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「事故、だと?」
シンたちが、ミサイルもどきの『発射基地』を
破壊してから3日後―――
某所に於いて、豪華な調度品が並べられた部屋、
その中央の長テーブルに、中世の貴族、もしくは
軍人らしき衣装を身にまとった数名が座り……
周囲で立ったままの従者らしき男たちから、
報告を受けていた。
「は、はい!
打ち上げ実験後、念のために職員たちは
引き上げさせておりましたので、死傷者は
出ませんでしたが」
それを聞いて、テーブルに座っている一人が
口を開く。
「確か、他領との境界近くに作った、
極秘実験施設の一つだったな。
第三者に発見されたか?」
「あ、あり得ません!
あそこは周囲を特殊な魔法で隠蔽しております。
存在を知らない者なら、森の中を迷うだけです!
それこそ―――
空でも飛んで上から見渡さない限り……!」
従者の必死の言い訳を、また別の一人が
テーブルをトントン、と指で叩きながら、
「私の下には―――
あの『誘導飛翔体』の打ち上げに成功した、
との報告が来ているが?」
従者が物理的に押されたかのように後ずさる。
そして意を決したように、
「う、打ち上げには成功しました!
その後、制御装置が故障したのか方向転換し、
施設まで飛行後、墜落したものと」
その言葉の後、周囲が静まり返り―――
10秒ほど経過した後、テーブル側から沈黙が
破られる。
「打ち上げ計画では―――
ウィンベル王国へ向けて飛行させる、
とだけあった。
その程度の制御すら出来なかったと?
しかも打ち上げ場所に戻ってきた?
言い訳にしては……
命の値段が少し安過ぎやしないかね」
従者らしき男たちの肩が、同時にビクっと揺れ、
しかし次の声は聞こえず……
「まあまあ、そう意地悪をしてやるな。
彼らも最高機密の研究開発の重圧に耐えて
おるのだ。
結果を求められ、失態を何とか取り繕うと
するのは仕方あるまい」
テーブル側からの擁護に、従者たちの間に
安堵のため息が漏れる。
「我々が求めているのは正確な情報だ。
余計な虚飾はいらん。
事故原因がわかるまで全ての実験を停止せよ。
すぐに調査に取り掛かれ」
「は、ハハッ!!」
誰からともなく、先を競うようにして
立っていた男たちは去っていった。
そしてテーブルに残った方は―――
「はー……
まったく……
単に打ち上げを失敗しただけであろう。
無能はろくな言い訳も考えつかないのだな」
「今までとは一線を画す魔導兵器の開発だ。
そうすんなりとはいかんさ。
『兵器化装置』を施したヒュドラも、この前
倒されたという話だ。
何も『誘導飛翔体』に限った話ではない」
クイ、と彼はカップに口を付け、それを静かに
テーブルに置く。
「ヒュドラの死体まで回収されたのは痛かったな」
「見つかったところで意味はわかるまいが……
そういう意味では―――
『誘導飛翔体』は発射基地で爆発して
良かったのかも知れん」
「敵の手に渡るよりは、か」
誰からともなく、自嘲気味の苦笑が漏れ、
それは伝染していった。
「もしかしたら―――
『万能冒険者』の仕業かもな」
ふと、一人が発した言葉に他の全員が注目する。
「何だ、それは?」
「くだらん噂だ」
言い出した彼は会話を切り上げようとしたが、
「いや、聞かせてくれ。
このままでは、言い訳だけ聞かされるため、
集まったようなものだ。
どんな噂話でも、先ほどまでの無意味な
時間より、有意義になるだろう」
その求めに、求められた方は大きく息を吐き、
「……ウィンベル王国に、ここ1年の間に
現れた冒険者の噂だ。
魚の加工や卵を使った調味料を作り、
その一方で、トイレや浴場施設の改良を
行ったと」
「そういえば、新しい料理や各種設備が
急激に改善されたという話は聞いた事がある。
それが冒険者によって、だと?
何の冗談だ?」
男は構わず話を続け―――
「その冒険者は、素手でジャイアント・ボーアを
倒し……
マウンテン・ベアー、ジャイアント・バイパー、
ワイバーンの撃墜までやってのけ、
さらにドラゴンが女に化け、求婚に来るほどの
強さだという」
その後、10秒ほどの沈黙が続き……
「荒唐無稽とはこの事だな」
「他には無いのか?
