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── 壊れかけてる。
それが、たまらなく愉快だった。
教室でも、夜でも、遥は確実に形を失ってきている。
感情の端が溶けて、輪郭がにじんで、言葉ひとつ発すれば泣きそうになるのに、それでも必死で「何もないふり」をする。
まるで壊れた機械を、抱きしめて動かそうとしてるようで、
その様子をただ見ているだけでも、ぞくりと背筋を撫でられるような感覚になる。
「あいつ、いい顔したよな。こないだの夜」
「……壊れる寸前って、あんな目をするんだ」
小さく笑って呟いた。誰に聞かせるでもない。
指先が、自分の喉元に残っていた遥のかすかなひっかき傷をなぞる。
抵抗ではなかった。衝動だった。怒りですらなかった。
──あれは、罪悪感だった。
「ほんと、不器用なやつ」
「……で、そういうやつが一番面白いんだよな」
遥の中に、日下部がいる。
その事実が、なによりも滑稽だった。
誰かを“守りたい”なんて思うから、こんなふうに狂う。
触れたくて、でも触れたら壊してしまうって、勝手に思い込んで。
「ねぇ遥」
「おまえ、ほんとに日下部に抱いてほしいと思ってるの?」
「それとも、“俺以外なら”誰でもよかった?」
心の中で、そんな問いを投げかける。答えなんか要らない。
遥が“それを否定しないような顔”をするたびに、面白くて仕方がないから。
さて、次はどうしようか。
日下部は、そろそろ動き出す。遥の中の“求める感情”に、触れようとするだろう。
でも、そこでぶつかるはずだ。
遥が一番恐れているのは、「欲しい」と思う自分自身。
求めてしまった瞬間に、すべてが“加害”になるという歪んだ価値観。
「……なら、それを日下部に見せてやろうか」
わざと仕掛ける。遥の欲望を暴き立てるように。
“触れてほしい”と願ってしまった遥を、日下部がどう見るのか。
それだけで、また一人分の心が崩れる音が聞こえるかもしれない。
そして、どちらかが“壊れた”とき──
きっともう、元には戻らない。