俺の名はガッツ。
平民出のただのガッツだ。
そんな俺が今じゃ、誉れ高くも王国最強と謳われるフローズメイデン騎士団の副団長を務めてんだから、世の中わかったもんじゃないよなあ。
いや、俺はダンテ団長閣下と出会った瞬間から運命ってものをわかってたのかもしれねえな。
初めてダンテ団長閣下とお会いしたのは戦場のど真ん中。
十代の俺は腕っぷし一本で、どうにか成り上がろうと躍起になってたが……戦場じゃ簡単に死にかけた。そんでもって、もうダメだって絶望しそうになった時、あの冷たくも厳しい青|薔薇《ばら》が救ってくれたんだ。
『————我が領民は何者にも代えがたい。悪いが絶氷を|献花《けんか》させてもらおう』
敵さんを青い氷で凍てつかせ、敵の死者にすら弔いの献花を施す。そんな味方も敵も身震いさせる冷気を纏ったダンテ団長閣下に、一瞬で見惚れたもんさ……救世主さまが俺らを守ってくれたってな。
こんな芸術のげの字も知らねえ俺が、美しいって感じまったんだよなあ。
野郎相手にだぜ?
俺たちの領主様ってのは平民を大切に思い、守り、導くだけの力がある御方だって感動に震えたもんだ。
するとどうだ。
俺の見ていた世界はなんてちっぽけで、あの御方が見据える景色はきっと遥か広大なんだって圧倒されちまった。
腕っぷしでのし上がって何になる?
あの御方はあれだけの力を持っていながら何に使った?
俺たちを守るために使った!
俺じゃあ決してたどり着けない高みを歩むダンテ団長閣下が、目にする景色ってやつを共にしたいと願うようになっちまった。
俺もあんなふうに誰かを守れる強さと、そして厳しさを手にしたかった。
それからはもう駆けずり回ったってもんよ。俺の怪力はあの御方のためにあったんだと気付いて、どうにかあの御方に認めてもらいたくて、血の滲むような特訓に明け暮れた。
実戦と修練と実戦、そして特訓の繰り返しだ。
そうして必死になっていたら、気付けばフローズメイデン騎士団に入団できていた。
それからも俺は剣技に励み、力だけを磨いても守れる者は限られると知った。兵法や軍略術、そして鍵魔法にも力を入れた。
幸い、フローズメイデン騎士団には知識共有の許可が下りてっから、貴重な本が保管されている書庫も解放されていた。
あとは先輩方に教わり、特訓を繰り返して切磋琢磨だ。
貴族出身の騎士と|平民出身の騎士《おれら》が多少いがみ合う時もあるが、これもきっと互いの刃を研ぎ澄ますためだろう。競い合いから生まれる技術の向上を甘く見ちゃいけねえ。
後で気付いたんだが、ダンテ団長閣下はその辺の構造も視野に入れてご指導してくださっていたんだろうな。
『ガッツ、貴様はよくやってくれている。ゆえに貴様をフローズメイデン騎士団副団長に任命する』
『あ、ありがたきお言葉! このガッツ! 全霊を賭して我が剣を団長閣下に捧げます!』
『期待している』
俺が30歳になったあの日。
ダンテ団長閣下が認めてくださったあの日を、俺は一生忘れないだろう。
未だに平民風情がと嘲笑する奴もいる。
特に同僚の……もう片方の副団長であるロイスは伯爵家の出だから鬱陶しい。
顔を合せる度に小さな嫌味を言ってくるが、剣の実力が実力だけに認めざるを得ない。それはあっちも同じだからこそ、小言の一つで済ましているんだろうよ。
実際、ロイスが俺に何か言うことで、他のお貴族様出身の騎士たちの留飲を下げてくれてるような気もするし。
お貴族様の習慣だとか伝統だとか面倒なことは嫌いだ。