それとももう終わり?」
からかうような言葉に触発されたのか、
さらに続けられ、
「その冒険者は孤児院を経営しているとか。
人間の子供の他、ドラゴンとの間に出来た
子供や、魔狼、ゴーレム、亜人まで
面倒を見ているとの事」
「まるで神のごとき寛容さだな」
「こちらの神とは相容れないが―――」
押し殺すような、嘲笑するような声が各所から
聞こえ、これ以上話す事はないというように
沈黙が訪れた。
「―――いや、なかなか興味深い話だった。
ホラ話にしても、こうまでのホラはそうは
聞けまい。
そんな冒険者がいたら―――
そして、今までの『事故』が全てそいつの
仕業だとしたら、どうしようも無いだろう。
おかげで、無能な報告ばかりに沈んでいた
心が軽くなったよ。
この心持ちのまま、今回の会議は終わりと
しようか」
それが号令であるかのように、テーブルの
男たちは立ち上がり―――
「新生『アノーミア』連邦のために」
「「「新生『アノーミア』連邦のために!」」」
その言葉を最後に、全員がイスに座り直す事なく、
思い思いの足で退室していった。
「新生『アノーミア』連邦―――
ですか?」
「おう。十中八九、それの仕業だろう」
時期を同じくして冒険者ギルド本部長、
ライオット・ウィンベルが町を訪れていた。
ギルド支部の支部長室で、部屋の主である
ジャンドゥ、レイド、ミリア、そして
シンと―――
情報共有のためである。
「それだけの魔導兵器を開発出来るのは、
そこくらいしかない、か」
「見た目だけでも、どれだけの魔導具を使って
いるのか、わかりませんでしたからね」
ジャンさんとミリアさんが、率直に自分の
感想を語る。
先日のミサイルもどきの事だ。
「やっぱり、高価なものだったんでしょうか」
「お前さんの言う、『みさいる』とやらの
相場はわからんが―――
金貨にして1本、10万枚くらいは使って
いたんじゃないかムグムグ」
私の質問に対するライさんの答えに、室内の
若い男女は目を丸くする。
金貨1枚がだいたい日本円で2万円とすれば、
あの1本で20億円というわけだ。
アノーミア連邦とやらの物価や経済規模は
わからないが、その規模の新兵器開発を
出来るという事は、この世界でもかなりの
強国と思って間違いないだろう。
「失敗したッスかねえ……
ジャンドゥ支部長がいれば、もっといい手を
考えついたかも知れないッスけど」
レイド君が下を向いて、あの時の判断―――
安全を最優先して処分をこちらに任せた事を
悔いる。
確かに……
王都・フォルロワまであのミサイルもどきを
持っていければ、詳しい分析が出来たかも
知れないが。
「それに関しちゃ結果的にだが―――
レイドはいい仕事をしてくれたよ」
「そうなんですか?」
本部長の言葉を、思わずミリアさんが聞き返す。
「ウチの国にも強硬派っつーか、血気盛んな
考え無しのバカはいるからな。
もし持ち込まれでもしたら―――
そういう連中が勢い付いたかも知れんモグモグ」
「そのアノーミア連邦とウィンベル王国は、
敵対していたんですか?」
根本的な事を知らないので、非常識かも知れないが
つい質問が口から出る。
するとジャンさんが両肘をテーブルの上に
乗せながら、
「敵対っつーか……
そもそも新生『アノーミア』連邦ってのは、
もともとマルズ帝国という国家が前身なんだ。
周辺国家を次々と戦争で下し、配下に
収めてきたんだが―――
拡大路線がたたったのか、20年ほど前に
支配下の国の自治独立を認めて、連邦国家と
なった。
だがまあ、帝国時代を知る者に取っちゃ、
未だに警戒対象ってワケだ」
なるほど……
覇権国家という事か。
それなら、敵対も何も関係無い。
まして周辺諸国を支配下に置いてきた歴史が
あるのなら、警戒されて当然だろう。
「そんでもって、連邦方面から空飛ぶ魔導兵器が
王都へ向かって飛んできた。
もしその兵器を王国に持ち帰ったら―――
下手すりゃ連邦に口実を与える事に……」
「それだけじゃない。
その魔導兵器は、打ち上げ基地らしきところへ
持って行って『処分』したんだろ?
