テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
カンナが答える。
「このおっちゃん、あ、山本さんって言うんだけどさ。あたいの学校の一個上の先輩でさ」
「あ、定時制の?」
山本が頭をかきながら言う。
「俺は高校3年で中退したんで、単位をそのまま引き継げる授業が多くて、まあ、この春で卒業できそうなんだけどさ。けどもうずいぶん昔の話だから、時々カンナちゃんに勉強教えてもらってたんだよ」
晶子の眼が丸くなった。
「は、はあ。でも、失礼ですけど、どうしてそのご年齢で定時制の高校に?」
「俺、小さな工場で金属加工の仕事してるんだけど、政府の規則が変わって、今の仕事、工業高校卒でないとやっちゃいけない事になったんだ。社長に相談したら、会社に籍置いたままでいいから、定時制で卒業資格取って来いって言われてさ。で、30面下げて高校生またやってるってわけで」
「そうなんですか。じゃあ、山本さんは工業科の生徒?」
カンナが口をはさむ。
「前に話さなかったか? そういういろんな年齢の人がいるって、うちの高校はさ」
カンナが床に腰を下ろした晶子の肩をつかんで、テーブルの上の問題集を指差した。
「で、このおっちゃん、物理の単位だけがまだ取れてねえんだ。来週の卒業試験で物理だけがやばいんだよ。晶子、そこの3つの問題の解き方教えてくれ」
晶子が問題集をのぞき込むと、とっくに学校で教わった部分だった。
「ああ、どれも、公式覚えてれば解けるパターンですね。この問題には、教科書の、その公式を当てはめれば……」
晶子の指導の下、山本は四苦八苦しながらも全問正解出来た。山本が満面の笑顔で大声で言う。
「よっしゃ! このどれかが試験に出りゃ、ぎりぎり合格点取れる!」
カンナは自分の事のように喜ぶ。
「やったな、おっちゃん! これで4月から仕事に戻れるな」
「ええと、晶子さんだっけ? ありがとうな、この恩は一生忘れねえ」
晶子もいつの間にか笑顔になっていた。
「恩だなんて大げさですよ。試験がんばって下さいね」
もな
291
115
宇津Q
2,059
コメント
1件
第69話、読み終えました。山本さんが30代で定時制に通い直している背景、晶子が教える物理の問題、そしてカンナが橋渡しをする自然な距離感……どの場面も「人の温度」がちゃんと感じられて、じんわり温かくなりました。晶子さんの笑顔が戻る瞬間が特に好きです。大人になっても学び直すって大変だけど、誰かが隣にいてくれるだけで心強いんだなあ。おっちゃんの「よっしゃ!」が目に浮かぶような、いい空気感のエピソードでした🌷