だが、なぜお貴族様が人の上に立つのか……なぜ優れているのか、その理由はダンテ団長閣下を見ていてわかった。
一番力のある御方が、一番聡明な御方が、誰よりも尽力されている。その貴族の矜恃が、人の上に立たせるのだと。
その事実を間近で見てきた俺は、俺は————
一生、この御方についていくと誓った。
この御方に相応しい自分であると誓った。
だからこそ。
気分屋でわがまま三昧のマリアローズお嬢様は、俺にとって受け入れがたい存在だった。
ダンテ団長閣下とシルヴィア様の美貌を継いだ見目麗しい美少女ではある。
新人の騎士団員の中じゃ、不敬にもあの可憐さに色めきたつ者もいるが……マリアお嬢様を|知ってる《・・・・》騎士は顔をしかめるか、無表情を貫く。
俺も普段であったなら、ダンテ団長閣下への忠誠心から無表情だったはずなんだがなあ。
「ガッツ。シルヴィーに剣の稽古をつけるから、しばしの間こちらの区画を使う」
「————お、お嬢様が剣の修練を?」
だが、この時ばかりは内心が顔に出ちまった。
マリアお嬢様が『剣なんて野蛮人が振るえばいいのよ! 汚らわしい!』と言い放ち、護衛騎士を侮辱した報告は何度も上がっている。また、騎士団内で未だにお嬢様の専属護衛騎士がいないのは、専属メイドのアンが強いという理由もあるが……主な原因は騎士を|顎《あご》で使う態度が露骨すぎる。
だから嫌厭されてるんだよな。
「し、しかし——いきなりは、その————き、危険では? お嬢様は剣を握った経験はないのですよね?」
「いかにも。だが、シルヴィーが基礎ぐらいは習得したいと願い出てきたのだ」
「お嬢様がご所望されたのですか!?」
剣術なんてうちの奴隷が嗜む野蛮なものよ、などと冷笑していたあのマリアお嬢様が? 自ら剣術指南を願い出たのか!?
はあ……どうせまたお嬢様のワガママの類なんだろうな。
口を大にして言えないが、ダンテ団長閣下は忙しい身。マリアお嬢様の気まぐれで団長閣下の貴重な時間を奪ってほしくはない。
ましてや剣は女子共が握るものじゃねえ。
研鑽を積んだところで、力で勝る男にひけを取るのがオチだ。女は黙って料理や手芸に精を出してればいい。
「どうしてマリアお嬢様が|修練場《ここ》に?」
「団長閣下がお嬢様の剣術をご指南されるらしい」
「おもしろくないな」
「お嬢様に団長閣下の貴重な時間を費やすなら、俺たちに教えてほしいよな」
団長閣下と俺のやり取りを耳にした騎士たちがヒソヒソと声を漏らす。
不敬とは知りつつも、それは俺の内心を代弁するものだったので咎めはしなかった。
一度も剣なんか握ったことのない小娘には、団長閣下の剣の素晴らしさは1ミリだって理解できないだろう。団長閣下と一対一でご指導いただける誉すらわからずじまい。
そんな価値ある時間が、小娘のわがままに浪費されちまうのか。
そんな思いで団長閣下とお嬢様のために、訓練区画を一つ空けるよう騎士たちに指示を飛ばそうとする。
「ガッツ! 騎士団のみなさんの修練を邪魔してしまい、申し訳なく思っているわ!」
「————へ?」
振り返るとそこには、心の底から申し訳なさそうに謝るマリアお嬢様の姿があった。
ん? あの高慢なお嬢様が、俺に————
騎士団員たちに……謝罪した、だと?
幻か?
「どうか、私とお父様の打ち合いを見ていてくださいませ! あなた方の剣技が如何に陳腐なのかを思い知りますわ!」
「はい————え? や、はい。え?」
もう訳がわからなかった。
マリアお嬢様は一体何を言っている?
俺たちの剣を侮辱するのは百歩譲って流すとして、団長閣下と打ち合うだと?
