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泣き顔
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“産屋敷あまね”が、2人の娘を連れて俺たちの家にやって来た。
既に事切れ腐敗の進んだ俺の死体に布を被せ、まだ息のある無一郎を介抱してくれた。
そして、無一郎はそのまま鬼殺隊の本部である産屋敷邸に保護されることになった。
無一郎は本当に“あと少し遅ければ助からなかった”という状態だった。弱りきって死にかけていたところを助けてくれて、この時初めて産屋敷に感謝した。
全身包帯でぐるぐる巻きにされた最愛の弟。血の滲んだ包帯を換える時に見える、化膿した傷口。まだところどころ黄色い膿が混ざっていて痛々しい。
無一郎、頑張れ!負けるな!死んじゃだめだ!
耳元で大声で話し掛けたって、当然俺の声は届かない。
不思議なことに、俺の霊体は無一郎の傍にいながら、意識だけ別のところに移すことができた。
その日あまね様が訪れたのは、茉鈴のいる店だった。
俺たちがいた山からいちばん近い麓の村に、時透有一郎と無一郎のことを知っている人がいないか、親しい間柄の人間がいないかたずねて回っていたようだ。
約束した“明日”になっても会いに来ず、2週間以上音信不通の俺たちを、茉鈴はずっと心配してくれていたらしい。久し振りに見る茉鈴の顔は少し青白く見えた。
鬼の襲撃で俺が死んだこと、無一郎が瀕死の状態で鬼殺隊に保護されたことをあまね様から聞かされた茉鈴。元々白い肌が、紙のように血の気のない白さになっていく。綺麗な淡いピンク色の唇もみるみるうちに色を失っていった。
そして、茉鈴はその場に泣き崩れた。
『だから言ったのにっ…!今夜だけでもここにいてって!!…うぅ…また明日ねって…約束したじゃない……!うっ……』
茉鈴の目から止め処なく涙が溢れて、頬を濡らし、ぽたぽたと地面に水玉模様を描いていく。
『うぅっ…私がもっとしっかり引き留めていれば…!しつこいって気を悪くさせても引き留めていれば…!う…うぅっ…』
激しい後悔を顕わにする茉鈴の悲痛な叫び。
あれだけ止めたのに嵐の中薬草を取りに行って命を落とした父さんと、具合が悪いのを言わないで休みなく働き続けた母さんに対するどうしようもない感情が蘇ってくる。
『うっ…有一郎くん…有一郎くんっ…!』
茉鈴の泣いているところなんて初めて見た。いつも笑顔だったから。安心する優しい笑顔で俺たちや店に来るお客を包み込んでくれていたから。
そんな彼女が泣いている。そして泣かせているのは他でもない、俺だ。
ごめんな、茉鈴。ごめんね。ごめんなさい…!
もう実体のない筈の胸がぎゅっと締めつけられて、俺の目からも涙が溢れて止まらなくなる。
あまね様がそっとハンカチを茉鈴に手渡した。
茉鈴はそれをぎゅっと握り締めて顔を埋め、更に涙を流した。その震える肩を、あまね様が静かに抱き寄せて背中をさすっていた。
少し経ってから、目と鼻を真っ赤にした茉鈴が顔を上げた。
まだ涙の残るその瞳には、何か強い決意のようなものが宿っているように見えた。
『あまね様。無一郎くんを助けてくださって、ありがとうございます。…そこでお願いがございます』
丁寧な言葉遣いと、ごくごく自然な仕草で深々と頭を下げる茉鈴。さすがは商家の娘。厳しく躾けられ、身に付いた立ち居振る舞いなのだろう。
『どうか、私を鬼殺隊にお連れください。両親のことは説得します。私も鬼殺隊に入ります。鬼殺隊に入って、無一郎くんを支えたいのです。もう二度と大事な人を失いたくない。有一郎くんのことだって、ちゃんと守ってあげたかった…!』
「茉鈴さん……」
茉鈴の真剣な眼差しに、あまね様も反対できない様子だ。
茉鈴の泣き声を聞いて、店の奥から出てきた彼女の両親にも事の詳細を説明するあまね様。
「…お前が一度言い出したら聞かないこと、よく分かっているよ」
「身体に気を付けるのよ。…無一郎くんをしっかり支えてあげなさい」
案外あっさり承諾したおじさんとおばさんが、茉鈴を抱き締めた。
『お父さん、お母さん、ありがとう…』
茉鈴はその日のうちに必要最低限の荷物を纏め、あまね様と一緒に鬼殺隊の本部に向かった。
彼女は、薙刀を持っていた。薙刀を扱えることも俺たちは知らなかった。商家の娘として護身の為に嗜んでいたのだろう。
「君が“茉鈴”かい?よく来たね」
『はい。お初にお目にかかります、お館様。宝生(ほうしょう)茉鈴と申します』
お館様の前でも美しい所作で静かに畳に手をつき、頭を下げる茉鈴。
「無一郎と、亡くなった有一郎の幼馴染みなんだってね」
『はい。家族のように大切な存在でした。……有一郎くんは亡くなってしまいましたが、せめて無一郎くんだけでも守りたいと思い、鬼殺隊への入隊を志願いたしました。突然の無礼をお赦しください』
「いいんだよ。君の2人を想う強い優しさは本当に尊く素晴らしいものだ。…鬼殺隊に入るには、最終選別を突破しなければならないけれど、それは承知してくれているのかな?」
最終選別……。鬼が生け捕りにされている山で7日間生き延びなければならない過酷な入隊試験だ。
『はい。きっと7日間生き延びて帰ってまいります。私はこの先どんなことがあっても無一郎くんの傍にいると心に決めたのです。この命尽きる時まで』
こんな真剣な顔の茉鈴も初めて見た。
真っ直ぐな眼差し。静かな光を宿した瞳。きゅっと真一文字に結ばれた唇。
『…そして、私や無一郎くんから有一郎くんを奪った鬼を…、全ての元凶である鬼舞辻無惨をこの世から葬り去ると誓います。何の罪もない人々が理不尽に命を奪われるのを許すことはできませんから』
静かな、いつもより少しだけ低い茉鈴の声。
「そうだね。みんなで無惨を倒そう。力を貸しておくれ、茉鈴」
『はい』
お館様への謁見が済み、茉鈴が案内されたのは無一郎が療養している部屋だった。
ひゅうひゅうと苦しそうな呼吸音をさせて眠る無一郎。
その様子を見た茉鈴の目から、また涙が零れ落ちた。
『…無一郎くん……』
涙で濡れた頬を、着物の袖で拭う茉鈴。
『これからは私が傍にいるから。ひとりぼっちじゃないからね。だから頑張って。元気になるのよ』
震える声でそう言いながら、茉鈴が無一郎の手をきゅっと握った。
続く