今頃あちらさんは事故として処理している
はずだぜ。
ウィンベル王国の存在の影すら気付かずにな」
本部長と支部長が冷静に分析し―――
今回の判断と結果はベストだったと暗に告げる。
「そ、そうッスか。
でもこれはシンさんがいてくれたおかげで……」
「処分を決断し、依頼したのはレイド君ですよ。
いい判断でした。
それであの、別にお話は食べ終えてからでも」
私が本部長へ視線を向けると、彼は持っていた
ドンブリをテーブルの上に置いて、
「いいじゃねーか。
食いながらでも話は出来るだろ。
このウナ丼ってのはホントうめぇな!」
さすがにこの手の話は、宿屋『クラン』とかで
出来る話ではないので……
料理を持ってきてもらっていたのである。
「でも、これでお話は終わったんですし、
食事は『クラン』に行った方が、いろいろ
楽しめますよ?」
「いや、まだあるんだ。
これはシンに対してだが」
私に? と疑問を持つ自分の前で、ライさんは
ドンブリの横に『それ』を置いた。
地球でいうところのスチームパンクというか、
金属製の歯車や管が付いた、ゴテゴテした物が
鈍い光を放つ。
「何スか? コレ」
「魔導具、ですか?」
レイド君とミリアさんも、その知識の中では
そうとしか言えないだろう。
ランプ部分を外した高級な外灯の魔導具、
と言われたら私も信じるだろうし。
「魔導具には違いないだろうが―――
ヒュドラの中にあった物だ。
もちろん、コイツは内臓でも何でもない。
人工物だ」
コンコン、と指の背中で叩きながら
ジャンさんが説明する。
「そこで、シンに質問したい。
シンのいた世界で―――
生き物を兵器として利用する事はあったか?」
本部長の言葉に、私はただうなずく。
「古くから、巨大な生き物を運搬用とか、
乗り物として使用した歴史はあります」
「馬車みたいな物か」
そこでライさんは黙り込む。
恐らく、聞きたい事を避けて。
『戦闘に使用していたか?』
一番聞きたい質問はこれだろう。
だが、こちらから下手に知識を与えてしまえば、
彼は国家として、その重鎮として―――
それを利用しなければならなくなる。
こちらもしばし考えてから口を開き、
「昔は巨大な動物の背に乗って、突進したり、
その動物だけを突っ込ませたりした記録は
あります。
ですが、制御するのが非常に難しく……
現代ではせいぜい、知能の高い魔狼のような
中型の生物に、人間のサポートをさせる程度の
ものです」
「まあそうッスよねえ。
生き物なんスから」
「使いこなせればいいんでしょうけど……
知能が無ければそもそも言う事を聞かない
でしょう」
レイド君・ミリアさんも私の説明に同調する。
ふむ、とジャンさんがアゴをひと撫でし、
「確かにアレは、操られているようには
見えなかった。
じゃあコイツは何だ?
って話になるんだが……」
そして質問は『ソレ』を出した本人に戻り、
「それで、シン。
操るための物ではないとしたら―――
目的は何だと思う?」
私は両腕を組んで考え込み、
「もしかしたら、ですけど」
その言葉に、室内の4人が注目し、
思わず身を引く。
「ヒュドラって、危険度が低かったですよね?
