テラーノベル
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クロノスが王だと名乗った時にガイスが感じたのは驚きではなく不快感。
王族と関わったせいでレッドリア国から追放されたガイスは、二度と王族とは関わりたくなかった。
ガイスの歪んだ視線が疑いの眼差しだと思ったクロノスは不敵に笑う。
「嘘だと思うなら外を見るがいい。兵を連れてきているからな」
ここまで自信満々で言うのだから疑う余地がない。紛れもなく、これはクロノスの強迫行為でもあった。
クロノスの鋭い赤の眼光に怯える事はない。だがガイスは、ちらりと部屋の隅の方へと視線を向ける。
ヒルとランナと、いつの間にかポーラも加わって楽しそうに何かを話している。ガイスは子供たちを、そして妻を守りたい一心で決意する。
「分かりました。お望み通りのお薬を処方します。エリーナ、いいね」
「……はい」
エリーナにはガイスの心が分かる。だからこそ辛くても本音を口に出せない。
ガイスは無言で白い紙の上でペンを走らせる。専門用語で埋め尽くされた処方箋は一般人が見ても解読できない。
書き上がった処方箋をエリーナが受け取る。その文書を見たエリーナは驚いた様子でガイスを見る。
「エリーナ、処方箋の通りに頼む」
「……分かりました」
エリーナはガラスの小瓶を用意して中に米粉を入れる。ヒルの手を握って生気の色を読み取ると、小瓶を握りしめて聖力を送り込む。
小瓶の中の白い米粉はヒルの生気の色に染まる。白と金色と黒が混ざった禍々しい色合いの魔法薬が出来上がった。
その日の夜。ランナとポーラが寝静まってから、ガイスとエリーナはリビングのテーブルで向かい合う。
エリーナはようやくヒルの処方箋についての疑問を口にした。
「あなたが書いた処方箋。あれって普通の風邪薬よね」
「あぁ。人格を殺す毒薬なんて君に調合させる訳にはいかないからね」
人格を殺す薬だと偽って、ただの風邪薬を調合してクロノスに手渡した。ヒルの生気に合わせた薬なので、飲めば他人格は少し具合が悪くなるが死には至らない。
クロノスが再び訪れてくる可能性は高いが、調合に失敗した、調合は不可能だと言い訳をするしかない。
国王の怒りを買えばジョルノ国でも国外追放を言い渡されるかもしれない。それでもガイスとエリーナは自分の信念と倫理、そして娘たちを守りたい。
しかしその後、クロノスが訪れて来る事はなかった。
ある日の診察室にて、顔馴染みの患者である初老の男性がガイスに予想外の情報を教えてきた。
「ガイス先生、ご存知ですか? 国王と王妃が病で急死されたそうですよ」
「……え? それは本当ですか?」
「えぇ。ここは辺境の田舎なので静かですが、王都では大変な騒ぎだそうですよ」
ガイスは強い胸騒ぎを感じる。国王と王妃が病で同時に崩御なんて事はありえるのだろうか。事件性を疑ってしまう。
先日のクロノスを見た限りでは顔色や生気に異常は感じなかった。まさか自分の死期を悟って息子に王位を継がせる準備をしていたのだろうか。
ヒルと呼ばれていた少年が王位を継ぐにしても、まだ6歳だし三重人格者。問題が多く現実的ではない。
それから、さらに数日が経った、ある日の事。
午後5時すぎに医者としての仕事を終えたガイスとエリーナは、一息つくと白衣を脱いで外出の準備をする。
エリーナは手提げのバッグの中に財布を入れて、すっかり薬師から主婦の顔に変わっている。
「帰りに買い物しましょう。今夜は娘たちが好きなハンバーグ作るわ」
「いいね、僕もハンバーグ好きだよ。エリーナが作ったハンバーグね」
「ふふ、ガイスったら可愛い」
ランナとポーラは今、近所の友達の家に遊びに行っている。ガイスとエリーナは今から徒歩で迎えに行くつもりだった。
玄関のドアを開けて外に出た途端に、二人は武装した何十人もの兵に取り囲まれた。
ガイスは咄嗟にエリーナの前に出て守りの体勢を取る。
「これは一体どういう事だ!?」
兵士たちが纏う白銀の甲冑の胸には、見覚えのある白い薔薇の紋章。ジョルノ国軍の象徴だった。
その兵士たちの間から、黒衣の少年が歩いて前に出てきた。黒髪に赤い瞳、少年とは思えないほどの冷たく鋭い眼光で二人の前に立つ。
髪の色も生気の質も違うが、あの少年の面影はある。ガイスは、目の前の少年がヒルの夜の人格だと瞬時に判断した。
「君は……ヒルくんの夜の人格なのか?」
「オレはヨルだ。ジョルノ国王、ヨル・ヴァクトだ」
その堂々とした立ち姿と口調は6歳の少年とは思えない。どうやら本当に王位に就いたらしい。
しかしこの状況。ヨルは薬師の夫婦に敵対心を持っている様子だった。ヨルの口調は淡々としたものから憎しみを込めた声に変わる。
「お前ら二人を処刑する」
「なんだと!? 僕たちが一体何をしたというんだ!?」
「オレを毒で殺そうとした」
ヨルは父の殺意に気付いていた。クロノスがヒル以外の人格を殺そうとして、ガイスとエリーナに毒薬を作らせた事にも。
実際にクロノスが受け取ったのは風邪薬で毒性はないが、ヨルにとっては大人たちに殺意を向けられた事実に変わりはない。
その憎しみの念からヨルの悪魔の魔力が覚醒した。ヨルは両親を呪い殺し、次に薬を調合したガイスとエリーナを殺しに来た。
「国王のオレが命じる。お前らは死刑だ」
人知れず王都へと連行されたガイスとエリーナがその後、どうなったのかは誰も知らない。
だが数日後。モーメントの街の役場に国からの正式な通達が届いた。
その内容は『ガイスとエリーナを罪人として連行、処刑した』という事後報告だった。
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