たったの一日とは思えないほど、濃密な日だった。
それでもまだ、夕食の時間で、今日は魔王城に早く戻っていて、お城の皆と一緒に食堂で食べた。
ファル爺はどこにいるだろうかと聞いて、まだ食べに来ていないから、執務室だろうということで向かっている。
シェナが少し眠そうなのは、魔王城に居るからだろう。
油断しても、私に危害を加えるような人は居ないから。
それにもしも、私に何かあろうものなら、城内ならば魔王さまが察知して飛んで来る。わざわざ空間を越えて。
「おや、姫さま――コホン。王女様。こんな場所までお散歩ですかな?」
「ファル爺。王女はやめてよ。でもよかった。お話を聞きたいと思って。まだ食事前でしょうから、その後にでも」
きっと朝から働き詰めで、疲れた顔をしているから、そこは遠慮した。
「いえいえ、構いませぬよ。サラ様から聞きたいことなど、珍しいですからな」
ファル爺はふぁふぁふぁと、歯はしっかり生えそろっているいるのに、高齢じみた笑い方をたまにする。
それは機嫌がいい時だと思うから、何かいいことでもあったのかもしれない。
「お仕事が順調だったの?」
私が聞く後ろで、シェナはあくびをし始めた。
おなかがいっぱいになって、眠くなってきたに違いない。
「シェナ、先に戻って、寝てていいよ?」
「ヤです。お姉様と居ます」
そこはしっかりとした声で返ってきた。
「ふむ、それでは爺の仕事部屋ででも、お聞きしましょうかの」
そう言うと、ファル爺は執務室の扉を開けて「誰か茶を頼む」とだけ言ってすぐに閉めた。
「もう。お邪魔になっちゃったじゃないですか。お茶なら私が淹れるのに」
「なんと、サラ様が茶を? 淹れられた事がおありでしたか」
などと感心するものだから、私はちょっと思い返してみた。
「……こっちに来てから、淹れたことはないですけど」
そんな答えをファル爺は笑うものだから、私は少しだけ睨んでやった。
「おお怖い」
なんて話をしながら、爺の勧めるままに仕事部屋のソファに座ると、爺も珍しく向かいのソファに座った。
「さてさて、何をお聞きになりたいので」
爺の朗らかな雰囲気で忘れていたのをハッと思い出し、私は少し、詰問するみたいに言った。
以前に魔王さまの過去を聞いた時に、どうして直接聞けだなんて言ったのかと。
前にそう言われた時は、それもそうかと思ったけれど。
でも、レモンドの話が事実なら、おいそれと聞けるようなことではないのに。
「その話……人間が伝えておったですと?」
「質問してるのは、私なんですけど」
私は顎を上げて、見下ろすようにしてファル爺を冷たく見た。
教えてほしかった。
人間から聞く前に。
どれだけ歯がゆくて、どんなに悔しいと思ったことか。
それ以上に、魔王さまのことを何も知らないまま、ただ甘えて抱かれていただけの自分が嫌になってしまったというのに。
「私を魔王さまの妻だと、認めてくれていないから?」
そんな風にも思えてしまう。
「そ、そんな! とんでもございません!」
慌てて両手を振る爺は、確かにそうは思っていないらしかった。
「それじゃ、どうしてよ」
「……あまり、良い話ではないからです。それにサラ様に、戦争の話などお聞かせしたくなかったんですじゃ」
「そ、そんな風に言われたら、怒れなくなるじゃないのよ……」
そう、私は――。
爺に怒るのは、筋違いなのかもしれないけど。
一番当たり易くて、受け止めてくれて、だけどやっぱり、知っていて教えなかったことについて――怒っていたから。
「ですが、確かに。爺はお叱りを受けても当然ですな……。ワシも、逃げておったのだと思います」
「そ、そうよ。ちゃんと教えて欲しかった。それに私はきっと、受け止められたわ。魔王さまを愛してるもの」
と言ったものの、それは都合の良い言い分だったかもしれない。
リズに励まされた後だから、こう言えたのだと思うから。
でも、爺には少し怒ったままだから、それは正直には言わない。
「……それでは、そうですなぁ」
そうして爺は、少し間を置いてから語り出した。
魔王さまの過去を。
たった一人、村から逃げた後の出来事を。
それは、一度きりですぞと前置きをしてから語った、魔王さまが大人になるまでの話だった。
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