勝敗は決した。だが熾震は具現刀を解く事無く、血溜まりに沈んだ遺体を見て取る。
――遺体は微動だにしない。どうやら完全に絶命している模様。
それでも熾震が臨戦態勢を崩さないのは、一つ気になる事があったからだ。
この得体の知れない者が、気配を消しながら自分に近付いて来たのは分かる。それに気付けたのは、熾震がこれ迄培ってきた実戦的な感に他ならない。
だが幾ら気配を消した処で、直前まで気付けない事は“絶対に有り得ない”。
狂座に属する者は、誰でも専用の生体測定機『サーモ』を兼備している。これにより周囲の生体反応を事前に察知する事が出来るのだ。
だが今回の件は、この者に対して何も反応を示さなかった。
“サーモの故障、もしくは誤作動?”
しかしそれ以前のターゲットへの反応は通常と変わりなかったので、それも考え難い。
もしこれが故障でも誤作動でもなく、正常な状態で反応を示さなかったのだとしたら、これはかなりの非常事態となる。
“狙われたとしたら、気付かないまま暗殺される可能性が高い”
熾震はその可能性に焦燥感を駆られながらも、今自分が為すべき事を冷静に把握する。
“上層部への通達を”
その手の役目は別部門の仕事だ。エリミネーターは執行及び、戦闘専門。此処で幾ら考えても、この状況が解決出来る筈もない。
熾震は腕に装着してあるサーモより、狂座と通信連絡しようと手を伸ばすが――
“パチパチパチ”
「――っ!」
不意に聞こえてきた手拍子に反応し、その音の出所へと振り返った。
“他にも居たか!”
其処には何時の間にか、同じく純白のフードに包んだ人物が。
先程の者と同様、サーモは無反応を示していた。
熾震は即座に構える。今度は有無を言わせず――斬る。
「くっ……」
しかしどうした事だろう。抜こうとするが、身体が抜く事を拒否している事に熾震は戸惑いを隠せない。
それは眼前の者から感じられる、本能を突き刺す悪寒か。既に彼の額からは、冷や汗がびっしりと滲み出ている。
サーモでは解らなくとも、この者が同じ純白の姿形とはいえ、先程の者とは比較にならないだろう事は肌で感じ取っていた。
「……以前とは桁違いに腕を上げたね――熾震」
新たな純白の人物はゆっくりと近付きながら、そう熾震へと呟き掛けた。
「――っ!?」
“この者も自分を知っている?”
だが先程の者とは違い、その口調は何処か“知り合い”へ向けてのもの。
それにこの中性的な声は、何処か聞き覚えがあるような気がしていた。
「随分と久しいね。君の成長、私も嬉しく思う――」
怪訝に固まっている熾震へ、この者は純白のフードを上げてその素顔を晒け出す。
「あっ――貴方はっ!!」
その姿に熾震は驚愕の声を上げていた。
「そうか、貴方が全ての……」
熾震も顔見知りであるその人物。突然の邂逅に戸惑いを隠せないでいる。
「それにしても本当に成長したね――熾震。君の潜在能力には、私も一目置いていた」
戸惑う熾震を他所に、その人物は讃えるように語り掛ける。その口調に敵意は感じられなかった。
「うっ……」
だが熾震は思わず後ずさる。明らかに怯えている。
「うん、なるほど……臨界突破レベルも『180%』を越えているね。後天性がこの短期間で第一位にまで上り詰めたのは、狂座の歴史の中でも特筆に値するよ。一体君にどんな心境の変化があったのかな?」
この人物は何者なのか。熾震の反応からも狂座に近しく、もしくは――
「わ……私を殺しに?」
熾震は一番危惧した事を、震える口調で訊いていた。
先程の者との関係性を考えると、それが一番辻褄が合うからだ。
「殺す? 嫌だなぁ、私は君の力を見極めに来たのだよ」
「えっ!?」
だがその人物は、熾震の危惧を否定する。
「試すような事をして済まないね。先程の者だが、彼は“探索師団長”の任に着く者でね。かつての君より、少し上の位に在ったレベルの者だ」
その者は横たわる遺体に目をやり、先程の者の事を促した。
同じ姿形で現れた事といい、やはり関係性があった。
「今の君に彼では少々荷が重いとは思っていたが、此処まで差が在るとは驚いたよ。うん――“合格”だ」
「それは……どう言う?」
“合格”
その人物の意味深な一言を、当然熾震は理解出来ないでいる。そもそも話の筋が見えてこない。
「言った通りだよ。君は私と共に歩む資格が有る」
それはつまり――熾震を此方側への引き込み。
「もうすぐ新たな世が幕を開ける。それに伴い古い世も終わりを迎え、同時に狂座も瓦解……。君は新たな世で私の力になって欲しい」
「そっ――そんな馬鹿な事を!」
熾震は狼狽えながらも、その誘いを否定――考えあぐねているようにも見えた。
この人物は一体何がしたいのか。
――今の世も狂座も終わる。そして新たな始まり。
「まっ……まさか?」
熾震はその真意に気付き、心底震撼する。
「そう、そのまさかだよ」
俄には信じ難いが、彼がやろうとしている事は――実質的全政権奪取。即ち世界的クーデター勃発。
――全く馬鹿げている。そんな事が実現出来よう筈がない。“普通”の感覚なら鼻で笑って終わり。
「な、何故そんな……貴方程の人がそんな事を?」
だがそれでも熾震が危惧したのは、この人物ならそれが可能である事を示していたからだ。
「フフフ……君も知っての通り、この世は救いようがない迄に病んでいてね。転移した末期癌――って感じかな? このままでは人は遅かれ早かれ、自ら滅びの道を歩む事になる。ならその前に、正しい道を示せばいい。君にも……この現状は分かっているだろう?」
彼の言い分にも一理有る。繰り返される人の世の業は、狂座の力を以てしても終わらせる事は出来ない。
「し、しかしそれは……」
だが熾震は頷ききれない。それ即ち、国際的テロ行為と何ら変わらないからだ。
特に裏が表へ進出する等――
「君は本当に強くなった」
戸惑い続ける熾震へ、彼は不意に話を逸らす。
「――が、素のままでは越えられない壁が在る。それが後天性と先天性、特異点との決定的な差だ。君はもっと強くなりたいのだろう? 人を超えた先に在る、その領域へ」
「――っ!」
まるで心を見透かすような、その一言が熾震の心を揺れ動かした。
――そうだ。強くなりたかった。
第一位に到達しても、その心が晴れる事は無かった。
“上には上が居る”
SS級――熾震はかつて痛感したその者達との、如何ともし難い差を決して忘れる事は無い。それを糧に己を鼓舞してきた。
それで現在の自分が在る――だがそれでも、越えるべき壁は果てしなく高い。
自分には到達出来ない事は、薄々感付いてはいた。
“所詮、与えられた紛い物”
だがそれでも――
「私なら君をその高みへと連れて行ける。さあ行こう――共に新たな世界へ。君は此処で終わるべきではない」
熾震の揺れる気持ちを汲み取ったのか、そう彼は手を差し伸べていた。
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