テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
⚠ショッキングな描写があります。
ごめん
・・・・・・・・・・
8月。俺たちは11歳になった。普段あまり口を利かなくなった無一郎と、この日だけはお互いに「おめでとう」と声を掛け合った。
誕生日と数日ずれて2人で山を下り、切った木を売って買い物をしたその後。
いつものように茉鈴の店に立ち寄ると、その日は無一郎と俺を2人いっぺんにぎゅっと抱き締めてくれた。
『有一郎くん、無一郎くん。当日言えなかったけど、お誕生日おめでとう! 』
「えへへ…ありがとう」
「ありがとう」
そのひと月前に13歳になった茉鈴には、俺たち2人から蜻蛉玉の簪を贈った。
晴れた空のような青に、鮮やかな明るい黄色の向日葵の柄が入った蜻蛉玉。子どもの俺たちには少々値段が高いと感じる品物だったけれど、向日葵は俺たちにとって特別な思い出のある花だったし、それを髪に着ける茉鈴のことを思い浮かべたら、どうしてもそれを彼女の誕生日に贈りたいと思った。
「簪、着けてくれて嬉しい」
無一郎の顔に笑みが零れた。
『毎日着けてるよ。すごく気に入ってるの。素敵な贈り物をありがとう』
そう言って茉鈴も笑った。可愛いし綺麗だ。なんだか会う度に、大人っぽくなっているような気がする。
その日は、茉鈴の家で俺と無一郎の誕生日を祝ってくれた。
馴染みのある和食、初めての洋食、デザートも。全部すごく美味しかった。
両親が亡くなってから兄弟2人だけの生活になってとても寂しい思いをしていたけれど、この時は茉鈴と茉鈴のお父さんお母さんと食卓を囲んで、あったかくて嬉しくて。久し振りに心から幸せだと思った。
暫く前、茉鈴が一緒に暮らそうと言ってくれたのを断ったことを、いつにも増して後悔した。
8月の終わり。その年は例年以上に暑くて、夜になっても蝉が鳴いているくらいだった。
朝の比較的涼しい時間に木を背負って山を下り、麓に向かう。どの店にも個人宅にも、風鈴がぶら下げてあったり打ち水がされていたり。みんな少しでも涼しく過ごそうと努めていた。
茉鈴の店に行くとそこも例外なく軒先に風鈴が下げられており、ちりん…ちりん…と澄んだ高い音を奏でていた。
「茉鈴!」
『あ、2人ともいらっしゃい!』
茉鈴は夏物の着物の袖を襷掛して店の前の掃き掃除をしていた。
今日も簪を着けてくれている茉鈴。暑いからか、髪はいつもより高い位置に纏められていた。白くて綺麗なうなじが見える。
夏場、山を下りた日、昼の暑い時間は麓の村でしばらく過ごして、夕方少し涼しくなってから山に戻る。父さんと母さんが生きていた頃もそうしていた。
『もうお買い物は済んだの?』
「うん」
『そっか。お昼ご飯は食べた?うちはこれからお素麺にするけど、まだなら一緒にどう?』
「いいの?」
『もちろん!』
いつも何か振る舞ってもらってばかりなのは申し訳ないので、お昼ご飯を作っている間、何か店のことを手伝うと申し出た俺たち。
すると茉鈴は店先に咲いている花の水やりと萎んだ花の間引きを依頼してきた。
茉鈴の店には、一瞬花屋と見間違えるほどたくさんの花が咲き誇っていた。売り物もあるし、そうでなくてもお客さんが欲しいと言ったら少しずつ分けてあげているらしい。
「…綺麗だね」
「うん…」
自然にそんなやり取りができるくらい、俺たちは茉鈴の店の花々に癒されていた。
花は愛情をかけただけ美しく咲いて応えてくれると聞いたことがある。茉鈴の店の花たちは今日も陽の光を浴びて嬉しそうに咲き誇っていた。たくさんの愛をもらって育てられていることの表れだろう。言葉を話さない花にも愛情深く接してやれる茉鈴。俺も無一郎もそんな彼女の強い優しさに救われている。
『お待たせ。できたよ』
「「ありがとう」」
手を洗って住居に行くと、細く切った玉子焼きや野菜の乗った素麺が用意されていた。
「「いただきます」」
『いただきます』
しっかり冷やされた素麺がつるりと喉を通っていく。
「美味しい!」
「茉鈴が作ってくれる料理どれも好き!」
『ありがとう!嬉しいな』
俺たちの言葉に、茉鈴がにっこり笑った。
昼食をいただいた後は茉鈴の店の手伝いをして時間を潰す。商品を綺麗に並べ直したり、隙間の埃を除去したり。時々、やって来るお客さんたちと会話もする。
少し日が傾いてきた。そろそろ帰る時間だ。
『2人とも、今日もお手伝いありがとう』
「ううん。こちらこそお昼ご飯ありがとう」
「杣人の仕事も好きだけど、茉鈴のお店手伝うのも好き」
『ほんと?嬉しいな』
優しい笑顔を浮かべた茉鈴。でも心なしか、その笑顔が不安の色を示しているような……。
『……ねえ、2人とも。…今日は帰らないでここに泊まっていかない?』