水中か水辺でしか動けず、陸上移動は無いと。
敵地で、それも限定的な範囲に投入するので
あれば―――
使い道はあるかと思います」
「ふむ?」
続きを本部長に促され、説明を継続する。
「ヒュドラなら暴れても、その範囲は制限出来て
いるわけで―――
後は、敵地で勝手に暴れてもらえば……
使い捨てと考えれば、リスクの少ない
戦法です」
ゴクリ、と若い男女が喉を鳴らす。
「そうだな。
相手に被害を出すだけなら、何も細かく
制御する必要は無いわけだ」
「魔導爆弾と同じか。
放り込んだ後は、野となれ山となれ、と」
今度はアラフィフの2人が、大きく息を吐いて
ソファに座り直した。
「でもそれなら―――
コレは何のためにヒュドラの中に
あったッスか?」
「目的地に運ぶまで、眠らせるためとか?」
レイド君とミリアさんの疑問に、本部長・
支部長の視線が私へ向く。
「暴れさせるためだとしたら―――
一定時間毎に、苦痛、もしくは不快な刺激を
与えるようになっているとか」
ライさんは深くうなずいて、
「その意見、研究機関に伝えておくよ。
ひとまず緊急の案件は終わりだ」
そう言って彼はテーブルの上に置いた
魔導具らしき物を、フトコロへしまった。
ようやく話が一段落したようで、同室の
人間にも安堵の表情が伺える。
「急に呼び出して悪かったな、シン」
支部長がくだけた感じで、いつもの空気に戻り、
「いえ、もともとジャンさんが帰って来たら、
いろいろと情報を共有するつもりでしたし。
ていうか本部長、他に関係者の方は
来ていないんですか?」
いくら支部長と一緒に帰ってきたとはいえ―――
本当の身分を考えれば、お供がいないという事は
無いと思うのだけれど。
「一応、サシャとジェレミエルが同行している。
王都ギルドの受付の職員だ」
「ああ―――
確かラッチの事をずいぶんと可愛がってくれた
記憶が。
そのお二人は今どこに?」
すると彼は立ち上がって、両手で自分の
腰をつかみ、
「多分その、ドラゴンの子供がいる所だと思う。
そろそろ回収に行った方がいいかもな」
そこでレイド君とミリアさんがいったん
顔を見合わせ、
「回収ッスか?」
「そんな言い方しなくても……
普通に戻ってくるんじゃないですか?」
若い男女の反応に、ライさんはふぅ、と
一息ついて、
「まあ、見りゃわかると思う」
そこでギルド支部に責任者のジャンさんと
ライさんを残し―――
残りの3人で孤児院へ見に行く事にした。
「あっ、シンさん。こんにちは」
「あれ? バン君?」
増築が終わり、立派な3階建てとなった
孤児院の前で―――
バン君が一人やってきて出迎える。
「珍しくバン玉になってないッスね」
「女の子たちはどうしたの?」
一緒に来た若い男女もそれが気になったようで、
まずそれについて質問する。
「あの、ヘンな人たちが来たので。
悪い人では無いと思うんですけど……
子供たちはその人から逃げているというか、
困っているというか」
相変わらず中性的な顔で、肩まである髪を
揺らしながら、当人も困った感じで説明する。
「王都本部のギルド職員が来たそうですけど」
「女性の方が2名ですよね?
それなら間違いないと思うんですが……
と、とにかく中へどうぞ」
彼の案内で、ひとまず我々は孤児院の中へ
入る事にした。
そして入ってすぐの廊下で……
「うふぉおおおああ子供の高い体温♪
さらにモフモフ♪
あぁあ可愛い尊いぃい……♪」
そこには、小さな子供を3名、そして魔狼の子供を
抱きしめて、床に座り込んでいる女性がいた。
金髪で、だらしなく表情を緩めた顔は幼く見え、
その髪は床についてもなお余るほどの長さで―――
「ラッチちゃんも最高でしたけど、
この小っちゃいゴーレムもまた♪
半人半蛇の子もお人形みたいでいいわぁ♪
ねーねーキミ、王都に興味ない?」
数メートル先にも、同じように廊下に何かを
抱きしめながら横たわる女性もおり……
パック夫妻の小さなゴーレムと、ラミア族の子を
2人ほど抱いているようだ。
こちらは眼鏡に黒髪のミドルショートの女性。
王都のギルド本部の受付で、2人とも見た
記憶がある。
その2名が、子供たちをベタベタに抱きしめて
猫可愛がりしているが、その子たちには若干の
疲労の色が見えていて―――
私はレイド君とミリアさん、バン君の方へ
振り返ると、
「取り敢えず引き離しましょう」
「了解ッス!」
こうして我々は、子供たちを2人から
『救出』する事にした。
「本部の者が迷惑かけてすまなかった。
予想はしていたんだが……」
ギルド支部の応接室で、床に正座するサシャさんと
ジェレミエルさんを前に、ライオットさんが深々と
頭を下げる。
「そうですよ!
何考えているんですか!」
「あんな美味しそうな子羊たちを狼に
差し出すなんて!!」
人はそれを開き直りと呼ぶ。
孤児院にラッチがいなくて良かった……
「そういえばシンさん。
ラッチちゃんの姿が見えなかったんですが」
「そうです!
