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五時半に鳴るスマホのアラームで今日も目が覚めた。
「……おかしい」
いや、おかしくはなくて夢に洸夜が出てこないほうがいいのだが三日も夢を見ていない。こんなことは初めてだ。少なくとも二日に一回は現れていたのに。
「いや、いいじゃん! 平和で!」
そう思っていても何故か気になってしまう。
洸夜が夢に出ることが当たり前のようになってしまっていた日和はなんだか胸の奥がそわそわして落ち着かない。
「ああ、もう! なんなのよ!」
夢に出てきても日和を困らせ、夢に出なくても日和を困らせる。それほど洸夜の存在が日和にとって大きく変化してきているのかもしれない。
気になって、気になって丁度水曜日で店が定休日で休みだった日和はなぜか足がハピフルに向かっていた。
(今更だけど私あいつの連絡先しらないのよね)
いつも勝手に夢に現れ、勝手に店にも会いに来るので連絡を取るということが今までなかったのだ。
(連絡先もしらないくせにココで出会ってからは毎日会わない日はなかったもんなぁ)
毎日現れていたのに急に会わなくなるとか、それは心配するよね、人として。うん。
ドーンと構える高層ビル、何度か来ている日和は慣れた手付きで中へと入っていく。
何度も来ているが毎度ロビーの煌びやかさにクラリと一度は目眩がする。
「あの、社長の真田はいらっしゃいますか?」
「社長は本日お休みでございます。失礼ですがお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「あ、以前ここのイベントでお世話になりましたパティシエの田邉と申します」
「……田邉様でいらっしゃいましたか! 大変失礼致しました。社長は三日ほど前から体調不良で休んでおられまして」
「あ、そうなんですね」
どうりで夢にも出てこないはずだ。でも、夢にも出てこれないほど重症なんじゃ……
「社長の家の住所なんて教えてもらえないですよね?」
普通急に現れた人に社長の住所を教えてくれるはずがないと思いつつもダメ元で聞いたみた。
「田邉様にでしたらお教えいたしますよ。こちらが所長のご自宅の住所です」
メモ用紙に書かれた住所。こんな簡単に住所終えちゃって大丈夫か? とも思ったが「ありがとうございます」とその場を後にした。
すぐにタクシーを拾い住所を告げると十分ほどでついたのだが、凡人な日和にとって恐ろしいくらいの高級住宅街だった。
「勢いで来ちゃったけど、社長ってこんな高級住宅街にすんでるの!?」
いくつもの億ションと呼ばれていそうな高層マンション、別荘ような戸建てもズラリと並んでいる。道を歩く人はすれ違う人、すれ違う人綺麗な洋服に身を包んだエレガントで優雅な人ばかりだ。こんな高級住宅街に来る予定も無かった日和はデニムに黒のニット、足元はムートンブーツとかなりのカジュアルファッションだ。
「で、でももう来ちゃったし、そう! 心配なのよ、人として、風引いてるなんて聞いたら心配になるよね!」
そうよそうよ、と自分に言い聞かせ教えてもらったマンションに入る。
広々としたロビーにはコンシェルジュらしき人物。部屋番号を押して呼び出すボタンが見当たらない。これはかなり高級なマンションだと凡人の日和でもすぐに分かった。
「あの、4146の真田さんの部屋にいきたいのですが……」
「お客様のお名前は」
「田邉日和です」
「田邉日和様、少々お待ち下さい」
「は、はい」
異様な空気感に緊張して手汗が止まらない。こんなにセキュリティがしっかりしたところだ、アポがなかったり知り合いとでもなければ入れないだろう。半ば半分諦めかけた時「田邉様お待たせ致しました」とコンシェルジュに呼ばれた。
「田邉様、真田様とご連絡がとれました。今扉が開きますのでどうぞ中へお入りください」
「あ、ありがとうございます」
大きく開いた自動ドアを潜り、目の前に聳え立つ大きなエレベーターに乗り込んだ。
ぐんぐん登っていくエレベーターはなかなかとまる気配がない。そりゃそうだ、洸夜の部屋は四十一階の最上階。あまりにも登りすぎて身体が宙に浮いているような感覚だ。
チンッと上品な音でとまりエレベーターを降りると広い廊下には濃紅色の絨毯が敷き詰められている。なんだか靴で歩くのが申し訳ないくらいに毛並みが揃っていて崩さないようにゆっくりと歩いた。
「こ、ここだ……」
4146号室。今更なんで来てしまったんだろうと少し後悔してきた。
なんできたの? とか言われたらどうしよう。
躊躇してなかなかインターホンに指が伸ばせない。
(よしっ、勢いで来ちゃったもんは来ちゃったんだから!)
