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「えーと……
チエゴ国から来た獣人のティーダ君です。
みなさん、仲良くしてあげてください」
「よろしくお願いしますっ!」
町に出来た新たな教育施設で―――
私は『生徒』たちを前に、他国からの
『留学生』を紹介していた。
年齢は12才だと聞いている。
黒髪で、犬のような耳に巻き毛のシッポ以外は、
やや肌が褐色なだけで、人間の子供と大差ない。
彼はかつて、主人であるナルガ辺境伯と
その部下、ミハエルさんと共に、捕虜として
町へ来ていた―――
獣人族・ゲルトさんの息子だ。
「慣れない事もあるかと思うので、みなさんで
教えてあげてくださいね」
「「「はーいっ!!」」」
人間とラミア族の子供たちが元気良く答え―――
「「「ワフッ!!」」」
意味がわかっているのかどうかわからないが、
次いで魔狼の子供たちが吠え、
「ピュー!」「……♪」
最後にドラゴンのラッチ、そしてゴーレムのレムが
無言で片腕を振って、歓迎のあいさつをした。
―――3時間後。
「どう? 食事は口に合うかな?」
「は、はい!
父様から、食事は特に驚くぞって
言われていましたが―――
こんな美味しい物は食べた事がありません!」
「ここは何でもウメーもんね」
「あたし、お代わり取りに行ってくるー!」
昼食時、町の子供たちと一緒に食事を摂る
彼の様子を見に行く。
ワイバーンの子供たちを親元へ返すなどの
騒動の裏で、『ガッコウ』は完成し、
その結果として孤児院は別施設として独立、
『児童預かり所』と名称も変え―――
生活と勉強の場は切り離された。
食料生産地区を新たに4地区に開拓した事で、
農業を主にしていた南地区はその半分を
『学区用』として使用、
生徒が増加する事を見越して、3階建ての
『学び舎』が3つ、『実習用』の建物が1つ
建設された。
普通の『学び舎』では、いわゆる読み書き計算、
国の成り立ちなどの歴史―――
『実習用』は体育館と料理教室を合わせたような
感じだ。
ここでは最低限のマナーや礼儀作法、護身用の
体術、米の炊き方や肉・魚の解体など料理を学ぶ。
干し柿や、セッケン代わりの『アオパラの実』の
加工も。
なので、子供の生徒だけではなく、大人も
希望すれば参加出来るようになっている。
「でも、これだけの人数が入れる建物を建てたり、
食事を用意したりと……
お風呂は無料だと聞いておりましたが、
この施設はさすがに有料ですよね?」
彼については国同士の取り決めで来ているので、
お金の心配をする立場ではないが……
興味本位か、それとも情報収集を命じられて
いるのか―――
隠す理由は無いので、余すところなく答える。
「1人あたり、1ヶ月金貨1枚ですね」
つまり子供1人に付き2万円である。
実際、それまでの町人たちにしてみれば、
子供という労働力を取られた上に痛い出費で
あるのだが―――
10時・14時に朝食と昼食が給食として
提供され、時々はオヤツが、さらに調理実習で
出た残りは家から通っている子供が持ち帰っても
いいという事になっていた。
これで少なくとも食費はかなり浮く。
また、今や町では職人や冒険者以外の仕事も
増加しており……
特に新規開拓地区完成後は、雇用危機が心配されて
いたものの、
今度はその新規開拓地区と町本体を結ぶ
物資の流通が大きな需要となり、
基本、誰でも使える身体強化さえあれば、
荷運びの仕事で稼げるようになったのだ。
さらに西側新規開拓地区は、富裕層・上流階級の
エリアであり、町の噂を知った富豪や貴族が続々と
居を構えていて、
つまり王都レベルの金持ちがお得意様となって、
護衛・料理・風呂・雑用とあらゆる雇用促進に
寄与してくれていたのである。
ただ貴族様相手なるとハードルが高い事もあり、
やはり恒久的に必要な流通が雇用のメインと
なるだろう。
「それはそうと、ティーダ君はお父さんの
ゲルトさんと同じように―――
魔狼や動物と意思疎通が出来るんでしたっけ」
「はい。
この町の魔狼の方々は、僕の父様の事を
よく知っていて……
初めての町ですが、父様の知り合いが
いるようで安心しています。
そういえばシンさんは、父様と戦った事が
あるんでしたよね?」
3対3の模擬戦の事を思い出し―――
(46~48話参照)
思わず苦笑する。
「あれはその~……
辺境伯様側からの希望ではあったのですが、
こちらのやり方に付き合わせてしまったと
言いますか」
「でも今日のシンさんは、料理を教えて
いましたよね?