団長閣下とお嬢様では打ち合いにすらならない。せいぜい、型の構えや素振り程度で終わるのは目に見えている。
それをあのお嬢様は————
気でも狂っちまったのか?
そんな俺の感想は————
2人の模擬戦が始まると跡形もなく粉砕された。
「【|解錠《アンロック》】————【氷帝界の五本指】」
は?
可憐な容姿と優雅なドレス姿で、この俺ですら解錠できない高位の異界を、やすやすとお嬢様が解錠したことにまず衝撃を受けた。
「おい——あれって」
「ああ……|青薔薇《メイデン》魔法の聖級だよな……」
「13歳の少女が詠唱破棄で解錠ってありえるか?」
冷やかし半分で見学していた騎士たちも驚愕している。
それもそのはず。あの規模の鍵魔法を解錠するには、かなり老練な【解き使い】でも難しい。ましてや詠唱破棄できる【解き使い】なんざ、ダンテ団長閣下を含めても王国内に数人しかいねえぞ。
そうか——
マリアお嬢様にはこれほど突出した鍵魔法の才がおありだったのか。
そんなら、剣などなくとも敵をいともたやすく|屠《ほふ》れる。確かにお嬢様からしたら剣を必死に振るう輩は、ひどく滑稽で虫ケラのように見えていたのかもしれないな。
だからあれだけ不遜にもなれたわけか。
だがよ、剣も魔法も極めた団長閣下相手ではそれも傲慢だったと気付くだろうな。
上には上が————
「————【氷山崩し】」
「————【氷山落とし】」
は?
ダンテ団長閣下とお嬢様は息突く間もなく、激しい連撃を交錯させてくじゃねーか!
互いが織りなす一太刀一太刀が、もはや達人のそれであり、圧倒されちまう。
おいおいおいおい! 伝承に語られる剣舞を見てるんじゃないかって錯覚しちまうぐらい! お二方の攻防は美しく、厳かで、そして畏怖すべき剣舞だぞ!?
「え、今、右にフェイクを二回、入れた?」
「いや、あれは剣を横凪ぎにしつつ下段にも1回牽制を入れてるぞ」
「や、肩の動きに呼応して左足を————」
「空中で姿勢を反転させるって可能なのか?」
「切り返しからの上段に入れ込む動きなんて、俺にはできそうもない」
「どうしてお嬢様はあれに対応できるんだ?」
いつの間にか全員がお二方の模擬戦に熱中していた。
これだけのものを見せられたら、魅せられたら————
至極当然だ。
「おいおい、お嬢様の剣技もやばくないか?」
「団長閣下も手を抜いてるって感じじゃないぞ?」
俺は、なんて……なんて愚かしい誤解をしていたんだ!
なんてちっぽけな視野しか持ちあわせていなかったんだ!
これじゃあまるでガキの頃と変わりゃしねえじゃねえか! またもフローズメイデンに目覚めさせられたってか!?
他の団員の表情からしても、どうやら俺と同じ考えに至っているようだな。
マリアローズお嬢様のあれは……一朝一夕で成しえる剣技じゃねえ。
一目瞭然だ。
さらに筋力の劣りを器用に鍵魔法で補うなんざ、遥かに俺を凌駕している。一体、どれほどの修練を積めば……あれほど自然に、身体に馴染んだ動きを実現できる?
お嬢様ご自身による試行錯誤が幾万とされ、想像を絶する修行をされてきたんだろう。
あれは尋常じゃないほどの死線を超えた、その先にある領域だ。
まさか、まさか……お嬢様は、団長閣下の多忙さを考慮して、今まで密かに血の滲むような訓練を……自力で、独学で繰り返していたのか?
