テラーノベル
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──その夜。
背中を刺すような冷たさで、私は目を覚ました。
「……冷たっ」
寝返りを打つと、ゴリッという硬い感触。
「……やっぱ冷たい」
目を開けると、そこは冷え切った石の床だった。
どうやら寝相が悪すぎて、
せっかく出した布団を蹴飛ばし、床で寝ていたらしい。
「……石だもんね。冷たいよね」
薄暗い魔王の間には、
私の独り言だけが跳ね返ってくる。
試しに石に話しかけてみる。
「……ねぇ石。少しは温かくなってよ」
もちろん返事はない。
「……無視かよ」
這い上がって布団に戻ろうとすると、
ベッドの方から寝息が聞こえた。
「Zzz……ココア……もっと……Zzz」
豪華なベッドの上で、
魔王エストが幸せそうに寝ている。
ベッドの端がきゅっと窪んでいて、
小柄な体がすっぽり埋まっている。
「なんであっちだけベッドなの?
どう見ても私サイズじゃん」
「Zzz……これは私のベッド……Zzz」
「寝言で牽制すんな」
私はため息をつき、柱に背中を預けて座り直した。
冷気が石より早く体に染み込んでくる。
「……眠れないな」
レベル1。ダンジョン最深部。
外ではレベル100が徘徊中。
静かなのに、
静けさの裏側が全部“脅威”で満たされている。
「……詰んでるよね、これ」
じわっと胃が痛む。手で押さえてみる。
「胃薬……ないよな、異世界に」
その瞬間、ムダ様の名言が頭の中に再生された。
《完璧超人も胃酸には勝てない!胃薬と共に勝利を掴め!》
「その胃薬が無いんだよ……」
沈黙。
石の冷たさと、異世界の現実と、心細さが全部混ざる。
「……異世界にもプロレスあるかな」
また沈黙。
「……魔王軍でプロレス団体作る?」
さらに沈黙。
「……団体名は『デビル・レスリング』」
「Zzz……それダサい……Zzz」
予想外のタイミングで、エストの寝言が刺さる。
「寝言で企画否定すなぁ!!」
「お姉ちゃん……」
その寝息に混じった言葉は、
あまりにも素直すぎて胸の奥が痛くなった。
「……お姉ちゃん、か」
おじいちゃん、おばあちゃん。
大切な人ほど先にいなくなっていった記憶が、
背中の冷たさと一緒に蘇る。
「……また一人になるの、嫌だな」
ぽつりと漏れた本音は、石より硬くて脆かった。
でも現実はもう変わっている。
すぐ隣で寝ている小さな魔王の存在が、
それを教えてくれる。
「……この子がいなくなる方が、もっと嫌だな」
胃じゃない場所がムズムズする。
胸の奥が熱くなる。
「……やってやるか。世界征服」
*
世界征服。
そんな言葉、半分はカッコつけだ。
でも半分は本気だ。
世界って、放っておくと“お利口さん”が損する構造になってる。
私のいた世界はそうだった。どうせこの異世界も同じ。
そもそも私の扱いからしてそう。
だったら先に、私が理不尽な王様になる。
理不尽を、私の手で管理する。
そうした方が話が早い。
……私ね、子供の頃ひとりだった。
両親はいなくて。
でも、祖父母がいた。
……あーあと、近所にカエデとツバキも居た。
あいつらも私の“居場所”の一部。
みんな、あったかい手で頭を撫でてくれた。
「サクラは一人じゃない」って言ってくれた。
だから今度は私がやる番だ。
孤児も、魔物も、人間も。
勝手に居場所を作ってやる。
嫌でも。
征服ってのは、結局──
“勝手に人の中に居座ること”だ。
殴って、笑わせて、あったかい布団に沈めて。
気づいたら「なんか、あいつのいる生活、悪くないな」
って思わせたら勝ち。
そんなことを考えてると、
再び、ムダ様の名言が脳内に降臨する。
『誰かを守る? その決意は素晴らしい。
で、焼肉食ったか?』
「……肉……食いたい……」
ため息混じりに立ち上がり、
エストの肩にそっと毛布をかけてやる。
「よし」
「Zzz……ありがと……
世界征服がんばって……Zzz」
「……人任せ!?」
「Zzz……どうすればいいか知らんし……Zzz」
「無責任!!」
その時、外の地鳴りがドゴン、ガァァァァと鳴った。
どう聞いても運動会ではない。
「……うん。運動会してるってことにして、寝よ」
私は現実から逃げるための布団を引き寄せ、潜り込んだ。
【布団:防御力+3/精神安定+99/行動力−99】
「これ……強くね?」
【布団:睡眠誘導+999】
「うそ……最強……」
【布団:現実逃避+∞】
「負ける……絶対負ける……」
【布団:もふもふ】
「……温か……」
そして。
「……っ……Zzz……」
*
──翌朝。
魔王の間のど真ん中で、私はまだ布団にくるまっていた。