せっかくこの町まで来て、ラッチちゃんを
愛でずに帰る事は出来ません!!」
ぶれないなあこの人ら―――
と思いつつ、事情を説明する。
「ラッチは今、アルテリーゼが動けないので、
孤児院には預けていなかったんです。
今、彼女はワイバーンの子供の世話を
しているので……」
「は?」
「あん?」
そこで本部長と支部長が同時に聞き返してきた。
「す、すいません。
来たらすぐ説明しようと思って
いたんですが―――」
あの『ミサイル』もどきの騒動の際、
複数のワイバーンがそれに追いかけられる
ようにして、逃げていたのだが、
彼らの目には、その脅威を捕まえ、遠くに
処分してきたアルテリーゼが『命の恩人』と
映ったらしく……
しばらく周囲をうろうろとしていたのを、
放置するわけにも、また討伐する気にもならず、
ラミア族が私の屋敷から増設された孤児院に
移り始めたのもあって、屋敷で面倒を見る事に
したのである。
「子供って―――
大きさはどれくらいだ?」
「シッポを入れても、ええと……
このテーブルより少し小さいくらいで
しょうか」
応接室の長テーブルはだいたい2メートルほど。
屋敷にいるワイバーンはだいたい1メートル半
くらいだ。
前のワイバーンが同じようにシッポを入れて、
だいたい3メートルくらいだったから―――
その半分と見ればいいだろう。
「へぇえ……
ワイバーンの子供まで……」
「それはさぞかし可愛いでしょうねえ……」
正座したままヨダレを垂らすサシャさんと
ジェレミエルさんを見て、ホントこの人ら
ブレないなあと思いつつ―――
「しかし大丈夫なのか?
ドラゴンはともかくとして、人間は」
ライさんが当然の疑問を口にする。
「俺も見てきましたけど、可愛いもんッス。
孤児院の子供たちも平気でしたし」
「アルテリーゼさんの話では、多分自分の匂いを
安全なものとして認識して―――
また彼女が関わったり、警戒しない人間なら
仲間と思うのでは、という事です」
支部の若い男女の言葉に、彼女たちは
立ち上がって、
「それではさっそく!」
「ラッチちゃんの元へ!!」
そこで両端から支部長と本部長が
同時に2人の頭をそれぞれ叩き、
「明日にしとけ。
それより、冒険者ギルドとしての話が
あっただろうが」
「遊びに来たんじゃねーんだぞ。
俺の話はもう済んだから、お前たちも仕事しろ」
こうしてまた、いくつかの話を伺い―――
その後、『クラン』に配達を頼んでから
私は自宅の屋敷へと戻った。
「へー、
『公都』になるって正式に決まったんだ」
「でも、どうして冒険者ギルドがそんな話を
するのじゃ?」
「ピュウ?」
屋敷に戻った私は、夕食がてら家族に今日の
出来事を話していた。
「町の発展は冒険者ギルドによるところが
大きいから、って事らしい。
もちろん町長代理にも話は行っていると
思うけど、まあスジを通しておくって
感じかな」
ドーン伯爵の意向や、暗に協力を頼むという
意味もあるのだろう。
「本格的な話や詳しい事はまた後日って
話だったけど……
それより、明日ギルド本部の職員2人が、
ラッチとワイバーンの子供に会いにくるって
言ってたけど大丈夫?」
夕食は、1階の大浴場で取っていた。
ワイバーンの子供たちも一緒である。
実質、アルテリーゼに懐いて離れないのと、
この大浴場くらいしか、複数のワイバーンの
子供たちが入れるスペースが無かったからだ。
「キュウゥウ」
「クゥーン」
アルテリーゼは人間の姿に戻っていたが、
その足元や背中にはおぶさるように、
ワイバーンたちが甘えていた。
「おお、あの2人か。
それは大丈夫だが―――
まさか我が子を食われそうになった我が、
ワイバーンの子たちの世話をするように
なるとはのう」
「ラッチもワイバーンたちに懐いているよね。
やっぱり似ているから?」
メルの方にも、膝の上に身を任せるようにして
ワイバーンが1匹身を摺り寄せており、
彼女の顔を下から見上げるように上向く。
「そもそも、飛ぶ事が出来る種族自体
少ないからなあ。
彼らの事を、兄か姉と思っているのかも」
ラッチはアルテリーゼの膝の上にいたが、
まとわりつくワイバーンのシッポや翼に
じゃれていた。
「だけどなあ……」
「あまり仲良くなっても……」
「うむ……
それは我もわかっておるのだが」
実は、ワイバーンたちを迎えるにあたって、
メルとアルテリーゼと私で『ある事』を
約束しており……
「ピュ?」
誰ともなくラッチに視線を向けていたが、
気付かれると同時に、私と妻たちは視線を
そらした。
「うひょおぉおおお!!