なぜ秘密で特訓していたか。そんな答えは明白だ。
さっきの俺がそうであったように『女なんかが剣を握るなど不遜』。そう思う騎士団員が大半だろう。
剣の始まりは誰もが未熟。そして女性である身で、その未熟さを見せるのは|謗《そし》りの対象になりえる。ましてや我らが忠誠を誓う団長閣下の実子ならよ、団長閣下の沽券にもかかわっちまう。
それを十分に理解した上で、お嬢様はこの日のために……団長閣下と並び立つ技量を磨き上げ、将来我らが忠誠を誓う人物がどのような人間なのかと、お披露目してくださったのか。
と、途方のない努力と覚悟が垣間見える。
一体何年前から修行されていたのだろうか?
大天才つっても7年以上は確実に費やしたはず。
なら6歳頃からか? そんな年端もいかねえ幼女が、尊敬する父を想って人知れず、ただひたすらに研鑽を積んできただと!?
ぐっ。
目頭が熱くなってきやがった。
そして俺は愚かにもようやく気付けた。
なぜ今までお嬢様が俺たちを虫ケラのごとく|顎《あご》で扱っていたか。
シルヴィア様がお亡くなりになり、唯一の肉親は団長閣下のみ。お忙しい団長閣下に甘えられず、【|凍てつく青薔薇《フローズメイデン》】のご令嬢としてふさわしい品格を備えなくてはいけなかった。
孤独な少女が……幼少期より剣から遠ざけられ、女性には女性の戦場がある。
教養や花嫁修業、そして腹に一癖も二癖も黒い物を抱えたお貴族様を相手に、社交場での顔つなぎ。そんな運命の下、修練も密かにこなし……さぞ寂しくお辛い思いをしたのだろう。さぞ団長閣下と共に|在《あ》れる騎士団を羨み、そして侮蔑していたのだろう。
お嬢様の凄まじい剣技が物語っている。
『お前たちはお父様にご指導されていながら、このように打ち合えもしないのか?』と。
戦闘の最中ですら2人は楽しそうな笑みを浮かべていた。
お父様を楽しませられるのは私以外ありえない。お前たちがじきに忠誠を誓うのも私以外にありえない、と。
そう剣で雄弁に語るお嬢様ご本人も、心底楽しそうだ。
それと比べ俺たちはどうだ。
団長閣下と共に|在《あ》りながら、この程度もできないとは失笑に値する。俺らが野蛮な奴隷とそしりを受けても仕方のないことだったのかもしれない。
だが、お嬢様はさっき俺に『打ち合いを見ていろ』と仰った。
そしてその剣技の一つ一つから、熱い想いが伝わってくる。
『見て、学んで、そしてついてこい』と。
『お前らはまだまだこんな物じゃないだろう』と。
『悔しいなら追いかけてこい』と。
たった13歳の少女が俺たちを導くべく、鼓舞し、発破をかけていらっしゃるだと!?
……そうか、今ならわかるぞ!
アンもお嬢様のこの姿を知っていたのか! だからあいつは周囲がお嬢様を煙たがっても、異常なまでに誠心誠意尽くしていた。
こんなことなら俺も!
いや、過ぎたことは変えられない。今までの無礼も到底許されることではない。
だが俺はフローズメイデン騎士団に所属してから、『未来は変えられる』のだと教わってきた。
努力し、体現してきた自負がある。
だからこそ今後は団長閣下も含め、お嬢様の剣になると改めて誓う!
「【|解城《カリオストロ》】————【氷神界に眠る宝物殿】」
「ほう——?」
親子そろって、|領民《おれら》を導く姿っつうのは神々しいもんだな。
フローズメインデンの血筋か。
いや! あのお嬢様だからこそ、なのか。
お嬢様の剣となって、お嬢様が切り拓く未来の一太刀になりたい。
そう渇望してしまう。
まさか団長閣下以上に運命ってやつを感じる御方が現れるとは————
あの御方こそが、|我々《おれら》を導く聖女だろう。
「【|解花《フローラ》】————【|凍てつく青薔薇《フローズメイデン》】」
や、ちょっとまってくれダンテ団長閣下!
それは俺たちもあぶねえやつだぞ!?
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