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「乱歩君。」
ポオは囁いた。
だが返事はない。目の前の男は、自分の愛した人間ではなかった。
声も、瞳も、手の温度も、“乱歩”のそれに酷似しているのに。
魂が、いない。
まるで、そこにあるのは彼の死体の模倣だった。
それでも、ポオは立ち上がる。震えながら、言葉を紡ぐ。
「君に言わなきゃいけないことがある。
……俺が、君を見捨てたあの夜のことを。」
乱歩――否、“今の乱歩”はその声に微かに反応する。
「――あぁ。」
呟くように。
「お前だ。俺を見殺しにしたのは。」
回想:水底の夜
ポオはまだ、他人の命に怯えていた。
異能が暴走し、見知らぬ男の記憶を壊してしまった直後だった。
「次に壊したら、僕は“殺す”ことになるかもしれない。」
その不安に囚われていたポオは、目の前で乱歩が溺れていくのを――一瞬、躊躇った。
伸ばしかけた手を、止めた。
その一秒で、乱歩の呼吸は止まった。
人工呼吸で、奇跡的に戻った命。けれど。
彼の目だけは、ずっとポオを見ていた。
「……見てたね?」
言葉にしなかったその問いが、ポオをずっと縛っていた。
現在:罅割れた対話
「そうだよ。」
ポオは告白した。
「俺は、あのとき手を止めた。……怖かった。君を壊してしまうのが。」
乱歩は笑う。乾いた、何もない笑み。
「壊れたよ。」
その一言が、ポオの膝を崩す。
「でもね。君が止めたのは正しいよ。だって――」
乱歩は、テーブルの上に置かれた一本の薬瓶を指す。
「その直後、僕は組織に連れ戻された。そして、“感情を切る”薬を打たれた。」
「……なに?」
「ポオ君を忘れたんじゃない。
“君を想う回路”を、削除されたんだ。」
幕間:その名を呼べぬ記憶
組織の名前は**《レム》**。
異能者を感情から解放し、殺戮に特化させる研究機関。
乱歩は過去に潜入していたが、正体がバレて拉致され、“感情遮断試薬”を投与された。
「今、僕が笑うのは反射だ。
ポオ君に触れられても、皮膚が動くだけで心は揺れない。
それが、あの場所で“される”こと。」
クライマックス:名前を呼ばれた瞬間
ポオは、耐えられなかった。
この結末は“彼を救った”なんかじゃない。
彼はまだ、あの暗い部屋の中に閉じ込められてる。
「乱歩君。」
もう一度、名を呼ぶ。
「乱歩、乱歩、乱歩……!」
涙を堪えきれず、何度も名前を呼び続ける。
乱歩はそれをただ聞いていた。
虚ろな目で、機械のように瞬きを繰り返しながら。
だが。
その瞬間、世界がわずかに歪んだ。
「――ポオ、君……泣いてる?」
ほんの一滴、感情が漏れた。
遮断された心の中で、“ポオの涙”だけが網の目をすり抜けた。
「……俺、君に触れてもらえないの、慣れてると思ってた。
でも、こんなに寂しかったんだな……」
手が震える。指が、ポオの袖をつかむ。
「……ポオ君。」
たった一言。
それだけで、ポオの世界は息を吹き返した。