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「――いいから払えねぇんならソープにでも身ぃ落とせや! バラすぞオウ!?」
深夜の都会の喧騒。人気から逸れた路地裏で、ドスの利いた獣のような男の声が響き渡る。
「――ったく。まあいい……。利用出来るもんは何でも利用だ」
男は携帯を切りながら、颯爽と歩き出した。
“闇金融――藤堂 貴久”
人の弱味に付け込んで骨の髄まで巻き上げようとする、人間の屑の中の屑。
性格は顔に出るのか、出で立ちまでヤクザ紛いのチンピラ風貌の中年だった。
「さぁて、監禁しといたアレを埋めとかんとな――っ!?」
次の仕事へ向かう矢先、不意に突風が吹き込んだのか、視界が何かに覆われる。
――何の事は無い。それは街の至る所に張り付けてあるようなビラ。
たまたま風で飛ばされたビラが、運良く顔に飛び込んできたに過ぎない。
「何じゃこりゃ?」
藤堂はビラを剥ぎ取り、無造作に捨てようとしたが、ある違和感に気付く。
それは漆黒に塗り潰されたビラ。この手のはかなり特殊だ。
「罪状だぁ?」
そこには何故か自分の名が記されており、身に覚えのあるような行状が書き連ねられていた。
「馬鹿馬鹿しい」
質の悪い悪戯か、藤堂はそれを一笑に伏すが、何故このようなビラが出回っているのかを怪訝に思う間も無く――
「――っほ!?」
突然ビラを突き破ってきた“何か”に、藤堂の眼は驚愕に見開かれた。
「かっ……かか……?」
だがそれ以上、声を出す事も動く事も出来ない。
何故ならその額には、鋭利な尖端を持つ刃物が突き立てられていたのだから。
頭蓋を貫通する程の刃が引き抜かれると、そのまま藤堂は断末魔を上げる事無く崩れ落ちていった。
「消去完了――」
後に遺されたのは――断罪の終結を告げる声のみ。
“彼”は遺体に一瞥する事もなく立ち去ろうとした――が。
「……出てこい。この私に此処まで気配を悟らせなかった事は褒めてやろう」
突然歩みを止め、辺りを囲む何の変哲も無い壁の一角に向けて言い放っていた。
――返事は無い。有ろう筈が無い。
此処に居るのは“彼”と――物を言えぬ躯だけなのだから。
暫しの沈黙が支配したが――
「……まさか気付かれるとはな」
それは突然の事。明らかに無機質なコンクリートの壁から、“壁越し”ではなく聞こえてきた声。
だが“彼”にはそれでも、動揺の素振りは見せない。寧ろ予測していたかのような、当然の事実として受け止めている。
「見事なお手並み、拝見させて貰った」
そう讃えながら、まるで壁と同化でもしていたのか、何者かが実体化するように姿を現す。
「…………」
“彼”はその一挙一動を、手出しする事無く見守っている。それは余りの異様な光景に唖然――ではなく、何処か余裕の顕れを以て。
それに知りたかった。この者が何故、気配を消しながら自分を着けて来たのかを。そして――何者なのかを。
壁の“内部”より現れたのは、全身純白のフードに覆われた人物だった。勿論、表情の程を伺う事もその姿形からは出来ない。
ただ、少なくとも“只者”では無い事は確か。
「相手に悲鳴を出させる間さえ与えないとは……。流石は狂座三十三間堂――現“第一位”、コードネーム『熾震』――」
純白の人物は敬意を払うかのように、そう“彼”を讃えていた。
※狂座執行部門最高位階に位置するS級エリミネーター。その総称『三十三間堂』の一角であるコードネーム『熾震(シン)』は、その後の目覚ましい暗躍により、現在は前任者死亡で空位となった『第一位』の座に着いていた。
今回は非道な闇金融のターゲットを消去依頼で赴き、何時も通り造作もなく遂行。
その直後の事だった。明らかに自分を付け狙っていた者に気付いたのは。
――自分の事を知っている。それも明確に。
“通常の者”なら知り得よう筈が無い情報。ならこの純白の人物は明らかに、裏世界の事情に精通する者。
狂座以外にも裏の組織は数在れど、このような目立ち過ぎる“色”を前面に押し出した風貌の組織は、熾震の培ってきた情報の何れとも一致しない。
それに先程の壁抜けは、明らかに異能――もしくはそれに準ずる類いの力に依るもの。
狂座以外で異能による力を行使する組織は――現状皆無。
新興の組織か、それとも全く別の何かか。それにしても得体が知れなさ過ぎた。
先ずは様子見が得策――
「貴様は何者だ? 何故私を着けて来た?」
そう熾震は純白の人物へ尋ねていた。
既に先程の消去執行に使用した、刀剣具現化の力は解除している。能力解除の丸腰状態だが、間合い的にもすぐに手出し出来る位置には御互い無い。
「全て語って貰おうか。事の次第によっては――」
熾震は威圧的ながらも冷静だった。如何に相手の得体が知れなかろうが、先ずは情報収集を最優先。
「これから死に逝く者へ名乗って、教えて何になるというのか?」
だが純白の人物はそれらを一蹴。
――問答無用。つまりは最初から熾震を始末しに来たという事。
向こうは此方を知り、此方は向こうを知らない。
これはかなりマイナスのアドバンテージになるが、裏で暗躍する者にとって、己を明かす事は死活問題に為りかねないので、口を閉ざすのはある意味当然だろう。
残された道は戦闘による、どちらかの死――のみ。
「そうか……なら闇に葬り去るのみ」
熾震としては後学の為にも、この人物が何者であるかまでは探りを入れたかったが、これは致し方無い事。
「ククク……出来るかな?」
既に両者の間には一発触発の、張り詰めた空気が支配していた。
相手の能力は未知数。得体が知れない以上、先ずは相手の出方を見るのが定石。
先に動いたのは――
「…………っ!」
純白の人物が一瞬で間合いを詰めようと、踏み込もうとした刹那の事だった。
「――んなっ!?」
己の身に起きた事が信じられないのか、純白の人物は驚愕の声を洩らしていた。
様子見は定石だが熾震にとって、未知の相手には得策ではない――
“先手必勝”
それは戦闘に於ける鉄則の一つとも云えた。
「そんなっ――馬鹿な……」
純白のフードは幾多もの線が点々と浮かびながら深紅に染まり、吹き上がる血煙と共に崩れ落ちていく――
“何だこの速さは!? 具現化系異能者とは聞いていたが、一体何時具現し……何時斬ったのだ?”
それが彼の最期の思考。
決して侮っていた訳ではなかったが、熾震のそれは余りに予想とかけ離れていた。
「少し不用意過ぎたな。悪いが本気で行かせて貰った」
丸腰だった筈の熾震の左手には、何時の間にか黒鞘の日本刀が具現されており、右手は柄に添えられている。
“抜の抜、一瞬即連斬――イレイザーズ・エッジ”
彼が反応出来なかったのも無理はない。
踏み込もうとした頃には、既に熾震は“抜き終わった後”だったのだから。