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今日この日が終わったら糖質制限は解禁。ほかほか白いご飯を食べるんだっ☆


……才我さんにそんなふうに見つめられて。悪い気はしない。一瞬、彼の視線がわたしの胸の谷間を走ったのが分かった。


うふふ。頑張って絞った甲斐があるわ。


三人でプールに来ている。元々詠史をプールに連れて行くのはわたしひとりの役割であり、とはいえ、女子更衣室に連れて行くには限界があるし、ある時期からひとりで男子更衣室で着替えさせている。ともあれ、まだまだ危ういところがあるし心配だ。


その才我さんがいてくれると本当に助かる。わたしは更衣室には付き添えないし。知らないひとについていっちゃ駄目だよ、と教えこんではいるが。


小学三年生になったあたりから、外などで自由に公園でお友達と遊ばせてはいるが。といっても、小一の頃はしょっちゅうキッズケータイを公園とかに忘れたし。危なっかしいところがあった。

さて本日はプール。お気に入りのサメさんの浮き輪を空気入れで膨らませた詠史はご満悦だ。わたしは、この日のために水着を新調した。ちょっと腹チラするアバァンギャルドなデザインで、ワンピース型ではあるが、肌見せの度合いがちょうどよい。


才我さんなんて鼻血出しそうな顔してたもんね。うふふ。


邪魔者がいない三人での行楽は、楽しみしかない。一緒にストレッチをして、冷たいプールに入る頃には期待が胸に広がっていた。


* * *


「プールで食べるカップラーメンってなんでこんなに美味しいんだろう」


「本当だね」


「ママ、これだけじゃぼく足りない」


「食べるものが分かってればぼくが買ってくるよ」すぐに腰を浮かせるフットワークの軽さはいっそ憎らしいくらいだ。「ポテトとか詠史くん食べれる?」


「うんっ」


「じゃあ行ってくる」……詠史ってば。すっかりあまえちゃって……。


丸テーブルを囲むプールサイドの椅子に座り、三人でカップラーメンをすするひととき。……幸せだなって思う……いつも、詠史とふたりだったから。家族連れが多くて切なかった。

才我さんの背中を見送るといたずらな感じで詠史が尋ねた。「母さん。広岡さんがぼくの新しいパパになるの?」


カップラーメンを吹きそうになった。……そういえば、詠史には、この奇妙な関係のことをまだ話せていなかった。


説明が必要だ。詠史の無垢な瞳をじ、と見つめるわたしに向けて息子は笑い、


「母さんが決めたことならぼくは反対しないよ。


広岡詠史になる覚悟だって出来ている」


「んもう。詠史ったら」


「――父さんは浮気しているんだよね」


暗い、海の底のような瞳はなんの感情を宿しているのだろう。わたしの息子は、わたしに似て、どんぐり眼の持ち主であるが、……時々その水晶のような瞳に惹き込まれそうになる。


喉の奥が張り付いたみたいだ。でもどうにか声を出した。「詠史。あなたいつから……」


「母さんが病んでいたときにはとっくに」とストローで、コーラの入った中身をかきまぜながら詠史は、平然と語る。「ぼくは正直、父さんも頑張って働いているから、って我慢しようと思ってたけど。母さんが起き上がれないくらいにひどい状態だったときに、あのひとは……。

あんまりこういう言い方はしたくないんだけど。


正直、父さんのことは軽蔑しているよ。


ひとには、絶対にしてはいけないことがある」


分かっていたのだこの子は。


それでも、あのひとに話しかけられれば普通に答える。


いくら、関係が冷えているとはいっても、家族三人で食事をすることはあるし、詠史はあのひととふたりでゲームをしていることもあった。男同士で盛り上がって入れない空気を感じるときさえあったのに……。


この子は。


それに。わたしが病んだときにこの子を傷つけた。死にたい衝動が止まらず、一日中めそめそと泣いていた時期もあった。だから、この子は、自殺は絶対にしないと言っている。聞いた相手をどれほど傷つけるのかを、分かっているから。


「詠史。母さんは、……父さんと一生を過ごすつもりはない。


裏切られたわたしの側にもなにか、問題はあったのかもしれないけれど。冷たい態度を取るとか、塩対応するとか、……そんな感じだったもの……長い間……」


「だからといって。家に女を連れ込むとか流石にやり過ぎだよ。……どうせ今日も誰か連れ込んでるんでしょう」

打ちのめされた。……知って……いたのか……。


わたしの驚愕をものともせず、落ち着いた様子で詠史は、「父さんの部屋入ったらやたらと香水の匂いがしたんだ。あの香水……あの香りは一生忘れない」


すぐにでも離婚すべきか? ――いやいやまだ犯人の全容が見えていない。


用心深いことに、犯人は、金髪のウィッグを被って、奇抜なショッキングピンクの服なんか着てうちに入ったのだ。いまどき、笑ってはいけないでもやらないようなネタを。コロナ禍明けても復活は厳しいよね。五十代がケツをシバカれる絵面はそろそろ見ていてしんどくなってきた。


