テラーノベル
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勇斗が打ち合わせのために事務所に行くと、仁人がいつかのSNSに投稿した動画と同じようにソファで寝ていた。他のメンバーはまだ揃っておらず、仁人の寝息が静かに室内に響いている。
「……じんちゃーん?寝てるの?」
そろそろと近づき声を掛けてみるが起きる様子はない。喜ばしいことに最近は個人での仕事も増え、それぞれ忙しいスケジュールをこなしている。ワーカーホリックな自分が言えたことではないが、この努力家なリーダーはちゃんと寝ているのだろうかと心配になった。
様子を窺ってみると伏せられた目元は睫毛の影が落ちているが隈はなさそうだった。ひとまず安堵してすぐそばにしゃがみこむ。とりあえず記念に撮ったろと至近距離から仁人の寝顔を撮影する。カシャリと音が鳴ったがそれでも起きないあたり眠りが深そうだ。
「……仁人?おいちゃん?……ねぇ起きないの?」
じっと見つめても勇斗の視線に気付くことなく寝息を立てている。
「じんとー……」
仁人のあどけない寝顔を見ているとソワソワとするような、それでいて落ち着くような不思議な心地がする。役者として色んな感情を表現してきた自分でも、これが何に基づいた衝動なのか判別がつかなかった。
「おはよぉ。あれ、勇ちゃんだけ?」
どのくらいの時間そうして眺めていたのか、舜太の声にはっと顔を上げる。
「舜太おはよ。……仁人が寝てる」
「わ、ほんまや。ぐっすりやん」
静かに近寄ってきた舜太は未だ起きる気配のないリーダーを見てクスクス笑った。「なに、ずっと仁ちゃんの寝顔みてたん?」という彼の言葉に勇斗はちらりと携帯を見て「ん、まぁ……」と言葉を濁した。さすがに十何分も眺めていたと明かすのは妙な気まずさがあった。
「でもそろそろ時間やし起こしたほうがええかもなぁ」
「んー……」
指先で仁人の額に掛かった髪を分ける。僅かに肌に触れたのか、むずがるように仁人が「んぅ……」と寝返りをうった。この十数分目を離さずに見ていたのに、仁人の顔が隠れてしまったことが無性にさみしい気持ちになる。
「……なんかさぁ」
「うん?」
鞄をテーブルに置いていた舜太が振り返る。
「最近忙しいし、時間があるなら寝かせてやりたいって思うんだけどさ。……でも早く起きて、俺のこと見てくんないかなぁって思うんだよね」
「…………」
「なんでかなぁ」
「な、なんでやろねぇ……」
不思議だなぁと仁人の襟足を指先でいじっていると、舜太がうずくまりながら「う〜〜ん……」と頭を抱え始めた。
「あの、それってまじで言ってるやんな?」
「ん?」
「あーその、こんなん言うの変かもしれへんけど、……こ、恋してるみたいやなぁって……思ったりして……」
「…………恋ぃ?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る。
「俺が、仁人に?」
「ああいやウソウソごめん冗談やって!ちょーっと思っただけ!」
「……恋……」
わたわたと焦りながら弁明する舜太に呆然とする勇斗。異様な空気に何かを察したのか、眉間にシワを寄せた仁人が「うるさ……」と呻いた。
「やべめっちゃ寝てた……」
「じ、仁人おはよ……」
「んぁ?あぁおはよ……というかいたなら起こせよ……」
寝るつもりなかったのにと目元を擦りながら悔しそうに言う。ぱしぱしと何度か瞬いた仁人は不意に顔を上げて勇斗を仰ぎ見た。
(——あ、)
真正面から視線が合い、勇斗は無意識に息をのんだ。見るたびに感嘆する大きな瞳がいまは眠気でとろんと溶けている。撮影用のライトが当てられている訳でもないのに瞳の中にきらきらと光が散っていて、目尻に浮かぶ涙が今にも零れそうだった。
反射的に右手が仁人の頬へとのびる。触れるかという寸前、怪訝そうに仁人が首を傾げた。
「——もしかしてさっき写真撮った?」
「ぇ、あ?」
「なんか撮られたような気がしたんだけど」
「あ、あー……はい撮りましたスミマセン」
自ら携帯を差し出し自白する。ロックを解除し見やすいように画面を向けてやると、仁人はふんと鼻を鳴らし指先ですいすいとカメラロールをチェックし始めた。
