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リビングに入ると、しゅんは上着も脱がずにソファーの前に立ったままで僕たちを待っていた。
『舜太くん、待たせてごめん。座っててよかったのに』
はやちゃんはいつもの大人の余裕を崩さないまま、ソファーを指差して彼に腰掛けるよう促した。
けれどしゅんの冷たい目線は、はやちゃんの言葉なんて一切耳に入っていないようで…。
ただ真っ直ぐに、恐怖の余韻ではやちゃんの服の裾をぎゅっと強く握りしめていた、僕の右手に向けられていることに気が付いた。
「っ、……!」
あまりの冷徹な気迫に心臓が跳ね上がり、僕は咄嗟にはやちゃんの服を離した。
しゅんはそれを見届けると、氷のように冷めきった顔のまま、何も言わずにソファーに深く腰掛けた。
部屋のなかの空気の重さに息が詰まりそうになる。
『舜太くん、こんな夜遅くに一体どうしたの?』
リビングのローテーブルを挟んで、はやちゃんが低く落ち着いた声で本題を切り出す。
「いや、どうしたもなんも、なぁ?……こんな時間なのに、今の今まで全然連絡がつかなかったんで。何かあったんじゃないかと、心配になったんですよ」
しゅんの声は静かだったけれど、彼の視線は真っ直ぐにはやちゃんを捕らえて離さない。
その暗く据わった瞳は、僕が今まで一度も見たことのないものだった。
連絡がつかなかった……?
僕は焦ってポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。
そこには家に帰ってきてから今までの、しゅんから送られてきた大量のメッセージと、何十件もの着信履歴が画面を埋め尽くしていた。
やってしまった、と思った。
久しぶりのはやちゃんとの時間に夢中になって、スマホの着信に全く気付かなかった。
「しゅん、ごめん! 全然スマホ見てなくて……」
「そうなんやぁ……。こんな時間やし、じゅうの身に何かあったんかと思ったんよ」
しゅんは低く掠れた声で、僕とはやちゃんの姿を交互に見つめながら、じわじわと外堀を埋めるように言う。
なんだろう。
やましいことなんてないはずなのに、ジリジリと肌を焼かれるような尋常じゃない圧迫感は。
『あー……、話に夢中でふたりとも全然スマホ見てなかったもんな! 悪かったな、舜太くん!』
ふたりの間のただならぬ火花を瞬時に感じ取り、はやちゃんはこれ以上僕が責められないように、雰囲気を変えようとわざと明るく大人の口調で割って入った。
けれど、しゅんはそんなはやちゃんのフォローには一切目を向けず、「あ、いえ別に」と、そっけなく冷たい声で一蹴した。
いつもと180度違う感情の読めないしゅんの雰囲気に恐怖を覚えて、僕は思わず一歩下がってはやちゃんの背中の後ろへと身を隠した。
いつもの癖。
あの頃から深く染みついた、ほぼ反射のような防衛本能。
何か不安なことや怖いことがあると、すぐにこうやってはやちゃんの後ろに隠れることで、僕は今までずっと守られてきたから。
だが、僕がはやちゃんを頼れば頼るほど、しゅんの瞳の奥の暗い焔がさらに激しく燃え上がるのが分かった。
『とりあえず、柔太朗が無事だったってことは分かってもらえたと思うんで! ……なにか他に急ぎの用事がなければ、明日も朝から仕事だし、今日はこれで解散で大丈夫そう?』
僕が本気でおびえている意図を汲み取ったはやちゃんは、これ以上しゅんを僕に近づけないよう、彼が帰るようにさりげなく促してくれた。
これで終わる。
そうホッとしたのも束の間だった。
「あの。少し、じゅうと二人だけで話してもいいですか?」
ソファーに座ったまま、しゅんが僕の顔を鋭くチラッと見上げてそう言った。
断るための明確な理由が僕には思いつかない。
それにここで拒絶したところで、明日になればまた同じ会社で顔を合わせるのだ。
こんなところではやちゃんの後ろに逃げたって何の意味もない。
『あー……えっと……』
困ったように、はやちゃんが僕の方を振り返る。
僕ははやちゃんの優しい目を見つめ、コクンと深く頷いて、”大丈夫だから”と目で伝えた。
『おっけい。じゃあ俺はあっちの部屋に行っとくから。お前ら二人でちゃんと話せよ?』
はやちゃんは最後に僕の目をじっと見て『本当に大丈夫か?』と無言の確認をくれた。
すぐ隣の部屋にはやちゃんがいてくれるのであれば、大丈夫だろう。
その絶対的な安心感に救われながら、僕ははやちゃんに目配せをして、リビングの奥にある寝室へと移動してもらった。
はやちゃんは最後の最後まで心配そうに、僕を気遣うように見つめながら扉の向こうへと消えていった。
リビングには僕としゅんのふたりきり。
「えっと……ちょっと待ってて、今飲み物持ってくるから」
張り詰めた沈黙に耐えかねて、逃げるようにキッチンへ向かおうとした、まさにその時だった。
「じゅう。いいから、こっち来て」
「っ、わ……!」
背後から強い力で手首をグイっと引っぱられ、僕はバランスを崩して、ソファーの上の彼のすぐ隣へと強制的に座らされた。
至近距離で重なる体温。
昼間のあの湖の展望台での甘い抱擁とは全く違う、逃げ出すことを許さないような息の詰まる変な緊張感がふたりの間に走る。
「……なぁ。……、ふたりきりのこの部屋でなにしてたん?」
「え、いや……っ。ただ、夜ご飯を一緒に食べて、話をしてただけだよ?」
「ふーん……。付き合ってもない男の部屋で、こんな時間まで?」
「……、……っ」
しゅんの僕のすべてを暴き立てるような冷たい目線と言動に、やましい事なんて何もないはずなのに、心臓が痛いくらいにバクバクと暴れて冷や汗が止まらなくなる。
「付き合ってもないのに、あんなことしていいの?」って、さっき車の中で僕がしゅんを突き放した言葉が、今度はブーメランのように僕の胸に鋭く突き刺さった。
もうこの距離に耐えきれなくなって、僕はしゅんに掴まれたままの手首を強引に振り払った。
「やっぱり、お茶持ってくるから……!」
そう言い置いて、僕は今度こそ逃げるようにキッチンへと向かった。
ガタガタと震える手で冷蔵庫からお茶のピッチャーを取り出し、ガラスのグラスにお茶を注ぐ。
to be continued……
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