ワイバーンの子ってこんなに小さいんだ!?
たまんねぇええ!!」
「お、大きな声を出さないで!
驚いちゃうでしょ!」
翌日、昨日の言葉通りに私の屋敷に来た
サシャさんとジェレミエルさんは―――
5匹のワイバーンの子供&ラッチを前に
興奮を隠せないでいた。
「ラッチもいるんだし、ちょっと落ち着いて」
「怖がらせたりしたらさすがに知らぬぞ。
ゆっくり、優しくな。
しかしおぬしら、そんな性格であったか?」
メルとアルテリーゼの監視の下、2人は
おそるおそるワイバーンに触れ―――
そして段々と撫でたりハグしたりして、
全身全霊で味わっていた。
「ラッチちゃんに出会い―――
可愛い生き物を愛でるという事を知って
しまったら……」
「もう元には戻れませんよ。
ああ、禁断症状が……!」
30分もすると満足したのか、ようやく
ワイバーンたちを解放したが―――
「たまらんですばい……
ああもう、王都本部からこの町に所属を
変更しようかしら」
「魅力的な提案ね……
そうすれば、毎日いろんなコたちを
抱き放題……」
言い方! とツッコミを入れたいところだが、
ペットという概念がそもそもあるかどうか
わからない世界で―――
これだけいろいろな種族の子供と触れ合えるのは、
可愛いもの好きな人間に取っては、何物にも
代え難いだろう。
「では、今日のところはお開きという事で……」
私が2人に話しかけると、
「あ、そうです。
本部長からシンさんに伝言が」
「? 何でしょうか?」
「『公都』になれば、当然この町にも名前が
付く事になるんですが―――
シンさんの方でも何かあれば考えて欲しい、
との事です」
名前かー。
自分にはネーミングセンスというか、そもそも
センスそのものの自信が無いんだよなあ。
こうして私と家族は―――
サシャさんとジェレミエルさんを見送った。
それから数日の間―――
冒険者ギルド支部で、町に滞在していた本部長と
女性職員2名を交えて、主要メンバーと一緒に
より深く情報共有が行われた。
『公都』の発表は一大イベントとして大々的に
やる事、
同時に、ドーン伯爵の子息であるクロート様と
レオニード侯爵家のフラン様の結婚、
同じくファム様と、王家のナイアータ殿下の
結婚も行うとの事だった。
「めでたい事ですからいいのですが……
一気にまとめてやるものなんですかのう?」
同席していた町長代理が、メモを取りつつ
質問する。
「まあ予算の関係もあるだろうな。
同時にやった方がいろいろと抑えられる」
ライさんの回答に、リアルな事情だなあ……
とも思うが、結婚なんてそれこそリアルの権化とも
いうべきイベントだからなあ。
貴族様だから、多少の違いはあるだろうけど。
「何つーか、世知辛いッスねー」
「予算関係で頭を悩ませるのは、
どこも一緒ですか」
同室の若い男女もうなずくが、
「結婚っていやあ、お前らもそろそろ……」
ジャンさんがそちらへ話を向けると、
「え? いやーそのー」
「結婚なんて、勢いでやるものだと思って
いたッスから」
何で私の方をチラチラと見るんですかね?
「あ! そ、そうッス!