父様から多才な方だと聞いておりましたが、
いったいどれほどの知識・見識をお持ちなの
でしょうか……!」
キラキラと憧れの眼差しを向けて来るティーダ君。
それに対して他の子供たちの反応は……
「まー変な人だよねー」
「水路作って魚大きくしたり、
ドラゴンの人と結婚したり」
「確かにそうですけど!
否定はしませんけれども!!」
相変わらず町のお子様どもの評価が厳しい。
ある意味正直というか何というか……
それを見て困惑しているティーダ君が
気の毒なので、私は話題を変える。
「しかし、ティーダ君はまだ12才と
聞いてますが、親元から離れるにあたって
反対や不安はありませんでしたか?」
すると彼はようやく年相応の顔となり、
フッ、と寂しげに笑って、
「母様は猛反対しましたね。
最終的には、辺境伯様やミハエル様まで説得に
出てきて、それで折れました。
僕も不安は確かにありましたけど……
こちらへ来た途端、衝撃の方が大き過ぎて
全部吹き飛んじゃいました」
同盟国や友好国ならともかく、この前戦争した国へ
我が子を行かせるのだからなあ。
どこの母親だって賛成は出来ないだろう。
実際、ティーダ君だけではなく辺境伯様ゆかりの
子弟や、隣国のクワイ国からも何人か来させる
予定だったようなのだが……
当然のように難色を示されたらしい。
貴族階級ともなると国同士でいろいろと調整も
必要になるし、そこで『お試し』として―――
まずティーダ君だけが寄越されたというワケだ。
「そんなに驚いたんですか?」
「だって、あのお風呂やトイレの発祥の地が
ココだって言うんですよ!?
父様やミハエル様からもお話はある程度
伺っておりましたけど……
ココは想像以上のところです!!」
チエゴ国にも、各種技術や料理方法、米などを
持ち帰らせたので―――
最新のもの以外は全て導入されているはず。
だが、この町はいわば『本場』……
第一この『ガッコウ』施設も、捕虜の3人がいた
当時は無かったもので―――
さらに麺類や魚醤といった料理のレパートリーも
増えているのだ。
予備知識があったとしても、驚く事には
事欠かないだろう。
「でも、もっと驚いたのは―――
あの児童預かり所ですんなりと受け入れられた
事ですね。
この施設でも、珍しがられる事はあっても、
嫌な目にあったりはしませんし」
亜人だしなあ。
リープラス派の事もあるし、差別対象であっても
おかしくはない。
「だってなー。
町にはドラゴンだってラミア族だって
何だっているんだもん」
「ちょっと前までワイバーンもいたからね。
獣人くらいじゃ、もう驚かないってゆーか」
お子様どもの口は悪いが、理解出来なくはない。
慣れって怖いデスネ。
「ただあの……
サシャさんとジェレミエルさんという人は、
少々当たりが強いと言いますか」
狼に新たな子羊を投げ込んだようなものだが、
そこはタイミングが悪かったと諦めてもらおう。
「じゃあ、私は用事があるのでこれで……
君たちもティーダ君の事、よろしくお願い
しますよ」
「わかったー!」
「シンおじさん、またねー」
「い、いってらっしゃいませ」
手を振る子供たちと、ペコリと頭を下げる
ティーダ君を残し―――
こうして私は『ガッコウ』を後にした。
「お待たせしました、ドーン伯爵様」
「いやいや、そちらも多忙なところスマンな」
ギルド支部に到着すると―――
この土地の領主である伯爵と、冒険者ギルドの
本部長が、いつものメンバーである3人と
応接室で待っていた。