「お、押すぞ~……っうぇっ!?」
「日和、待ってた」
インターホンを押す前にドアが開きいつもはビシッと決めている髪の毛が今日はくたぁっと前髪が下がり、ゆるい部屋着の洸夜が現れた。頬が少し赤い、なんだかいつもより増して色気を放っている気がする。
「あ、あんた大丈夫なの?」
「あぁ、なかなか熱が下がらなくてな。とりあえず入れ」
「お、お邪魔します……」
洸夜の部屋は会社の社長室のようにシンプルな部屋だった。あまり見たことがない黒いフローリングの広いリビングには小さすぎる二人がけのグレイのソファーに大理石柄のダイニングテーブル、やたらデカいテレビ。それしかない。もしかして洸夜はミニマリストっていうやつなのだろうか。必要最低限の物しか置かない、そう考えると少しゾッとした。必要性がなくなったらゴミのように捨てられてしまいそうで。
「悪い、わざわざ日和から来てくれたのにもてなせなくて」
どさりと尻餅をつくように勢いよくソファーに腰を下ろした洸夜は高熱がやはり辛いのか息が荒い。見上げてくる瞳は潤んでいてこんな弱っている洸夜を初めて見た。
「病院は行ったの?」
「ん、行った。疲れが出て風邪が長引いてるって医者が言ってた」
「淫魔なのに病院なんかに行ってバレないの?」
「身体は普通の人間と同じだからな。歳もとるし、死ぬよ。ただちょっと生きるのに栄養とは別で精気が必要なだけ……悪い、ちょっと横になるわ。来てくれてありがとうな。日和の顔みたら少し良くなった気がする。うつるといけねぇから今日は帰れ」
帰れと言われてはいはい帰ります、なんて素直に帰るはずがない。こんなに辛そうな病人を一人にするほど日和は薄情ではない。
(心配できたんだから……心配させてよ……)
「帰らないわ。今日はあんたの看病しにきたんだから! さっ、こんなところじゃなくてベットで寝なさい」
力なくソファーに座っていた洸夜の腕の隙間に入り込み立ち上がるのをサポートする。いつも日和を容赦なく包み込む大きな身体は熱に犯されているせいか弱々しい。
相当つらいのだろう。触れた身体あつあつに熱された鉄板のように熱く、触れたところから火傷してしまいそうだ。
「寝室どこなのよ」
「ん、奥の……部屋」
話すのも辛くなってきたようだ。ずるずると引きずり歩いてやっとベットまで辿り着いた。
ベットの上に寝転んだ洸夜は小さな子猫のように背中を丸めて小さくなっている。
「ちゃんと布団かけて寝なさい」
「ん」
返事をするわりに動かない。「もう……」そう言いながらも布団を掛けてしまっている自分。もしかして母性本能というやつだろうか? だからこんなにも心配になるのだろうか。なんだか無性に洸夜のことが心配で何かしてあげたくなってしまう。
「なにか起きた時に食べれるよに作っておくから……」
(って、なんにも私買ってきてないじゃない!!!)
洸夜に会いたいと思う一心で急ぎすぎていた。風邪を引いてる人になにも買ってこないなんて有り得ない。いつもならこんな失敗しないのに。何かを買っていくことも頭から抜け落ちるくらい心配で急いでいた。
「え……」
布団の隙間から力無く伸びてきた腕は日和の手を握りしめた。握られている手は熱にうなされ弱々しいはずなのに指先にはぐっと力が入っており「逃さない」と指の先から伝わってくる。
「……行くな」
言葉使いはいつもと同じなのにいつものような自信満々の声ではない、小さな子どものようなか細い声。
「こっちに来て」
魔法のような言葉に誘い込まれる。握られた手から洸夜の熱が感染ってしまったのかもしれない。身体の内側からジワジワと熱く、心臓の動きもドクドクと早まって来た。
「日和、すこしの間でいいから一緒に寝て……一人じゃ寝れない……」
「すこし、なら……」
「ん、おいで」
持ち上げられた布団の間に潜り込むとまるで蒸されたサウナのような空間に体温が更に上がった気がする。
きっと自分は洸夜の熱が感染ってしまったんだ。だから身体が熱くてクラクラするから洸夜のベッドで一緒に横になっているんだ。そう言い訳を頭の中でいいながら洸夜の熱に優しく包み込まれた。