「「えっ?」」
“一緒に暮らそう”と言われたことはあるけれど、“泊まって”は初めてで俺も無一郎も驚いて聞き返してしまった。
「なんで?茉鈴、どうしたの?」
「何かあったのか?」
『ん…特に何かあったってわけじゃないんだけど……。何となく、今日は帰ってほしくない……。…このまま2人を見送ったら、その…すごく後悔しそうな気がするの。上手く言えないけど…』
珍しくはっきりと話さない茉鈴。
『…お願い。今日だけ。今夜だけここにいて。ちゃんとお布団も着替えも用意するから。今日はどうしても2人とさよならしたくないの』
「でも……」
俺と無一郎が顔を見合わせる。
はっきりとした理由もなく引き留められても正直困ってしまう。いくら大好きな茉鈴の頼みでも。
「茉鈴、大丈夫だよ。また来るからさ」
「そうだよ。何かの気のせいだよ、きっと」
普段は励ましてもらっている立場の俺たちが茉鈴の肩を軽く叩く。
『…………』
浮かない顔の茉鈴。
「じゃあ、明日もまた来る。約束。それでいい?」
「それなら納得してくれる?」
『……ほんとに明日、来てくれる?用事がなくても』
「うん」
「会いに来るよ」
『………わかった』
渋々といった様子で頷いた茉鈴。
ふぅ…、と深呼吸をひとつして口を開く。
『また来てね。絶対よ。約束だからね』
「うん、約束」
「また明日ね」
いつものように順番に抱き締め合う。ほんの少しだけ身体を震わせていた茉鈴。でも笑顔は普段通りの明るいものだった。
暗くなる前に山奥の自分たちの家に帰る俺と無一郎。茉鈴は俺たちが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていてくれた。
それが、茉鈴と交わした最後のやり取りだった。
その晩。やっぱり暑くて寝苦しい。扉も窓も開けたまま布団に横になっていた俺と無一郎のところに、得体の知れないバケモノがやってきた。
そいつが“鬼殺隊”が倒す“鬼”という生き物なのだと、一瞬で理解した。
すぐ目の前で鬼と対峙した無一郎を庇おうとした俺は、鬼の攻撃で左腕を吹っ飛ばされてしまった。
ビタンッ!!という生々しい音を立てて、吹っ飛ばされた左腕が奥の壁にぶつかり、床に落ちた。
経験したことのない灼けるような痛み。真っ赤な血が迸り出る。
「あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あっっ!!!」
「兄さん!兄さんっ!!」
無一郎が俺を支えながら部屋の隅に移動する。
そして、鬼の言った言葉に、普段の穏やかな弟の喉から発せられたと思えない激しい咆哮が放たれたのだった。
身体が動かない。
無一郎はどこに行った?無事なのか?
もう何も見えない。失った左腕の痛みさえ感じなくなった。
「…神様…仏様……どうか…お願いします………」
朦朧とする意識の中で、掠れた声で祈る。その途中で、何か温かいものが残された右手に触れた気がした。
ああ…無一郎……。ごめんな………。
ふと気が付くと、俺は天井近くの空間にいた。血塗れの自分の身体が横たわっていて、その傍で無一郎が俺の手を握ったまま力尽きているのを見下ろしていた。
どういうことだ?“今の”自分には吹っ飛ばされた筈の腕もあるし、痛みも感じない。
もしかして…俺、死んだのか……?
「無一郎!しっかりしろ!起きろ!!」
聞こえていない。当然だ。
鬼はどうなったんだ?無一郎が倒したのか?それとも“鬼殺隊”の人が来てくれたのか?…いや、無一郎がこんなに大怪我して帰ってきたんだ。きっと1人きりで戦ったに違いない。どうしよう。このままじゃ無一郎も死んでしまう。
誰か!誰か来て!!無一郎を助けて!!
そんな俺の叫びも虚しく、時間だけが過ぎていく。
この暑さだ。俺の死体はすぐに腐り始め、臭いにつられて蝿がやってきて卵を産み、蛆が湧く。身体のあちこちから体液が出て、この世のものとは思えない光景だ。
そんな状況でも、無一郎は俺の傍を離れなかった。酷い臭いだろうに。怪我したところも痛いだろうに。
無一郎の身体にも蛆が湧いていく。
やめろ!弟はまだ生きているんだ!!
茉鈴……。
君の言うことを素直に聞いていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
曖昧な言い方だったけれど、彼女は“何か”よくないことを感じ取っていたのかもしれない。
「明日も会いに行く」と約束したのに。 守れなくなってしまった。俺は呆気なく死んでしまったし、無一郎も虫の息だ。
ごめんな、茉鈴。ごめんなさい。
どうか許して。
約束を守れなかったこと、どうか許して。
ごめん。
ごめん。
ごめんね……。
続く