「じゃ、さっそく話に入るとしよう」
ジャンさんの言葉で、室内の全員が座り直す。
話とは―――
王都における『足踏み踊り』についてだ。
伯爵様の子息であるファム様・クロート様によって
王都で大々的に披露された事があるのだが、
(13話・はじめての ぷろでゅーす参照)
『魔力の無い子供でも出来る』事から……
真似をする連中が続出し、社会問題化している
らしい。
足踏み踊りの代表はファム様・クロート様で、
無断で行えば貴族を敵に回す行為―――
その上、正規の値段は
『銅貨1枚、後はお心付け』……
とてもリスクに合わないと思ったのだが、
現状、この足踏み踊りのサービスを受けられるのは
ドーン伯爵領とブリガン伯爵領の一部のみであり、
それに目を付けた裏社会の連中によって、
身寄りの無い子供たちが酷使・搾取されて
いるのだという。
「体を売らせるより、まだ真っ当と言えるかも
知れんが……」
「放置は出来ん。
この件は王家も絡んでくるからな」
伯爵様の後のライさんの言葉に、レイド君と
ミリアさんが困惑した表情を向ける。
「どうしてそこで王家が出てくるッスか?」
「まさか、王家の誰かに手を出したとか」
2人の疑問に、支部長が手を立てて水平に振り、
「さすがにそこまでバカな奴らはいねぇよ。
つまりだな―――
ナイアータ殿下とファム様の婚約は、
足踏み踊りが縁になったとも言えるんだ」
2人が『ああ』と納得してうなずく。
次いで本部長が、
「そーゆーこった。
そろそろ婚礼の日も近付いてきているんで、
それまでにケチがつくような事は対策を―――
ってところだな。
ったく、さっさと言えってんだ。
ギリギリにならないと腰を上げないのは、
宮仕えの悪いところだぜ」
口ぶりからするに、彼も知らなかったのだろう。
そしてそのまま私の方を向いて、
「そこで、だ。
この町の『児童預かり所』ってヤツを、
王都にも作りたい。
取り締まりも重要だが、まずは子供たちを
保護出来る施設を作らないと」
「そうですね。
私も、まさかそんな事態になっていようとは……
もともとは、ドーン伯爵様に町の子供たちを
守ってもらうつもりで提案したのに」
すると、話を聞いていた伯爵様がオロオロして、
「い、いや、その……
王家も関わっているというのに、そんなに勝手に
話を進めてしまってもいいものなのか?」
ここでアラフォー・アラフィフのオッサン3名が
『しまった』という表情になる。
冒険者ギルド本部長・ライオットの正体が……
前国王の兄・ライオネル・ウィンベルというのは
トップシークレットで―――
「王都の出来事だし、いずれ治安確保の名目で
依頼が回ってくるだろう。
その時に提案すれば、恩も売れるってモンよ」
「どうせ後手後手に回ってんだ。
解決策を提案すれば、あちらから飛び付くと
思うぜ?」
本部長・支部長がさらりと流す。
さすが2人とも組織のトップ。
こうして話し合いが続けられ―――
帰宅する頃には、すっかり夕食時となっていた。
「ふーん、そんな事があったんだ」
「うまくいかぬものよのう」
「ピュイィ~」
自分の屋敷へと戻った私は、家族と夕食がてら
冒険者ギルドでの話し合いを報告していた。
「しかし、誰かが真似する前に―――
その伯爵とやらが王都で、『足踏み踊り』の施設を
作ろうとは考えつかなんだか?」
「あー……
それは難しいと思うよアルちゃん」
アルテリーゼの言う通り、確かに先に専用の
施設を作ってしまえば良かったというのは
正しいのだが……
