押し切るように言い放ち、私は逃げるみたいにキッチンへ向かった。
背中にJISOOの視線が刺さるのを感じる。
シンクにお皿を置いた瞬間、小さく息を吐く。
視線を下げると、キッチンの端。
そこに、問題の小さな瓶がちょこんと置かれていた。
「うわっ」
急いで手に取って、とりあえず部屋着のポケットの中へ滑り込ませた。
「ふぅ……」
小さく息を吐きながら、私は手早く食器を洗っていく。
その間にも、リビングからはテレビの音と、時々JISOOの小さな笑い声が聞こえてきた。
(危なかったぁ……)
もしオンニがキッチンに来ていたら、絶対に言い訳できなかった。
食器を片付け終えると、私は冷蔵庫を開ける。
中には、お昼に受け取ってきた葡萄のチーズケーキ。
「よし」
二人で食べきれる分だけ丁寧に切り分けて、お皿へ盛り付ける。
そして紅茶の準備をしようと戸棚からティーカップを取り出した。
そして例のやつ。
「……」
——3万円。
たった15ミリリットルで、3万円。
「高すぎるやろ、ほんま……」
震える手で数滴だけ、淹れたての紅茶へ落とす。
透明な液体は、一瞬で琥珀色の波に溶けて消えていった。
無味無臭、無色透明。
見た目はただの、ちょっといいノンカフェインティー。
「オンニ、お待たせ〜」
ケーキと、その横へ何食わぬ顔をして紅茶のカップを置いた。
「ありがとう!」
JISOOは何も疑わず、嬉しそうにフォークを手に取る。
私は向かいの席に座り直したものの、内心は心臓が口から飛び出しそうなくらい落ち着かなかった。
そんな私の葛藤なんて露知らず、JISOOがチーズケーキをひとくち口に運ぶ。
その瞬間。
「……あ」
小さく声を漏らして、オンニの動きが止まった。
「……え? オンニ?」
JISOOは何かを言おうとしたみたいに口を開く。
でも、言葉にならない。
ゆっくりと瞬きをした次の瞬間。
ぽろっ。
大粒の涙が、その綺麗な頬を伝い落ちた。
「えっ!?!?!?」
私は驚きのあまり、椅子を蹴立てるようにして立ち上がる。
「ど、どうしたん!? 美味しくなかった!?」
「ちが……っ、違うの……」
JISOOが慌てて首を振る。
けれど、涙はぽろぽろと止まらない。
「おいしすぎるし……」
「え?」
JISOOは泣き笑いみたいな顔で、「あー、涙出ちゃう」と目元をぱたぱた仰いだ。
「最近、ほんとに忙しかったから……」
ぽつり、と胸の奥をこぼすように呟く。
「二人とも全然ゆっくりできなかったし、帰ってきても疲れて、そのまま寝落ちしたりしてたじゃん」
「……うん」
「なのに、せっかくのOFFの日に、ナオが私のためにこんなに準備してくれてたんだって思ったら……」
そこでまた少し、声を詰まらせる。
「なんか、めちゃくちゃ嬉しくて」
「オンニ……」
「ご飯も、お花も、ケーキも、全部私の好きなものばっかりで……」
困ったように笑いながら、それでもJISOOは世界で一番幸せそうな顔をしていた。
「なんか改めて、ナオの彼女になれてよかったなぁって思った」
「もう、ほんと。こんなに幸せでいいのかなってくらい、今すごく幸せ」
そう言いながら、JISOOは照れ隠しみたいに手元の紅茶へ口をつけた。
私は反射的に背筋を伸ばす。
飲んだ。
今、確実に飲んだ。
ごく、ごく、とオンニの喉が動くたびに、全身から嫌な汗がじわじわと吹き出してくる。
(あ〜〜〜〜〜……私、最低や……)
さっきまで浮かれていた気持ちが、一気にしぼんでいく。
こんなに嬉しそうに笑ってくれているオンニに。
泣くほど幸せだって言ってくれた大好きな人に。
私、今、媚薬入りの紅茶を飲ませたんやけど……。
(ほんまにごめん、オンニ……!)
「お、オンニ。紅茶……どう? 美味しい?」
「ん〜? うん、普通に美味しいけど……どうしたの?」
「いや、その……!」
慌てて脳内からそれっぽい言い訳を引っ張り出す。
「あ、そう! ケーキ屋さんに受け取りに行ったときにね、このケーキに合う良い紅茶を教えてもらったんよ!」
「へぇ〜。そう言われてみると、なんだかいつもより深みがあって美味しい気がする」
何も知らないオンニは、ふふっと笑ってまた紅茶を口に運んだ。
それから、ケーキを食べ終えた私たちは、一緒に歯を磨いて、しばらくアニメやテレビを観ながらだらだらと過ごしていた。
だけど——。
(……えぇー、何にも起きないやん)
私はこっそりJISOOの様子をうかがう。
けれど、特に変わった様子はない。
普通に笑って、普通にテレビを見て、普通にソファでくつろいでいる。
(おかしいなぁ。あんなに高かったのに……やっぱり偽物やったんかなぁ……)
変化の兆しは一ミリも見当たらなかった。
「やば、もうすぐ22時じゃん」
ふと時計を見たJISOOが立ち上がる。
「私、お風呂入ってくるね。ナオは?」
「私はもう夕方に入っちゃった」
「そっか。じゃあ入ってくるね」
「はーい、いってらっしゃい」
ぱたぱたと浴室へ向かう背中を見送りながら、私はソファへ深くもたれた。
(まぁ、仕込みは失敗しちゃったけど……)
オンニがあれだけ泣くほど喜んでくれた。
それだけで、今日頑張った甲斐は十分あった気がする。
(サプライズは大成功ってことで、いっか!)
完全に拍子抜けした私は、すっかり警戒心をなくしていた。
「先にベッド入っとこ〜」
のんきにスマホを片手に寝室へ向かい、そのままふかふかの布団へ潜り込んだ。
作者です。
テスト期間に突入するため、次回更新は6月14日以降になります!
めちゃくちゃ中途半端なところで止まっていますが、続きはちゃんと考えてありますのでご安心ください。
しばらくお待たせしてしまいますが、気長に待っていただけたら嬉しいです!
それではまた次回!
コメント
2件

今回も最高です🫶💖テスト頑張ってください‼︎✊
「媚薬盛るって完全にアカンやつやん……!」って思わずツッコんだけど、JISOOがあんなに感動して泣いてくれるのに胸がぎゅっとなったわ。サプライズはバッチリ成功したのに、まだ何か起きそうな雰囲気で続きが気になりすぎる! テスト期間頑張って、また戻ってきてな〜待ってるで🔥