テラーノベル
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🌹はなみせ🍏
スタジオの空気は、大森さんの一声で一瞬にして塗り替えられた。
さっきまであんなに困惑していた若井さんも藤澤さんも、楽器を手に取った瞬間に目つきが変わる。
若井さんは、聴いているだけで指が絡まりそうなほど複雑なギターフレーズを、「ここ、もっとエッジ効かせたいんだよね」とストイックに突き詰めている。藤澤さんも、ピアノからフルートへ、さらにはキーボードへと魔法のように楽器を操り、一つ一つの音に命を吹き込んでいく。
そして、何より驚いたのはスタッフさんたちの動きだ。
誰が指示するでもなく、次に必要な機材が準備され、流れるような無駄のない動きでレコーディングを支えている。
(すごい……これが、プロの現場……)
ピリッとした緊張感があるのに、どこか楽しそうで、全員が同じ方向を向いて「最高の一曲」を作ろうとしている。その熱量に、私の心臓はずっと高鳴りっぱなしだった。
私は大森さんが座らせてくれた椅子で、邪魔にならないように息を潜めていたけれど、不思議な感覚があった。
大森さんがブースの中でマイクに向かっている時も、ディレクター席で真剣な表情で波形を見つめている時も、ふとした瞬間に、必ず私と目が合う気がするのだ。
「……気のせい、だよね」
あんなに集中している大森さんが、ただの見学者である私を気にするはずがない。
でも、目が合うたびに、彼の瞳が「ちゃんと見ててね」と語りかけてくれているような気がして。
ノイズキャンセリングイヤホン越しではない、生身の音楽がぶつかり合うこの空間。
「いつか、ここが自分の居場所になるんだ」
そんな根拠のない、でも震えるほど強い決意が、私の中で確信に変わっていった。
出したいから出す
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