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まだ子供じゃないですか…
ひよりの言葉は、三反園の心を深くえぐった。
まだ年端もいかない青年を利用し、ハニートラップを仕掛けて情報を得るといった古典的なやり方は、ひとりの人間の尊厳を、国家権力が踏み躙る行為だと思うようになった。
それはひとえに、エイガのお陰でもある。
エイガは、16歳の頃から、公安の情報屋として雇われていた。
三反園自身は、今回の任務でエイガを外す決断をしていた。
これ以上、未来ある若者の人生を粗末に扱いたくは無かったのだ。
ひよりの声が、狭い車内に響いている。
「長官は間違っています」
三反園は既に、エイガの就職先を見付けていた。
フランス菓子の店で、妹共々住み込みで働く契約を交わしていた。
家賃もかからない。
光熱費も要らない。
パティシエになりたいと言っていたエイガの為に、最善の道を探した三反園なりの結論だった。
孤児として育ったエイガ兄妹には、人一倍幸せになって貰いたい。
その想いは真実だった。
三反園は、フロントガラスの先に見える、グランドハイアットエイジアの煌めく窓明りを眺めながら、
「わかっていますよ…彼には本日限りで降りてもらいます、ちょっと決断が遅過ぎますかね?」
「あたりまえです」
「すまないと思っていますよ…」
「だったら何故…」
ひよりはそれ以上、詰め寄るのをやめた。
この場で問答をしたとこで、何も解決はしないと思ったからだ。
車内の無線から流れて出る音は、
「あいあいさあ」
という、エイガの明るい言葉を最後に消えた。
それ以来、チョーカーに仕込まれた集音器からは何も聞こえては来なかった。
三反園は、エイガを叱りつけた日を思い返していた。
対象者とカンケイを保つ時間に、勝手にマイクの電源を切った理由を問い詰めた際、エイガは泣きながら言ったのだ。
「ゴメン、ミタさん…ゴメンなさい。でもボク、聞かれたくないんだもん、エッチの声、聞かれたくないんだもん…」
その言葉の裏にあるやり場ない愛情を、三反園は知る由もなかった。
ひとりの青年の、純粋な気持ちを利用してまで守ろうとするモノの価値を、三反園は見出せずにいた。