一方会場では
イベントが中止され、スタッフたちは撤去作業に追われていた。
来場した客をすべて帰らせるまで、サリーたちは会場に残り、待機している。
サリーは一匹、楽屋の鏡をじっと見つめ、静かにため息をついた。
「シオン…」そう呟きながらシオンから貰ったクラシックミニカーを握りしめた
その時、メイク担当のイザベラがそっと入ってきた。
イザベラは優しくサリーの髪を整えながら、穏やかに言った。
「大丈夫よ、サリー。あなたならきっとシオン以上に人気が出るわ。」
サリーはうつむき、かすかな不安を口にした。
「でも、私もシオンと同じ店で働いてた…次は、私かもしれないわ。」
イザベラはサリーの不安そうな顔をじっと見つめ、
「どうしてサリーが狙われるの?ストーカーは
シオンのお客だったバーナードなんでしょう?」
サリーは少し間を置き、弱々しく答えた。
「うん…たぶんそうだと思うんだけど…」
イザベラは優しくサリーの手を取り、心配そうに顔を覗き込む。
「何か心配なことがあるのね。大丈夫、私はサリーの味方だから。何でも言って。」
サリーは小さく息をつき、そっと微笑んだ。
「イザベラ、ありがとう…」
しかし、彼女の心には一つの疑念が渦巻いていた。
楽屋には関係者以外は立ち入れないはず。それなのに、
あの羽は一体どうやってシオンに渡されたのだろう?
ジョセフは一旦署に戻っていたが、ふと思い出した。
サリーのサインをもらい忘れていたのだ。シオンが亡くなり、
グループのナンバー2であるサリーがセンターになるのはほぼ確実。
この機会にサインを手に入れ、さらに落ち込んでいるサリーを励まして良いところを
見せようという少し不純な下心を抱え、再び会場へと向かった。
会場ではまだ撤収作業が行われており、多くのスタッフが忙しそうに動き回っていた。
ジョセフは楽屋に続く廊下を歩いていると、アイドルグループの別のメンバーと鉢合わせた。
「あの、シオンを殺した犯猫は分かったんですか?」とそのメンバーがジョセフに声をかけてきた。
「いや、まだ捜査中だが」ジョセフは手短に答える。
「そうですか…でも、これでセンターが変わるのね」そう言った彼女の表情には、どこか嬉しそうな影が見えた。
ジョセフはその様子を見逃さなかった。「まるでセンターが変わってほしいみたいな言い方だな」
「そ、そんなことないですよ!」慌てて否定するメンバー。
ジョセフは少し間を置いてから切り出した。
「つかぬことを聞くが、イザベラとシオンの間柄はどういうものだったんだ?」
「どういうって…メイクさんとアイドルの普通の関係ですけど…」
「イザベラがシオンの噂を流しているのは知っている。
どうしてそんなことをしていたんだ?」ジョセフの声が鋭くなる。
「えっ、それは…知りませんよ!」彼女の目が泳いでいるのが分かった。
ジョセフは一歩前に出て、低い声で言った。「警察に協力できないなら署で話を聞いてもいいんだがな」
「え、えっと…」彼女は一気に追い詰められた様子で動揺している。
ジョセフは彼女の言葉を待ちながら、ここから何か新しい事実が得られるはずだという確信を胸に秘めていた。
「実は…イザベラはナンバー2のサリー派なんです」アイドルメンバーが声を潜めて言った。
ジョセフは眉をひそめた。「サリー派?派閥があるのか?」
「そう。噂では、イザベラは裏で賭けをしていて、サリーがセンターになる方に賭けて
いるらしいんです。それで、シオンの悪い噂を流したり、嫌がらせをしていたみたいで…」
ジョセフの表情が険しくなる。「ということは、シオンを脅していたということか?」
「脅していたのかどうかは分かりません。」
ジョセフは顎に手を当てて考え込む。
「うーん、そうなるとストーカーの件も怪しいな。もしかするとイザベラが仕組んだ可能性がある…」
「私はそれ以上は知りません!」メンバーは急に慌てたように言うと、足早にその場を去った。
ジョセフは一息ついてからサリーの楽屋を訪ねた。そこにはサリーだけでなく、イザベラの姿もあった。