そういえばリープラス派の件は
どうなったッスか?」
レイド君が必死に話を変えようと別の話題を振る。
確かにそれも気になるところではあったけど。
「王国の創世神正教、およびリープラス派に
王族命令で聞き取りがあったようですが……」
「ズヌクという司祭は、そもそも我が国の
者ではなく―――
また王国内ではどの宗派も子供に対して
断食させる教えは無い、との回答でした」
サシャさんとジェレミエルさんが交互に語る。
「恐らく、新生『アノーミア』連邦のどこかの
国だろうが、一応リープラス派があると
思われる国々に『問い合わせ』を出している。
今のところはそれくらい……」
と、本部長が話している間に部屋の扉が
激しくノックされた。
支部長の『入れ』という言葉と共に―――
ギル君とルーチェさんが入ってきて、
「あ、シンさん!
魔狼ライダーから報告が入りました!」
「南の方角から、ワイバーンらしき飛行物体が
2つほど近付いてきているそうです!」
来たか、と思うと同時に私は部屋を飛び出す。
冒険者ギルドから走って駆け出すと、
待ち構えていたアルテリーゼと合流、
「シン! どこから行くのじゃ!?」
「中央広場から行こう!
あそこなら開けた場所がある!」
門を通って町の外まで出るのが一番いいのだが、
何せ緊急事態だ、時間が無い。
広場に到着するとアルテリーゼはすぐにドラゴンの
姿に変身、そして私を背に乗せて飛び立つ。
実はこの一連の行動は、予めギルドにも伝えて
いたもので……
『保護したワイバーンの子供たちの親が、
探しに来る可能性』
について備えていたのである。
上空に飛び立った私たちは、まず状況を把握。
南側の方角に、2匹のワイバーンを確認する。
「まずは近付こう。
攻撃能力を無効化する」
「任せたぞ!」
目標に急接近すると、あちらも気付いたのか
ホバリングのように停止する。
前足が翼と一体化し、それでいて爬虫類を
思わせる頭―――
大きさはアルテリーゼを襲っていた時の
連中より、さらに一回りほど大きい。
シッポの部分まで入れて4メートルほどだろうか。
動かなくなった地点から、2匹とも頭を
引くように動く。
炎を吐くための予備動作か―――
「燃焼物を生成、吐き出すなど
・・・・・
あり得ない」
「キイィイッ!?」
「クウゥウウッ!?」
2匹が驚きの声を上げる。
突然、それまで出来ていた攻撃が封じられれば
そうもなるか。
「アルテリーゼ、捕まえてくれ!」
「承知!」
戸惑っているワイバーンを、それぞれの腕で
アルテリーゼが捕らえると―――
ひとまず町の南門近くに着陸した。
「シンー!」
「メル、こっちだ」
地上に降りてしばらくすると、メルがやってきた。
そしてサシャさん、ジェレミエルさんも―――
メルはワイバーンの子供をかつぐように一匹、
片手にはラッチも抱いて……
そして本部の職員の女性2名は、それぞれ
2匹ずつ抱きかかえるようにして同行していた。
「えっと、ワイバーンの子供たちを運んできて
欲しいとの事で」
「何をするんですか?」
何でこの2人が、とも思ったが、ワイバーンの
子供に触れるからだろうなあ。
「……多分、あの2匹がその子たちの親です」
アルテリーゼがドラゴンの姿のまま、
ガッチリとつかんでいるワイバーンの姿を
確認すると、
「キュイー!!」
「クーン! クーン!!」
途端に、3人が連れてきたワイバーンの子供たちが
騒がしくなり、手から離れると一斉に『両親』と
思われる2匹へ向かっていった。
これが、メルやアルテリーゼと話し合って
決めていた事……
もし親がやってきたら、親元へ帰す、という
約束だった。
アルテリーゼはドラゴンから人間の姿になると、
親子から距離を取り、
我が子に再会出来たワイバーンは、困惑していた
ようだが……
敵意は無いと判断してくれたのか、子供たちに
じゃれつかれるまま、大人しくしていた。
私たちはそのまま徐々にその場から離れ、
彼らが飛び立つのを見送ろうと思っていたが、
ふと子供の一匹がこちらへやってきた。
「ピュー!!」
目当てはラッチだったようで、メルが抱いていた
ドラゴンの子供に頭をすり寄せると、そのまま
親元へ戻って行き―――
2匹の両親が飛び立つと、5匹の子供たちもまた、
空へと舞い上がっていった。
同時に私は、ワイバーンの無効化した攻撃能力を
密かに戻し―――
4人の女性とラッチと共に、小さくなっていく
7匹の影をいつまでも見送った。