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「やぁ、きらちゃん。帰りが遅いからお迎えに来ちゃったよ」
「……いや、迎えとか頼んでないし……あと、きらちゃん呼びはやめろ」
突拍子もないことを言い出す星咲に、つい半眼になって本音で返してしまう。
「ふぅーん。そこの【候補生】とは仲良く肩なんか組んじゃって? 『ちゃん呼び』OKなのに、ボクはダメなの?」
ちらりと甘宮恵に視線を流し、星咲は不満そうに続ける。
「君が初めての時に、きらちゃんって呼んだのはボクだよね?」
「……」
「あっ、それともキミはロリ――――」
コンとは断じて言わせない!
「何の用ですか、星咲さん」
トップアイドル星咲永留。
突然の彼女の訪問に、【アイドル候補生】の教室はお祭り騒ぎとなってしまった。当事者として巻き込まれた俺としてはウンザリな状況だ。
「ホッシー様……私より先にきらちゃんをきらちゃん呼びしてたんだ……」
甘宮恵が星咲に様付けしてるのを聞くと違和感をぬぐえないが、周囲の反応を見るからにそれは当然のようだ。
「ぼくのことを『星咲さん』とか、そんな他人行儀でどうしたの? いつもは『おまえ』とか言ってくれるよね?」
俺の質問には答えず、またもや星咲がすねるようにしてつっかかってくる。
『百合姫さまに!? おまえだなんて……』
『そんな悪辣な態度、許せませんわ』
『候補生が百合姫さまになんてことを!?』
『だけどホッシー様がそれを許容してるって事は……』
『もしや、それだけの仲ってことですか!?』
そんな彼女の台詞に再びどよめきだしたのは周囲の【アイドル候補生】たちだ。というか星咲は不満そうな言葉のわりに、口元がモニュモニュしている。つまり、この状況を楽しんで笑いを堪えているのだ。
思えばこいつはやけに強引なところがある。
いきなり転校してきたり、周りの空気などおかまいなしに俺に絡み、一緒に登下校し、あまつさえ俺の部屋にまで入って来た。
今までの奴の行動を鑑みるに、これは星咲が望んだシチュエーションや対応を俺がしない限り、話は先に進まないと確信する。
俺は一度溜息をつき、話題をそらすべくぼやくようにして呟いた。
「はぁ……おまえって【不死姫】じゃなかったのかよ。なんで【百合姫】とか呼ばれてんの」
「んふふ。よくぞ聞いてくれました」
星咲は笑みを深くして、俺の耳へとその薔薇色の唇を近付けてくる。どうやら耳打ちするつもりだと気付き、本音としては避けたかった。しかし、これ以上騒がれても困るので素直に聞いておく。
「前に魔法女子は性欲を発散すると魔法力が大量に消費されちゃうって言ったよね」
魔法少女は恋愛禁止ってやつな。
「でもね、それは魔法少女同士なら魔法力の消費量も半減するってわかったの。正確には【幸福因子】をたくさん所持している者同士なのだけど、その事実をボクが身を以って証明したのさ」
……。
「そして魔法少女のみなさんに教えた」
なんてもんをアイドルたちに広めてるんじゃ! このビッチめ!
上位陣、序列6位の派閥には受けが悪かった星咲だが、魔法少女界全体から見ると彼女の人気は明らかだ。それはアイドル内に性欲の発散法を広め、百合の始祖として尊敬を集めているからなのかもしれない……。
「ってことはなに、魔法少女アイドルって百合の巣窟なのか?」
「んー、全体の3割ぐらい?」
「……さいですか」
俺のゲンナリした表情に星咲は可笑しそうにクスクスしている。
「あれれ、きらちゃんはアイドルに純潔さを求めていたよね? 男子相手だったら100%純潔ばっかりだよ? 嬉しくないの? 女子同士でもたった3割、半分以上が純潔乙女そのものだよ?」
こいつとは互いの過去の共有をしている。だから、俺が過去にアイドルへ何を求め、信じていた内容を知っているからこその発言に何も言い返せない。
代わりに出てきたのは、『降参』の意を込めて話を先に進める言葉だ。
「はいはい、もう降参だから。で、お前は何の用でここに来たの」
「ちょこーっと君に紹介したい人がいてね?」
うん……?