「伯爵様がどうこう出来るのは、あくまでも
自領の中だけなんだよ。
それに王都は王家に近い有力者の集まりだから、
何か物を売るだけならともかく―――
『そこで商売させろ』とまでは言えなかったん
だろう」
「ふーむ……
人間の世界というのは面倒なものじゃ」
「ピュ~ウ」
母子が理解する一方で、メルが口を開く。
「そんでシン、何か依頼とか頼まれごととか
無かったの?」
「しばらくは相談に乗るくらいかな。
子供たちの保護が必要になる時は、
何らかの協力を求められると思うけど……
でも王家が絡んでいるのなら、軍だって
動くと思うし」
ふーん、と妻たちがうなずく中、食事が
進んでいく。
「そういえばサシャさんとジェレミエルさん
なんだけど―――
何で『児童預かり所』にいるの?」
メルの質問に、私はフォークの先を宙で止めて、
「預り所と同じ施設を王都で作る際、
その説明のためにノウハウを学んでおく、
という事らしい。
本音としては、新しく来たティーダ君を含めて、
可愛がりまくりたいだけだと思う」
「欲望に忠実よのう」
「ピュ!」
アルテリーゼとラッチが答えると、私は
フォークをいったん置いて、
「でもまあ、悪い事ばかりじゃなくて―――
例えば『バン玉』なんだけど、女の子たちが
加減するようになったからね」
「へ? 何で?」
メルが聞き返すと、私は料理から視線を上げ、
「あの2人の猛攻を受けた事で―――
まとわりつかれる事がどれだけバン君の負担に
なっていたのか、わかったみたい」
「リベラ先生も、引きはがすのに苦労してた
もんね」
「少しは大人しくなるといいのう」
「ピュ~」
こうして取り留めの無い会話をしながら、
夜はふけていった。
―――3日後。
「世話になったな」
「おう。
そっちもまあ頑張れや」
町の北門で、ジャンさんがライさんたちに
別れのあいさつをする。
ドーン伯爵様は先に馬車に乗り込み―――
本部長の他に、職員の女性たちがまだ外にいた。
金髪の女性と黒髪・眼鏡の2人は直立したまま、
「では本部長、後はお任せします」
「私どもはこの町で、次の指示をお待ちして
おりますので」
「ざけんな。お前らも王都に帰るんだよ」
あまりに自然な感じで居残り宣言をするので、
サシャさん、ジェレミエルさんに対し誰もが
ツッコミのタイミングを逃す。
結局、この3日間で決まったのは……
ドーン伯爵様との話し合いにおいて、
・王家に対し、伯爵主導で王都の身寄りの無い
子供たちの保護と―――
『児童預かり所』の建設の提案。
・公都の発表とそのイベントについては、
伯爵家と連携して相談していく。
などがまとめられた。
「あああ……
こんなぱらだいすから離れなければ
ならないなんて」
「ティーダ君かラミア族か魔狼の子、一人でも
いいから王都に連れて行っちゃダメ?」
本部の女性職員2名が、うるんだ目で
懇願してくる。
さすがにドラゴンが絡んでいるラッチとレムは
連れて行けないとわかっているのか、そこは
除外したお願いをしてくるも、
「だからダメッスよ。
ティーダ君は国を通してのお客様ッスし」
「ラミア族も魔狼も保護者から引き離す事は
無理だと説明したでしょう」
レイド君とミリアさんのダメ出しにガックリと
肩を落とし、3人は車上の人となった。
「騒がしかったッスけど……
やっと日常が戻ってきた感じッスねえ」
彼の軽口に、ギルド長が振り向き
「緊張感は持っておけ。
秘密を共有したんだからな」
そう―――