デリヘル嬢を装うのが目的なのだろう。……ならば、単なる発散。風俗に行った程度のことでは、浮気には当たらない。証拠不足だ。


だから、相手を油断させる必要がある。証拠集めも必要であるがゆえに。Xデーをクリスマスイヴと決めたのだ。

しかし、もっと前に動くべきだろうか――。


人知れず悩みを抱えていた我が子。誰にも言えず苦しかったろう。母親なのに。気づいていたことに気付けなかった。


「母さんには母さんの事情があるから、母さんの決めてくれたタイミングで構わないんだ」母親の気持ちを読んだかのように息子は言う。「……ひとつ約束して欲しい」


「なぁに」頼もしさすら覚えながらも言えば、彼は、


「ぼくという息子がいるから無理して我慢するとかナシだからね。そんなことをぼくは望んじゃいない」


詠史……。


生まれてきたときはあんなにも小さかったのに。自分で自分の命を守れない、か弱き存在だったはずなのに。いつの間にかこんなにも逞しく育って……。


「母さん。泣きすぎ」肩をふるわせるわたしを見て息子は言った。「父さんにも同情すべきポイントはあるかもしれないけれど。……父さんと母さんが別れるのなら、ぼくは、母さんについていく」


まだ十歳。幼い子になんという、残酷な決断を迫っているのだろう。悲しい。……だが……いずれは考えなければならなかった問題だ。

息子詠史とどの街で暮らし、どんな人生を生きていくのか。決めなくてはならない。間違っても、鷹取と近いいまの街だけは勘弁だ。


「今度、母さんとお出かけしようっか」あふれ出るものを拭い、わたしは笑うよう努力した。「ここに住みたいな、って街があるの……詠史も気に入ってくれるといいんだけど」


「母さんったら」と息子はすこし笑って、「いくら蒔田一臣が推しだからって同じ街に住むとか。……ま、いいけれど」


母をからかう余裕を見せる息子は、母の知らないところでもすくすくと育っている。そのことを実感した出来事だった。


* * *


「ぼく、流れるプールに行きたい」


八月ということもあって、プールは混んでいる。ほぼ、芋洗い状態だ。


それでも、息子と思い出を作ることに意味がある。わたしはそう信じている。


「分かった。母さん、トイレに行ってから行くけど」


「じゃあぼくに任せて」うちの夫よりもよほど頼れる才我さん。「詠史くん。お水飲んでから行こうか」


「広岡さんありがとうございます」とわたしは頭を下げ、詠史を才我さんに任せた。


* * *

携帯は、ビニール製のケースに入れて首から下げており、電話をかけることも可能だが。ぐるぐる回るプールだ。すぐ見つかるだろう。


すこしアキレス腱を伸ばしてから、ひんやりとしたプールに入る。混雑してはいるが、冷たいお水のなかに入ると清らかな気分になれる。……日焼け止め塗り直したほうがよかったかな。日差しはカンカン照りつけており、確かに心配だ。


日焼け止めは、張ったテントのなかに置いてある。――取りに行こう、と決めたときに、ぐい、と足を引っ張られる感覚があった。


なに?


と思ったときに、ますますその力は強くなる。捕まるものがなく、わたしは慌てた。このままじゃ溺れる……!!


必死に手足を動かし、もがいたが、足首辺りを引っ張る動きは強くなるばかりだ。口の中に水が入る。息が吸えない。溺れるひとってこんな気持ちなんだと、どこか、他人事のように自分を俯瞰する自分がいる。


右手を潜り込ませ、なんとか、その手の在り処を掴むと思い切りつねった。


「……ッ……」

相手は離れた。からだを反転させ、相手の顔を確かめようと試みたが、ダメージがでかすぎた。足をつってしまってそれどころではなくなった。溺れそうになる。


異変に気づいたライフセーバーさんが助けに来た時にはまだ足が痙攣しており、ちょっとしんどかった。


詠史にも才我さんにも内緒にしておこうと思ったのに。家族連れで来ていることをライフセーバーさんに話すと、ご家族が来るまで待ちますと言われ、やむなく、足をつったことだけは伝えた。


窮地を迎えたにも関わらず。わたしの気分は高揚した。だってある事実が判明したのだから。



犯人は、複数犯だ。


申し訳ないですが、許しません。

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