「……まぁSNSに載せないならいいけど」
「えっいいの?」
「というか俺達のこと撮りすぎじゃね?大好きかよ」
ふはっと吹き出すように仁人が笑う。その瞬間、パチっと何かがはじける感覚がした。彼の笑顔なんてこの十数年数え切れないほど見てきたというのに、妙に新鮮な気持ちになって目が離せない。
頭の中で先ほど舜太から言われた言葉がこだまする。——恋してるみたいやなぁって……。その言葉が頭に浸透した途端、なぜだか急に世界の彩度が上がった気がした。
「…………恋」
「ん?……勇斗どうした?ぼーっとしてるけど……というか舜太もどうしたんだよ頭痛いの?」
突然真顔になって凝視してくる最年長と、頭を抱えながら「余計なこと言ったかもしらん……!」と反省している最年少を前にして仁人が戸惑う。
「え、本当になに!?」
結局大智と柔太朗が来るまでオロオロとすることになるのだった。
◇◇◇
メンバーの舜太曰く、自分は吉田仁人に恋をしている、らしい。そう告げられて一週間、勇斗はひたすら悶々と仁人のことを考えていた。
多様性の時代となり同性同士の恋愛についても理解があるとはいえ、いきなり当事者とされるとなると話は変わってくる。これまで恋愛対象は異性だと思っていたところに突如お前は十数年苦楽を共にした仲間に恋してるのだと言われてもすぐには受け入れられないだろう。今まで一切そういった自覚がなかったから尚更だ。そうした淡い反抗心のようなものなのか、仁人への感情が恋であると認められないでいる。
「だってさぁ……仁人、仁人だよ?」
自宅のベッドに大の字になりながら自問する。これまで時間があれば台本を読み返したりインライをしていたが、この一週間は何も手につかずひたすら天井を眺めている。考えるのはもちろん仁人のことだ。
「確かに仁人のことは好きだけどさぁ〜……恋?恋かぁ……」
仁人のことは好きか嫌いかで言えばもちろん好きだが、それは他のメンバーにだって同じ回答をする。メンバーへの愛が深いことは自覚しているし、何ならファンにだってバレている。そのなかでも仁人は結成当初からお互いに支え合い、一番信頼している相手かもしれない。だがその好意が恋愛感情かと問われれば分からないのが正直なところだった。
芸能界に入って以来、アイドル活動に注力しすぎてそれほど恋愛経験があるわけではないが、自分が恋をするなら守ってやりたくなるような可愛らしいタイプだろう。
仁人の顔の造形が好みであるのは確かだ。日常的に可愛いなぁと思うこともよくある。驚くほど大きな瞳も、スッと通った鼻も、ぽてりとした唇も可愛いと思う。たまにするツンとした口元も成人男性がするにはあざとすぎるから辞めろとまで思うくらいだし、驚いた時に所作が乙女のようになるのも可愛らしい。ファンシーなキャラクターの着ぐるみにデレデレとするところや意外とゲラなところも可愛いし、手がちっちゃいところも可愛い。他にも可愛いと思うところを挙げたらキリがない。
「…………いやだいぶ可愛いな……?」
思わず手で顔を覆う。
「で、でも可愛いと思うだけじゃ恋じゃないだろ、うん」
仁人のことを可愛いと感じているのは確かなようだが、可愛いと愛でるだけではないのが恋愛だ。その先には必ずと言っていいほど身体的接触が発生するだろう。手をつないだり、ハグやキスだってするかもしれない。もしかしたらそれ以上のことだってする可能性は多分にある。
(手をつなぐとかハグはまぁ普通に……キス……はライブとかテンション上がってたらできるか?…………セックス…………なんかもちもちしてそうだな……)
仁人の肌の触感を思い出してしばらくぼんやりとしていた勇斗だが、はっと正気を取り戻したと同時にカーっと顔が熱くなる。ぼふっと枕に顔を埋めると「うう、う〜〜」とうめきながらベッドの上で暴れまくった。
体力が尽き、息を乱しながら再び天井を見上げる。そもそも嫌悪感を抱かない時点で答えは出ているのかもしれない。さすがに認めないようにはいかないようだと、勇斗は「まじかぁ……」と観念するように呟いた。
◇◇◇