ドーン伯爵様とは別に、王都の冒険者ギルドとの
話し合いもあった。
・新生『アノーミア』連邦の新兵器開発について
口外しない事。
・創世神正教リープラス派の動きについては、
引き続き注視していく事。
などの取り決めもあったのだ。
こうして私とジャンさん、レイド君とミリアさんの
4名は、ギルド支部へほぼ同時に足を向けた。
異変が起きたのは、翌日の夜だった。
「……?」
私が寝室で起きると、一緒のベッドで寝ていた
妻2人も目を覚ます。
「何の声?」
「魔狼の遠吠えのようじゃが……」
オオカミという事なので、今までにも遠吠えを
する事はあったが―――
今回はやけに長く、またどこか焦っているような
印象を受ける。
私は外の様子を見るため窓に近付いた。
すると……
『ウオォオオオオーーー!!』
遠吠えには似ているが、明らかに魔狼のそれでは
ない声を聞いて、アルテリーゼが急いでラッチを
抱きかかえる。
「今の声、中央から!?」
「行ってみよう、メル、アルテリーゼ!」
屋敷の中庭へ駆け出ると、アルテリーゼは
抱いていたラッチをメルに渡してドラゴンへと
変身する。
そして私とメルを背に乗せると、そのまま
町の中央へ飛び立った。
「な、何だアレは?」
1分もしないうちに、中央の町本体の上空へ
到着し、眼下の様子を伺う。
探すまでもなく、町の中央の広場―――
そこの外灯の魔導具の明かりに照らされながら、
一匹の獣がその身に光を反射させていた。
すでに野次馬らしき人々も遠巻きに集まって
いるようだが……
獣の一番近くに、見知った顔があった。
「ティーダ君!?」
「アルちゃん、すぐ降りて!!」
「承知!!」
私たち一家は、広場へ向けて急降下を開始した。
「シンさん!」
着陸すると、すぐにティーダ君の身を確保し、
獣との間にドラゴンのままのアルテリーゼが
立ちふさがる。
身近で見るその獣は―――
外見こそ魔狼やオオカミに近い姿をしているが、
その大きさは体高にして2メートル近く、
馬を3回りほど大きくした感じだ。
何より目を引いたのは、その毛並み・体毛で、
シルバーと称してもいいくらいの白い長毛が、
神々しく夜の薄闇の中で風に吹かれていた。
「シンさん!
アレ―――いえ、あのお方は……
フェンリル様に間違いありません」
「フェンリルだって?」
ティーダ君の言葉に、思わず聞き返す。
ゲームの知識くらいでしか知らないが、確か
神話に登場する有名なオオカミであり―――
その強さも相当なものであったはず。
この世界ではどんな位置付けかまでは
わからないが、どうしてこの町へ?
「アルテリーゼ……!!」
そのフェンリル様から、人間の声が発せられた。
しかも私の妻の名前を呼んで―――
「……!
もしやそなた、ルクレセントか?」
アルテリーゼもまた、相手の名前を確認する。
どうやら旧知のようだが……
「知り合いか? アルテリーゼ」
「い、いかん!
シン、来るな!!」
すると、ルクレセントと呼ばれたフェンリルが
私の方へゆっくりと首を向ける。
「そう、か……
アルテリーゼを呼び捨てにするという事は、
貴様が……!!」
アレ? もしかして敵意を向けられている?
と思う間もなく、アルテリーゼが動き、
「我が夫に手を出すでないわ!!
戦うというのなら場所を変えるぞ!」
叫ぶと同時に、フェンリルの体を引っ掴むと、
そのまま彼女は上空へと飛び立つ。
それとすれ違うように、騒ぎを聞きつけて
パック夫妻も飛んできたのが目に入り―――
「シャンタルさん!
