テラーノベル
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降り出した雨が、倉庫から持ち出した火薬の匂いを冷たく叩き落としていく。
志摩が運転する車は、都心から外れた郊外の聖マリア病院へと向かっていた。
拓海の妻が検診に通い、来月には新しい命が産声を上げるはずだった場所だ。
「……あいつ、俺に言ったんだ。もし俺に何かあったら、子供の顔だけは見てやってくれって」
助手席で、俺は銃弾の掠り傷を雑にバンダナで縛りながら呟いた。
「縁起でもねえこと言うな、って笑い飛ばしちまった。あいつはあの時から、死の足音を聞いてたんだ」
「極道の勘ってやつか。皮肉なもんだな」
志摩がハンドルを切り、病院の裏手にある駐車場に車を滑り込ませる。
深夜の病院は静まり返り、白く無機質な建物が巨大な墓標のようにそびえ立っていた。
俺たちは監視カメラを避け、非常階段から産婦人科のフロアへと向かった。
消毒液の匂い。
新生児室から聞こえる、微かな泣き声。
暴力と血の臭いにまみれた俺たちにとって、そこはあまりにも場違いな「生」の場所だった。
「……ここだ。302号室、拓海の嫁さんの担当医の待合コーナー」
ベンチの端、目立たない場所に置かれた小さな観葉植物。
その鉢の裏側に、粘着テープで固定されたメモリーカードが貼り付けられていた。
拓海が最後に俺を呼び出そうとした場所。
あいつが命を託したのは、最も守りたかった「未来」のすぐそばだった。
「あったか、黒嵜」
「ああ。……これ一つで、全部が終わるのか」
その時だった。
廊下の向こうから、ゆっくりとした足音が近づいてくる。
カツン、カツンと、硬い靴音が静寂を切り裂く。
「……感心しましたよ、黒嵜の兄貴。まさか、こんな所にまで足を運ぶとは」
現れたのは、仕立てのいい三つ揃いのスーツを身に纏った男。
榊原組顧問弁護士、久保田だ。
その手には、不釣り合いなサイレンサー付きの自動拳銃が握られていた。
「久保田……。お前が直々に掃除に来るとはな」
「兄貴、あなたは情に厚すぎた。拓海を消せと言ったのは、組長ではなく私ですよ」
「………」
「あの子は正義感なんていう、極道には不必要なものを持ち込みすぎた」
久保田の眼鏡の奥で、冷徹な理性が光る。
こいつは、親父すらも操っている。
政界の「闇の金」を守るために。
「拓海を……。顔も分からなくなるまで殴らせたのは、お前か」
「指紋を残さないための最善策ですよ。さあ、そのカードを渡してください。そうすれば、あなたの弟分のお嫁さんに、悲しい『事故』が起きることはありません」
俺の指に、怒りで力がこもる。
こいつは今、この聖域で、産まれてくる命までをも脅しの道具に使った。
「志摩。……こいつは、俺にやらせろ」
「分かってる。……だが、殺すなよ。そいつは『生き証人』だ」
俺はメモリーカードをポケットに放り込み、腰のドス……ではなく、志摩から渡された銃を構えた。
だが、俺が選んだのは引き金を引くことじゃなかった。
俺は銃を床に捨て、弾丸のような速度で久保田の懐へ飛び込んだ。
法で守られた悪党には、極道の「理不尽」を叩き込んでやる必要がある。
「……俺が、地獄を見せてやるよ」
深夜の病院に、肉と骨が砕ける音が響き渡った。
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