完全に戦闘不能状態だ。
しかも枕元には、いつの間にか増殖した生活用品の山。
マグカップ、歯ブラシ、手鏡、櫛──そして何故かムダ様のブロマイド。
意識は覚醒しているが、出たくない。
布団の結界が強すぎる。
狸寝入りを決め込んでいると、
ペタペタと小さな足音が近づいてきた。
「……なんか色々増えてる!?」
エストの声だ。
「……Zzz……ムダ様……Zzz」
私はとっさに寝たふりをした。
「ムダ様って誰!?」
「……推し……Zzz」
「寝ながら会話できるの!?」
エストは一歩近づいて、
そっと私の寝顔を覗き込んだ気配がした。
「……どこにも、いかないでね……お姉ちゃん」
ポツリと落ちた言葉は、
昨日よりもずっと幼くて、
ずっと必死だった。
胸がキュッとなる。
……そんなこと言われたら、起きづらいじゃんか。
(やっと来てくれたんだ……)
エストの心の声が聞こえた気がした。
私はたまらず、
布団をもぞもぞと動かして、
むくりと起きた。
「……なんで泣いてんの? え、私また死んだ!?」
「ち、違うのっ!」
エストが飛び上がった。
「まさか私の魂を素材にして新モンスター錬成?」
「しない!!」
「レア素材として高額取引?」
「売らない!!」
「じゃあ何に使うの!?」
「使わないって言ってるでしょ!!
お姉ちゃんは……私の“お姉ちゃん”なんだから!
ずっと! ずっと一緒なんだよ!!」
叫んだ瞬間、エストの耳がほんのり赤く染まった。
「……うん、もうちょい寝るわ」
「今の流れで!?」
私は即座に布団に潜る。背中越しに小さな声で呟く。
「……まぁ……いてやってもいいけど……
エスト様が寂しがると面倒だし……」
「お姉ちゃん、ツノすごいピンクだよ?」
「見えてないから!! 背中向けてるから!!」
「でも見えたよ? めっちゃピンク」
「……寝る」
布団にぐるぐる巻きになった。
「照れてるのかわいい……」
「……聞こえてる……Zzz」
「寝てないじゃん!?」
「……スー……ピィ……Zzz……」
「それ寝息じゃない!! 鼻笛!!」
「……Zzz」
「ほんとに寝た!?」
エストは呆れながらも、
布団の上からそっと手を乗せてきた。
「……ありがとう。お姉ちゃん」
「……Zzz……どういたしまして……
世界……Zzz……征服……」
「寝言で野望!?」
*
その日──“あの人”が夢に出てきた。
前の職場の絶対君主、
綾小路綾子(あやのこうじ あやこ)──通称“綾様”。
経理と総務と、社員の生殺与奪の権を握る女帝だ。
彼女が歩けば廊下の空気は凍り、
社員のスマホがマナーモードになり、
バッテリーが20%減る。
私は彼女を観察して日記を書いていた。
あれは、残業中の深夜のビルでのことだ。
──【綾様観察日記 vol.95247】
うちのビルに地下三階なんて無い。
本来、地下はB2まで──それは全社員の共通認識だった。
けれど、ある夜、私がエレベーターに乗った時、
ボタンの下に見慣れない「B3」の表示が現れていた。
好奇心で押そうとしたその瞬間、
エレベーターの隅で、
背を向けて立っていた女がこう呟いた。
「……まだ、早いわよ」
──綾様だった。
*
私、誰かが乗ってたなんて気づいてなかった。
気配がないどころか、質量を感じなかった。
私は逃げるように降りた。
振り返る勇気は、なかった。
あれは幻覚だったのか、
それとも彼女が“冥界の人事部長”だったのか……
今でも分からない。
ただ一つ言えるのは──。
「あの時の恐怖と比べたら、世界征服なんてチョロいわ」
言葉も通じない、
理屈も通じない、
ただそこに在るだけの圧倒的理不尽。
それに比べればさ?
会話が通じる人間やモンスターなんて可愛いものでしょ?
*
《サクラはこの後、竜の王『竜王』と戦うことになる。
──世界征服は、まだ始まったばかり。》
だがその前に、深刻な問題が発覚する──。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『誰かを守る? その決意は素晴らしい。で、焼肉食ったか?』
解説:
守るには覚悟がいる。
覚悟には体力がいる。
体力には肉がいる。
つまり守るなら焼肉だ。
カルビを噛め。ハラミを焼け。ロースを信じろ。
ちなみに俺は18の時、焼肉食べ放題で遠慮した。
今でも夢に出る。カルビが。
「もっと食えばよかった」って言ってる。
だからお前は食え。
誰かを守りたいなら、まず焼肉だ。
未練は叫べ。カルビが呼んでる。
以上だ。寝る。
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