アルテリーゼの元へ連れて行ってください!」
「わ、わかりました!」
こうして私はもう一人のドラゴンに乗せてもらい、
アルテリーゼの後を追いかける事になった。
「待て! 話を聞かぬか!
一体どうしたというのじゃ!?」
その『現場』へは、パック夫妻と共にすぐ
追いついた。
フェンリルの方は飛行能力が無いのか、
空を飛ぶアルテリーゼに対し攻めあぐねて
いるようで―――
また彼女の方も、積極的に地上へ攻撃を
仕掛けるのをためらっているように見えた。
「あれはルクレセントです。
ドラゴン族とも交流がありましたが―――
決して敵対はしていなかったはず。
それなのに、どうして……」
シャンタルさんも眼前の出来事に戸惑って
いるようだ。
「シンさん!
『無効化』は出来ませんか!?」
パックさんの問いに、私は頭をかかえて、
「出来なくはありませんが、例えば『巨大生物』に
対する無効化を行えば―――
両手両足の骨が折れてしまいます。
敵対していないのであれば、それはちょっと」
その答えに、2人とも黙り込む。
だが私は同時に、アルテリーゼの身に危険が
及ぶのであれば……
『能力』を使うのもやむを得ない、
と考えていた。
恐らくそれはパック夫妻も同じだろう。
ただそれは最後の手段だ。
他に何か手を考えられれば―――
「……!
あ、あれはマズイです!!」
シャンタルさんの言葉に地上を見下ろすと、
そこには闇の中で光り輝くフェンリルの姿が
あった。
「まさか―――
雷撃の前兆!?」
パックさんの言う通り、その周囲にはパチパチと
電気特有の火花の光があった。
もう『能力』を使うしかないのか?
いや―――
雷だけなら止められるはず!
それなら……!
「アルテリーゼ!
体当たりだ!!」
「!! わかったぞ!!」
上空で身をひるがえしたアルテリーゼは、
私の言葉通りに地上のフェンリルを目掛けて
突っ込んでいく。
それを待ち構えるようにして、ますます
輝くを増していくフェンリル。
「陸上生物が、何の媒体も無く―――
発電するなど、
・・・・・
あり得ない!!」
私が叫ぶと同時に、それまでフェンリルが
発していた光は消え―――
「な、何だと!?」
戸惑うルクレセントだが、すぐに次の動作へ
入ろうとする。
「な、ならば風刃で……!」
ゴウ、と風が巻き起こるのを見て、私はそれも
無効化させる。
「何の媒体も無しに風を起こすなど―――
・・・・・
あり得ない!!」
瞬時に風の勢いは消え去り、狼狽するフェンリルに
アルテリーゼが迫る。
「ルクレセント、観念せい!!」
そして暗闇の中―――
轟音と地響きが、その衝撃を伝えてきた。
地上へ降り立ったパック夫妻と私は、
アルテリーゼの元へと急いだ。
そこで目にしたのは、すでに人間の姿に
なっていた妻と、
「どういう事じゃ、ルクレセント」
「だってぇ~……
アルテリーゼが悪いんじゃん。
ウチとの約束を破るから……」
銀髪のロングヘアーに、切れ長の目をした
女性が、正座しながら抗議の声を上げていた。
オオカミというよりは、キツネの擬人化の
ような―――
身に着けている衣装も華美な装飾はなく、
私の知識を総動員して表現するなら……
チャイナドレスに短いズボンを履いたような
イメージだ。
「約束って何?
アルテリーゼ」
私が妻にたずねると、彼女が答えるより先に
ルクレセントとやらが口を開き、
「だってアルテリーゼとウチは……
健やかなる時も、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、
それはともかくとして結婚するのは、
お互い相手が見つかるまで待とうねって
誓った仲じゃん……」
「そんな素っ頓狂な誓いをした覚えは無い。
第一、我は再婚ぞ?」
そのやり取りを聞いていた私とパック夫妻は―――
しばらく無言で立ち尽くした。