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ただでさえタクシーが絡む事件は解決が難しい。指紋、衣類の繊維、足跡痕、土や砂利の残留物、日々多種多様大勢の客を送迎するタクシーの車内は証拠品の歴史博物館だ。それが原因で迷宮入りしたタクシー殺人事件はここ15年で2件もある。
今回の事件発生時は近年稀に見る暴風雨で通行車両や目撃情報もない。しかも警察の緊急車両が到着する以前に被害者の同僚が現場に次々と集まり、“川北大橋”には6台のタクシーが無造作に駐車され、犯行現場の土手は踏み荒らされた。
また、殺人が行われたと推測される112号車には指紋が彼方此方に付着して初動捜査は混乱し、鑑識官は頭を抱えた。
白山から押し寄せる濁流が証拠品を日本海へと押し流したのか、通報者がそれを隠滅したのか、凶器は車内に残されたスパナ、その他に犯人に繋がる遺留物は極めて少なかった。
「なぁ、どう思う」
「被害者が、下半身・・・・着衣が乱れていた事ですか?」
「そうだ」
「乗車客を此処に連れ込んで暴行しようとした」
「可能性はあるな」
|久我 隼人《くがはやと》
金沢中警察署 捜査一課 警視正
|竹村 誠《たけむらまこと》
金沢警察署 捜査一課 警部
「竹村さん、そうすると今回は正当防衛には・・・」
「正当防衛にしてはスパナで頭ぶちのめして川に落とす、やりすぎじゃねぇか?」
「そうですね」
”川北大橋”周辺は立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされ、被害者と112号車を除く6人のタクシードライバーと6台のタクシーは一旦、金沢市西泉にある北陸交通本社に移送された。これから6人のドライバーの指紋採取と足跡痕、タイヤ痕、その他にドライブレコーダーに録画された車内車外映像と音声、GPS配車経路を検証する為に各車のSDカードが押収される。
橋のたもとのアスファルトから土手に続くタイヤ痕を調べようと這いつくばっていた青いつなぎの鑑識官が両手を振った。
「どうした、何か分かりそうか?」
「該当車両のタイヤ痕の形状、前輪、後輪の角度から進行方向はあちらから来たと思われます」
「加賀産業道路か」
「はい」
鑑識官が指さしたのは橋から緩い坂道を下り、その後急勾配で上る山間の加賀産業道路、金沢市方面からではなく真逆の小松、加賀市方面。乗客は何処から乗った?料金メーターは10,000円を軽く超えていた。この時間帯にこの付近への本社配車室からの112号車への配車(迎車)履歴はない。乗車料金の金額から考えても”川北”近辺で乗せた、ただの流しの客でもない。
「この112号車のSDカードの解析は進んでんのか?」
「それが、無いんです。」
「ん?」
「無いんです。抜かれているんです。」
ほとんど打ち付ける豪雨で流されたであろう足跡痕に石こうを流し込む鑑識官の背中を眺めながら竹村はボリボリと首の後ろを掻いた。
「そりゃあご丁寧なこった。」
「はい。」
「ふん。いきなり襲われて、スパナで相手の頭ぶちのめして、SDカード抜いて?」
「はい。」
「偉い冷静というか、詳しいな。」
鳥のさえずりが渦巻く川面と捜査員、鑑識官の飛び交う声で掻き消される。
「さて、北陸交通で現場を荒らしまわった奴らにご挨拶するか。」
「はい。」
二人の警察官を乗せた捜査車両は金沢市西泉へと向かった。