「美味シイ」
アイスココアを一口飲んだ少女はそう言って微笑む。青紫色の肌と、身体の所々にある継ぎ接ぎ。そんな特徴を持つ彼女はゾンビだった。
「驚いたよ。まさかゾンビまでこの店に来るなんてね」
「コッチモ驚イタヨ。アンタ、アタシガ怖ク無イノ?」
「全然。だって元は人間じゃないか」
「マア、確カニネ」
千弦先生はマスターと同じで、どんな種族がやって来ても動じる気配がない。それどころか自ら進んで話しかけるタイプの人だった。
「ところで、さっきほつれていた箇所は大丈夫?」
「問題無イヨ。痛クモ無イシ」
「それなら良かったのかな」
彼女の言葉を聞いてもなお心配そうな顔をしている先生に僕は言う。
「さっきも説明しましたけど、ゾンビには痛覚が無いので大丈夫です」
「そうは言ったってね……」
先生は少女の肘に視線を向けた。そこには応急処置として包帯が巻いてある。
「優シイノネ。他ノ人間ハ恐レルノニ」
「どうかな。私がキミの世界の住人だったら、こうやってゾンビと話すことすらしなかったかもしれない」
そう口にした千弦先生の表情は、どこか憂いを帯びていた。
「おかわりは、いかがなさいますか?」
コップが空になったのと同時にマスターが少女に尋ねた。
「ソウネ、コノ人ト同ジノヲチョウダイ」
「同じの、とは?」
「あ、えっと――」
「アップルティーを一つ」
「かしこまりました」
思わず動揺してしまった僕に代わって千弦先生が注文する。この人は本当に手慣れている、いろいろと。
「ところで名前を聞いてもいいかな?」
「名前ネ、ナンダッタカシラ?」
「覚えてないの?」
「忘レチャッタワネ。ダカラアンタ付ケテヨ」
「私が?」
「ソウヨ」
「僕も賛成です」
千弦先生は小説を書いているからきっと名付けのセンスもあるはずだ。
「そうだな、それじゃあアップルにちなんで『マル』はどう?」
「いやマルはさすがに――」
「イイワネ。今度カラソウ名乗ルワ」
そのまま過ぎるでしょう、と指摘できないまま決まってしまった。
「エイムくんどうかした?」
「……いえ、マル様自身が良ければ良いです」
「ソレナラ良カッタ」
千弦先生を傷つけたくはないし、なによりマル様本人が嬉しそうなので何も言えない。
「そういえば」
思い出したように先生が口を開く。
「この店タルトタタンあったよね?」
「ありますけど……」
「じゃあそれを二つ」
「かしこまりました」
それから少しして二切れのタルトタタンが彼女達の前に置かれた。
「美味シソウ!」
「そうだよね!私一回食べてみたかったんだ」
「それならそうと注文してくだされば……」
「折角なら感想を共有したいじゃないか」
千弦先生はそう言うと、マル様に微笑みかけた。
コメント
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マルさん好きだー!可愛い!! 喋る時にカタカナになってるのもめっちゃいい!!
マルさんかわええな