薄紅に染まる地平線が、天空にいる星々を急かすように夕闇の色を纏い始める。
暮れなずむ夕空を見上げながら、俺は本音をぽつりと胸中でこぼす。
……気まずいな……。
【シード機関】から自宅への帰り道。
なぜか無言で俺の後をついてくる星咲と切継。
いつも明るく元気な星咲も今日は切継に遠慮してるのか、その顔はニコニコしながらも何故か自ら喋ろうとはしない。
『ご一緒してもいいかしら?』と、切継に問われたものの俺は星咲と何かする予定はまるでなかった。
なので普通に帰るだけだし、遠慮しますと断った所……『それなら家まで送る』と言い出したのだ。
再び断って、【アイドル候補生】の教室内で押し問答みたいなことになるのは面倒だったので、送るぐらいならと了承した。
そして現状に至る。
背後から二人の視線を浴びているような感覚に、なんとも言えないストレスが蓄積してゆく。
そもそも自ら一緒にいたいと言い出したのだから、少しぐらいは間を持たせる配慮なりすればいいのに。そう切継に愚痴りたくなる。
正直に言うと俺はこいつが苦手だった。魔法少女アイドルの実態を知るまでは嫌いだったと明言できるほどに。
というのも切継愛という人物は常日頃から何を考えているのかわからない奴だからだ。まずはクラスメイトへの対応はひどく塩だ。最低限の受け答えはするものの、『そうね』とか『ああ』とか『うん』とか『わからないわ』ぐらい。
嫌味ったらしいわけではないので悪感情がクラスの奴らに芽生えることはなかった。むしろそういった淡白で、何事にも興味のなさそうな態度が彼女の立場を高嶺の花へと昇華させた。
女子いわく、男子にこびない自然体派正当アイドル。
凛々しくかっこいいとか。
男子いわく、塩対応加減が絶妙で踏まれたい。
いつかは振り向かせてみたい深窓の令嬢なイメージとか。
登校すれば片目を眼帯で隠し、こんな痛い奴のどこがそんなにいいのか理解不能だった。それは今も変わらず、無言で背後霊のようについてくる彼女に辟易しそうになる。
さらにもう一点、テンションが下がる原因があった。
それは、道行く通行人がチラリチラリと俺や星咲、切継を見てくることだ。
帰り道はなるべく人通りの少ない道を選んでいるつもりだ。
それでも現状は、
『ホッシーじゃん……やばい、めっちゃ可愛い』
『実物やべぇ……』
『あれって切継愛だよな? 独眼竜の』
『どちゃくそ綺麗じゃん』
『先頭を歩く子も将来有望すぎないか?』
『くそかわ』
この二人のせいで視線が集中するのなんのって。
何度か星咲や切継がサインや写真を頼まれたおかげで、足を止めるはめになった。彼女達はアイドルであるため、自分の写真を有料で買ってくれるファンがいる。そのため、写真はやんわりと断るけれど納得いかない、熱意をぶつけてくる者もしばしば……。
あ、また頼まれてる。
俺は溜息をつき、彼女たちを放置してスタスタと先に進むことにした。
というのも目の前にコンビニがあったからだ。
ちょうど小腹も空いたことだし、肉まんでも買うかな。
そう思い至ってコンビニで肉まんを二個購入し、外に出る頃には二人のファンサービスも終わったところだった。
「終わった?」
「うん~。きらちゃん、何度も待たせちゃってごめんね?」
星咲が謝ってくるが、きらちゃん呼びをしている時点で謝ってないな。
「別に。肉まん買ってたし」
「うんうん。アイドルは死なない! けれどお腹は減る! ボクも減ったから一口頂戴っ」
「嫌だから」
「えぇぇー」
「お前さ、こんな俺……わたしみたいなちびっこから肉まんをせびるとか、情けないと思わないのか?」
「ボクはきらちゃんの師匠だからね! 師匠のものは師匠の! 弟子のものは師匠のもの!」
「どこのジョイアン論理だよ。二つとも俺ん、私のだから」
「切継さんも欲しいよね?」
そこで空気のような存在、切継に話題をふる星咲。
あのクールビューティー塩対応の切継さまが、肉まんなんぞに興味を抱くはずがない。そう思って彼女に視線を向ければ。
エサを待つ子犬のように目をきらっきらと輝かせ、俺の手にある肉まんを凝視している。
「え……?」
いやいや、あの塩神様である切継に限ってこんな反応はありえない。幻を見ている可能性がある。そう思い直した俺は試しに肉まんを右にゆっくりと動かす。
すると切継の顔が肉まん方向に動き、身体までもが揺れる。続いて左へ動かせば、これまた顔と体が肉まんの動きを追っている。
「……肉まん、欲しいの?」
最終確認をしてみると――――
「きゅるるるるるぅぅぅ」
切継は口で返事をする代わりに、可愛げのあるお腹の大音声を鳴らした。
えぇぇ。
驚愕する俺に、切継はゾンビのような足取りでひたひたと近づいてくる。甘い蜜に釣られた蜂のごとく、一心不乱に俺が持つ肉まんを見つめ続けている。
「いやいや、自分で買ってこいよ」
「お金ない」
即答かよ。
というか【姫階級】のアイドルなんだから、けっこうな額を稼いでるだろ?