「こんにちは」ジョセフは軽い挨拶を投げかけた。
「ジョセフさん…」サリーが気の抜けた声で答える。
ジョセフは明るく振る舞おうと努めた。「サリー、シオンがいなくなって寂しいだろうが、
これからは君の時代だ!君がこのグループを引っ張っていけば、さらに大きく羽ばたけるさ!」
「今はそんなことを考えられません…」サリーの目はどこか遠くを見ている。
「そんなこと言わずに。君にはその素質があるんだよ!ねえ、イザベラ?」ジョセフはイザベラに視線を向けた。
イザベラは一瞬躊躇したが、苦笑いを浮かべて頷く。
「そ、そうね。ジョセフさんの言う通りよ。あなたの活躍を亡くなったシオンもきっと応援しているわ」
ジョセフの目が鋭く光る。「そう、ナンバー2からの逆転劇は、さぞ儲かったでしょうな」
「な、なによその言い方は!」イザベラが声を荒げる。
サリーは驚いた表情でジョセフに尋ねる。「儲かる?」
ジョセフは冷静に続けた。「シオンを脅して怯えさせることで、活動を自粛させたかったんじゃないか?」
「あなた失礼よ!何を言ってるの!」イザベラが動揺を隠せない様子で言い返す。
ジョセフは肩をすくめて笑った。「いや、こちらの話です。気にしないで」
話題を変えるように、ジョセフはサリーに手を差し出した。「あ、そうだサリー。サインをくれないか?」
「え、ええ…」サリーは戸惑いながらもペンを手に取る。
その間、イザベラは居心地が悪そうに楽屋を出て行った。その背中を見送りながら、
ジョセフは静かにため息をついた。
「さて、次はもう少し核心に迫らないとな…」と、独り言を呟いた。
「サリー、イザベラのことはどう思う?」ジョセフは無駄に空気を読まず、
ストレートに尋ねた。サリーは少し驚いたように目を見開くが、すぐに冷静さを取り戻した。
「イザベラさんは、私がアイドルになったころからの担当で、
何でも話せるお姉さんのような存在です。」サリーは少し恥ずかしそうに言った。
「そうか。イザベラにシオンの事を話したことはある?」
サリーは少し考え込んだ後、静かに頷いた。
「ええ、過去のことも相談したことがあります。シオンのことも…」彼女の声がわずかに震える。
ジョセフの目が鋭く光り「その、羽のことも?」
サリーは一瞬息を呑み、少しだけ視線をそらした。
「…はい。」小さな声で答えると、目を伏せた。
「そうか」とうなずいた。
ジョセフはサリーの楽屋で目を光らせていた。机の上に置かれたジュースの缶や、
お菓子のパッケージに目が留まる。彼は手に取り、パッケージに描かれたデザインをじっと見つめた。
そこには、堂々と1匹でポーズを決めるシオンの姿が大きく印刷されている。
背景に他のメンバーの影もなければ、名前すら記載されていない。
「なるほどな…」ジョセフは小さく笑みを浮かべた。
この状況が示すものは明白だった。スポンサーたちの関心はグループ全体ではなく、
シオンただ1匹に集中していたのだ。広告費は莫大な金額だったに違いない。
ジョセフの頭の中で計算が動き出す。(賭けの話もあったが、真実はこれだな…
イザベラはシオンを脅して引きずり下ろし、サリーをセンターにすることで
自分の懐を潤そうとしていたんだ。)
「ジョセフさん?」サリーの声が思考を遮った。振り向くと、
彼女が不安げにこちらを見ていた。「イザベラが何か…?」
ジョセフは一瞬、何かを言いかけたが、口元を引き締めて作り笑いを浮かべる。
「いや、なんでもないよ。ああ、サインありがとうな。」彼は気軽な調子で礼を言うと、楽屋を出ていった。
廊下に出たジョセフの表情は一変していた。イザベラの狙いはほぼ確定だ。
シオンの存在を消してでもサリーを売り出そうとしている――その裏には、
莫大な金が絡んでいるに違いない。ジョセフの悪しき直感は、ますます確信を深めていた。
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