紹介したい人だって?
「この人だよ、ほら」
星咲に紹介されて【アイドル候補生】の教室にしずしずと入って来たのは、切継愛だった。
これまた二人目の【姫階級】が【アイドル候補生】の教室に訪問した事で、周囲の少女達が色めき立つ。
『あれって最近【戦姫】に昇格した切継さんじゃない?』
『アイドル序列196位だったよね』
クールビューティーを気取った黒髪ロングの美少女、切継はぺこりと俺に向けてお辞儀をしてきたので、思わず後ずさってしまう。
「どうやら彼女、切継さんはキミを魔法女子にしてしまった事に罪悪感を覚えているらしくてね」
星咲の説明に切継は無言で頷いた。
俺は慌てて星咲を手繰り寄せ、小声で確認する。
「おい、まさか切継は俺が…………クラスメイトの鈴木吉良が、魔法女子の白星きらってことを知ってるのか?」
「それは君のプライベートだから、漏らしてないよ」
「じゃあ、どうして……」
「いいから、彼女と話してごらんよ」
いつまでもコソコソと本人を前にしてやり取りなどできない。
周囲の目もあったので、俺は観念して星咲を離す。
「あの、白星きらさん……あの時……『明けの明星ルシフェル』とのアンチ・ライブで、私の力量が及ばず……貴女が魔法女子になる選択をしなくちゃいけない事態を招いてしまって……ごめんなさい」
再び頭を深々と下げる切継に対し、俺はどう対応していいのかわからなかった。
「白星さんに、心からの謝罪を」
顔を上げない彼女に一切の小言がないといったら嘘になる。
お前ら二人がもっとしっかりしてれば、俺は魔法少女になる必要なんてなかった。だけど、こいつらだって必死になって戦っていたし……そもそもアンチが生まれる原因は彼女たちじゃない。
魔法少女たちはアンチが生まれないように、自分の命をかけて活動し続けていると知った以上、俺は責められる立場ですらない。
今まで彼女らの戦いを知らず、ただただ平和を貪り食っていた輩なのだから。
それなのに、切継愛は……。
高校の教室ではほぼ無口、常に周囲に淡々とした対応ばかりしていた彼女が誠心誠意、俺に謝罪をしている姿を見て責められるはずもない。
「切継さん、頭を上げてください」
静かに俺に向き直る切継。
凛とした佇まいは、さすが上位序列なだけあって高潔さを感じさせてくる。
俺もそんな彼女に倣って、背筋を伸ばして切継を見つめる。
「貴女のせいじゃありません。気にしないでください」
「そうだよ、きらちゃんが魔法少女になったのは運命なんだからね」
合いの手を入れてくる星咲にムッとなったが、ここは切継のためにも黙っておく。
「そ、そう……こんな過酷な役割を背負わされたというのに……前向きに堂々としているなんて……さすが師弟だから似ているのね」
師弟……切継の中では俺と星咲が師弟関係であるような口ぶりだ。
異義を唱えようか迷ったけれど、俺が口を開くよりも早く切継がとある提案を出してきた。
「この後、一緒してもいいかしら?」
若干の頬を染めて俺にそんな事を言う切継に、一つの疑念が浮かぶ。
おまえは3割の方じゃないよな?
◇
もちろん【姫階級】が底辺【魔法級】持ちの【アイドル候補生】に頭を下げたことや、そのままデートに誘って拉致したという噂が、魔法少女界で大きな話題となった。
そんなひどい事態になっていると俺が知るのは、もう少し後のことになる。