今はお金を持ってないのかもしれないが、ラインポイとか、パイパイとか、クレカの一枚ぐらいは所持してるでしょ?
「金銭関係は全部、妹が管理しているのよ」
そうですか。
でも妹に管理されるとか、どんだけお金にだらしないんだ?
そして近いですよ、切継さん。
「……お腹が減ったわ……」
じーっと、じーっと表情皆無で俺の肉まんに注目し続ける切継。
それでも俺は譲らない。
「家に帰るまで、もつ、かしら……く、苦しいわ……はぁはぁ」
えぇぇ。
棒台詞にくっそ下手な演技だな。終始、表情筋がピクリともしないし。
「あぁ、わたしは……ここ、で……餓死する運命、なのね……」
えぇぇぇ。
肉まん欲しさにそこまでするのかよ。しかも一応、今の俺の容姿って女子小学生だぞ!?
「うぅ、だ、れか……にく、まんを……めぐん……」
「だぁあぁああ、一つあげるから!」
「あっ、切継さんだけずるーい。ボクにもちょうだいよ」
「お前は仮にも先輩風吹かせてるなら、おごるべきだろ!?」
なんて呆れ果てるやり取りをしつつ、俺の肉まんは一つ失われた。その結果、切継の顔にこの世の幸せを全て堪能したような笑顔が浮かぶ。
口元に食べかすをつける眼帯黒髪美少女って、なんか、こう、シュールだな。
珍しい絵図を見れたと自分に言い聞かせ、俺もパクパクと肉まんを食べてしまう。隣で星咲がひっきりなしに『食べ歩きはお行儀わるーい』とか『摘まんで食べると口に着かないよ?』とか『摘まんだ一粒、ボクにくださいな』としつこく言い寄って来るのは全無視した。
「一食の恩義は世界を救うのよ」
そして従者のごとく俺にひっそりとくっついてくる切継は何?
そんな食いしん坊キャラだったのか? キャラ崩壊してないか?
子犬のように懐いてくる彼女は、クラス内の静かな姿とはかけ離れている。
「一食の恩を返したいわ。うちで夕飯でも食べていかないかしら?」
肉まんを完食し終えた切継が威風堂々、俺を自宅に招くと言い出した。
いくら何でも肉まん一つで懐きすぎだろ。どんだけチョロインだよ、と内心でつっこみまくる。
それと、目の前にはもう俺の家があるのだ。
「いや、お……私の家はすぐそこなので……」
「それなら私もきらちゃんのお家にお邪魔したいわ」
「はい?」
こいつは何を言ってるんだ?
しかもさりげなく俺への呼び名が、白星さんから『きらちゃん』に変わってるし。
「えっ、じゃあボクもお邪魔しよっかなー」
ええい! 星咲まで便乗するんじゃない!
「いや、もう夕飯時ですし。そういうのは遠慮してくださいよ」
「お夕飯なのね……きらちゃん家のお夕飯……」
またもや切継の目が眩しいぐらいに輝き始める。
そして数瞬後、よたよた無表情のゾンビモードに激変。
「私、きらちゃん家のお夕飯……食べないと、死んじゃう」
……。
…………。
俺は素直に切継家にお邪魔することにした。
だって、家には夢来と母さんがいる。突然、あんな二人を招いたらビックリしてしまう。
いったんはコンビニへと戻り、俺はトイレの中に籠って『銀白昼夢』を解除し、母親に優一の家で飯をもらうから遅くなるとスマホで電話を入れておく。
そしてもう一度『銀白昼夢』を使って、銀髪幼女になって切継たちの前に出る。
はぁー……。
なんで、クラスメイトのアイドル宅にお邪魔するはめになってるんだろ……。
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