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二人の両手で包んでいる小瓶の中の小麦粉が、ランナの聖力とヒルの魔力に反応して色が変化していく。
ランナが目を開けると、瓶の中の白い小麦粉は赤みを帯びた粉末に変わっていた。
ランナを背後で抱きながら手を重ねていたヒルが、それを見て呟く。
「成功した……のか?」
ランナは振り向きもせずにヒルの腕から離れて、横に立つルアージュに小瓶を差し出す。
「この薬を水に溶かして、少しずつファイア様に飲ませてください」
「不思議な色の粉薬ですわね。本当に効きますの?」
「はい。この赤色はファイア様の生気の色です。ファイア様のお体だけに合うお薬です」
「分かりましたわ」
ルアージュは側に控えていたメイドに、水を入れたスープボウルとスプーンを用意させた。
赤い粉薬を少量、水に溶かしてスプーンで掬うと、ベッドに横になっているファイアの口元に運ぶ。
「お父様、お薬ですわ。少しずつで良いのでお口に入れてくださいませ」
「あぁ……ルアージュ、すまない……ありがとうな」
一気に飲み込む事が難しいファイアは、スープをすするようにしたり舐め取ったりして、時間をかけて口に含ませていく。
それを何度も繰り返すうちに、明らかにファイアの顔の血色が変わってきた。青白かった頬が赤みを帯びて、瞳にも命の火の輝きが戻る。
次第にファイアは上半身を起こせるようになり、ボウルとスプーンを受け取って自分で薬を飲めるようにまでなった。
その様子の変化を見て誰よりも驚いたのはルアージュだった。
「すごいですわ……! お父様の顔色が良くなっていますわ」
ランナもファイアの確かな回復の兆しを確認すると、ようやく胸を撫で下ろす。
「あとは毎日、朝昼晩にお薬を飲んでください。お薬がなくなる頃には全快します」
「……ランナ様。感謝申し上げますわ」
「いえ、ルアージュさんの優しさと看病があったからです」
(そう、そして……ヒルくんのおかげ)
ようやくランナが後ろのヒルの方に振り返ると、ヒルは満面の笑顔で両腕を伸ばしてくる。この腕の中に飛び込んで来いとばかりに。
ランナが少し照れて微笑むと、待ちきれなくなったヒルの方からランナを抱きしめてきた。
「やっぱりランナはすげぇな! オレの最強の聖女だ!」
「ヒルくんが力をくれたおかげだよ」
「まぁな! オレの愛の力だもんな!」
そう言ってランナの頭を撫でながらドヤ顔をするヒルだが、ランナの笑顔はどこか影がある。
聖女の能力は愛によって高まる。確かに日々のヒルの溺愛によって、ランナの聖女としての能力が覚醒した。
だが今、ランナが調合したのは『治療』の薬ではない。呪いは薬で癒せない。呪いを薬で『殺す』しかなかった。
(私が調合したのは、呪いに対して効く『毒薬』だった)
ランナは毒薬を調合した自分が怖かった。呪いを毒殺したという事実が重い罪に思えて足が竦んでしまう。
そして、その事実はヒルの思惑通り。他人格を毒殺するための毒薬を調合する能力を得てしまったのだ。
ベッドの上で身を起こしているファイアは、ようやくランナの後方にいるヒルの姿を見て声をかける。
「おぉ、ヒル・ヴァクト殿。すまんが、もう少し近くに来てくれ」
呪いが解けたファイアには笑顔が戻り、声にも張りがある。それでも、まだ急には立ち上がれないので、ヒルをベッドの近くに呼び寄せる。
しかしヒルの足が動かない。不思議に思ったランナがヒルの顔を見上げると、眉をしかめて赤い瞳を歪ませている。
「ヒルくん、どうしたの?」
その時、ランナは視界の端に映り込んだ壁掛け時計に気付いた。その針は今まさに午後5時を指し示そうとしている。
一気に血の気が引いたランナがヒルに目線を戻すと、ヒルの金色の髪の先端が黒く染まり始めている。
(どうしよう、ヨル様の人格に変わっちゃう!)
まだ自我が残っているヒルは、背中のフードを両手で掴むと頭にかぶせた。
「ランナ、ごめん。頼んだ」
ランナの耳元で囁くヒルの温かい瞳が、冷酷の瞳に変わる。フードをかぶっているので髪色の変化は目に見えない。
ヒルがフード付きの黒いローブを着ていた理由は、人格変化への対策だった。ヨルの黒髪は黒いフードで隠せば目立たない。
赤い瞳の色と顔立ちは、ヒルもヨルも同じ。髪さえ隠してしまえば見た目は変わらない。
しかし目の前のヴァクト陛下はヨルに変わりはない。夜の人格となった彼は、冷徹な瞳にまずランナを映す。
「昼の女。これはどういう状況……」
そう言いかけた時に、ランナが全力でヨルの胸を両手で押して部屋の隅まで移動させる。
ヨルの背中が壁に付いたところで、ランナは小声だが強い口調で言い聞かせる。
「ヨル様、お願い。少しだけヒルくんのふりをして」
「は? ふざけるな。なぜオレが……」
「ルアージュ様がいるの。また刺されたいの?」
ヨルは注意深く部屋の奥に視線を飛ばす。ベッドにはファイア国王、その前に寄り添うようにして座るルアージュの後ろ姿を確認した。
部屋の内装も色も自国の城とは違う。ヨルは瞬時にここがレッドリア国だと理解した。
ランナは壁際のヨルから離れると、急いでファイアのベッドの前に近寄る。
「ファイア様。用があるので私たちはこれで失礼します」
「そうか、遠い所からありがとう。この件については後日、改めて書状を送ろう。ルアージュ、馬車を用意してあげなさい」
「分かりましたわ」
書状とは感謝状の事だろう。全てが上手く行ったと思ったランナは、ほっと息をつく……が。
背後に禍々しい気配を感じてランナの全身に鳥肌が立った。振り向かなくても分かる。ヨルが背中のすぐ近くにいる。
(ヨル様、なんで来るの!? お願い、何もしゃべらないで!)
しゃべらなければヒルに見える。早くこの国から立ち去りたいランナは冷や汗も加わって目が泳いでしまう。
ファイアはランナの後ろのヨルに目を合わせて微笑む。完全にヒルだと思っている。
「ヒル殿。ランナ妃は素晴らしい聖女だ。良い妃をもらったな」
ヒルを褒めたつもりのファイアだが、ランナの背後のヨルはどんな顔をして聞いているのかが分からない。
そう思って硬直しているランナの両肩をヨルが後ろから掴んで、強制的に体の向きを変えられてしまった。
(えっ……?)
驚きを声に出す事もできずに、ランナの唇はヨルの熱い口付けによって塞がれた。