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夢うつつの中、(そうだ、寝ないで彼を待っていなきゃ……!)と、ふいに頭に思い浮かんで、ハッとして目を覚ましたら、外はもう薄明るくなっていた──。
「ね、寝過ごしたぁー……」
呆然と呟いて、上った太陽を恨めしく眺めていると、
「……ん、起きたのか?」
傍らで眠っていた彼が、ふと目を開けた。
「はい……。だけど昨夜は、車に引き続いて、寝落ちしちゃってたみたいで、私……」
決まりの悪い思いで、もそもそと口にする。
「いや、気にしないでいい。君を待つ間に、私も寝てしまっていたしな」
私に変わらない気づかいを寄せて、ベッドに半身を起こした彼が、額に落ちた髪を片手で掻き上げると、その長くしなやかな指の隙から、窓を射し込む陽光がきらきらとこぼれ落ちるようにも感じた。
「用意ができたら、帰ろうか」
声をかけられて、「はい……」と浮かない気持ちのまま頷く。
貴仁さんは、ああ言ってくれたけど、朝まで寝ちゃうだなんて、やっぱりあり得ないよね……。
車に乗り込んでも、一向に気分は晴れずにいると、
「どうした? まだ気にしていて?」
運転席から、そう問いかけられた。
無言でゆるゆると首を横に振る。彼に、もうあまり気をつかわせたくもなかった。
「君が寝てしまったことを悔いているのなら、あのお弁当を作るのに早起きをしたのが理由なのだろう? だったらそれは、私のためでもあるのだから、何も気にすることはない」
彼がなだめるように話して、私の頭にぽんと手の平を乗せる。
「それに、あんなにうまいものを作るのは、とても大変で疲れたんじゃないのか?」
口の端を薄っすらと引き上げた穏やかな笑みが向けられると、語らずとも全てを汲み取ってくれる彼の心の深さに、ささくれ立っていた気持がようやく癒えていくようにも思えた。
「だけど何も話していないのに、なぜ私の寝たわけがわかったんですか?」
疑問を投げかけた私に、「わかるさ」と、彼が即答をする。
「あんなに美味しいものを作るには、出かけるずいぶんと前に起きて、君が下ごしらえをしていたんだろうことぐらいは……。ありがとう、とても美味しかった」
信号で車が止まり、再び伸ばされた手が頭に乗せられ、ふっと髪を撫でられる。
「だから、何も悔いたりすることはない。デートは、本当に楽しかったから」
「……だけど、間が悪く途中で雨にも降られてしまって……」
頭に乗せられた彼の手の温かみに、子供みたいにもう少しだけぐずぐずと甘えていたくなる。
「だが雨が降ったから、君と一晩を過ごせた」
……彼の言葉の一つずつが、もやもやと淀んでいた気持ちを晴らしていく。
「……それに君となら、私は何をしていても幸せに思えるから」
照れながらの一言に、胸がキュンと疼く。
「……。……それは、私もいっしょです」
うつむき加減だった顔を上げて、そう返すと、
「……あなたといられることは、何よりも幸せですから……」
心からの笑みで、彼へ応えることができた。