5人での収録を終え、帰り支度をしている最中にしょぼしょぼとした舜太が「ちょっと話聞いてもらってもええ……?」と言い出したので大智と柔太朗は顔を見合わせた。
「おれたちだけでいいの?」
「うん……聞いてほしいのは勇ちゃんのことなんやけど……」
個人の仕事があるため勇斗と仁人の二人は一足早く退出している。つまりはその二人のことについてなのだろうと、何となく察するものがあった。
そこで舜太は一週間ほど前に勇斗へ恋してるみたいだと失言したこと、そこから目に見えて勇斗の様子がおかしくなったのだと消沈しながら言った。
「ああ……、なんかやたらぼーっとしてたよね。そんでよっしーのことガン見してた」
「してたしてた!そんで吉田さんに見すぎって怒られてたなぁ。え、つまりそういうことなん?」
大智の問いに舜太は神妙な様子でこくりと頷いた。
「それで今日の収録まえに勇ちゃんに呼ばれて……」
「おお……」
「何かと思ったら舜太の言う通りだった!って……俺仁人のこと好きだわって言われて……それ言われておれどうしたら良いん?」
ご祝儀とか用意すれば良いん?と心底困った顔で言う舜太に、笑ってはいけないと思いつつ二人は思い切り吹き出した。
「わはははは!ヤバいな勇斗!」
「ぐっ、ふふ……それでずっと悩んでたの?」
「笑い事じゃないねんて!まじでおれどんな反応したら良かったん?お、おお……としか言えなかったんねんけど!」
ひぃーと腹を抱えて爆笑する大智と柔太朗に、つられて笑い出す舜太。三人でひとしきり笑い終えたあと一息ついて幾分冷静になった。
「というか佐野さん今ごろ自覚したってことなん?え、ヤバない?」
「……じゃあ今までのあのイチャつきっぷりも素だったってこと?」
「えっ、怖……」
「これからあれ以上のイチャつきを見せられるかもしれないってことじゃん?」
「怖ぁ……」
「ホラーやん……」
ゾッとしたように二の腕をさする。
M!LKのメンバーの仲の良さは周知の事実だが、年長組のやりとりは側で見ていて反応に困ることが多々ある。二人の絡みがファンから人気があるのを承知した上でわちゃわちゃとすることもあれば、一切カメラの類が入っていない場で付き合いたてのカップルのような振る舞いをすることもある。メンバーのイチャつきを間近で見せられるたびに胸焼けしそうな気分になるのが常だった。
「おれ勇ちゃんは普通に仁ちゃんのこと好きなんだと思ってたわぁ」
「あーね、少しは自覚してると思ってた」
ねぇと舜太と柔太朗が頷きあう。メンバーへの好意を隠さない勇斗だが、リーダーである仁人へは少しばかり熱量が違うように思う。
舜太たちがこれからどうしようかと話していると、すっかり飽きた様子で大智が携帯をいじりながら言った。
「もうさぁ放置でええんやない?吉田さんも無碍にはせんやろ」
「わぁ、もう興味なくしてる」
長年二人の側にいた弊害か、一切の関心がない大智はある意味誰よりも客観的に評する。その彼をして脈がないわけではないと断言した。
「そもそもさぁ、あの勇斗やで?」
「うん?」
「勇斗が本気出したら仁人が逃げ切れるわけないやろ」
寝る間も惜しんで活動し、かつて掲げた目標に邁進する勇斗。そのひたむきさは彼の近くで見ている自分たちがよく知っている。そして努力の甲斐あって一歩ずつ夢に近づいているのをまさに実感しているところだ。
——だがその熱意がただ一人に向いたらどうなるのか。
「……たしかに無理かも」
「やろ」
「……どうする、よっしーに何か言っとく?覚悟しといたほうが良いよって」
「いや何のこと!?ってビビってまうて……」
もはや我らがリーダーの前途を祈ることしかできないと、舜太は「仁ちゃんがんばって!」とここにはいない仁人へとエールを贈った。
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コメント
1件
うわあ、めっちゃいい——! 勇斗が仁人への想いを自覚していく流れが丁寧で、読んでてこっちまでドキドキしたわ。特に「恋」って言葉を反芻しながら、でも認めたくなくて悶々とする感じがリアルだった。メンバーたちの反応も絶妙で、大智の「勇斗が本気出したら仁人が逃げ切れるわけない」は笑ったけど納得。続きめっちゃ気になる!🔥