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同時刻、千葉県船橋市スナックかおる
特捜機動隊での仕事を終えた神代は、自宅からひと駅手前の、通い慣れた店のカウンターで酒を飲んでいた。
山盛りのクラッシュアイスに注がれた、芋焼酎・森以蔵は、還暦祝いに自分で買った高級品で、それにレモンを加えてちびりとやりながら、つまみのスティック野菜を時間をかけて食べる。
こういった至極穏やかな時間を、神代は大切にしていた。
神代は、通い慣れた店内を眺めながら、不思議な感覚に捉われている自分を笑った。
それは、再び公僕として働いているという意識が芽生えると、金や女への欲求も高まるからだ。
だからこうして、ママの露わになった二の腕を撫でながら酒を飲み、この先の展開に欲情している自分の若さにも驚き、酔い痴れた。
神代には、妻と娘がいた。
しかし、神代の女癖の悪さが元で、結婚生活はとうに破綻していた。
来年娘が大学を卒業するのを待って、神代は離婚するつもりでいた。
「40代の女は、人生でいちばん熟れ頃の果実みたいなものでね…」
という台詞は、神代の落し文句だった。
ママが神田に話しかけた。
「ねえ、なんで役員やめちゃったの? お給料もよかったんでしょう?」
「金よりも夢が大事じゃん。老け込むにゃあまだ早いしさ、仕事しながら恋だってしたいじゃん」
心にもない言葉を神代が言うと、
「もう!またそんなこと言って。大変なんでしょ? 今度の仕事も?」
「俺なんかさ、仕事に命かけるなんて馬鹿のやることだと思ってるからさ、今まで仕事が大変だなんて思ったことないよ。だってそうじゃん。人生楽しまなきゃ」
クラッシュアイスが涼しげな音色をたてる。
ママの腕を引寄せると、前のめりになった胸元にちいさなホクロが見えた。
神代は、それを見ながら、
「女だってそう。ママは今がいちばんの熟れ頃なんだからさ、綺麗だし色気あるし、百恵ちゃんみたいだよ。周りが放っとかないでしょ? 」
「百恵ちゃんって…」
「知らないの、ママ?」
「世代じゃないかなあ…あ、1本抑えとく?」
「うん、いちばん高いやつね。領収書もお願い」
「いいの?」
「情報収集活動費ってね。なんでも通る不思議な言葉。ママの為だもん」
「ありがと」
ママはそう言って、神代の手にキスをした。