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こんばんは!しゅなです!
なんとですね、10/9に投稿するはずが
10/15になりました、笑
この物語が終わるまで、1日1日投稿
していきます!
しかも夜です笑
すっかり忘れちゃってました笑
見てもらったらわかる通り
いつもと違う感じで書いていきます
今から書くのは、私の家庭のお話です
今日は私かTERROR初めて3年記念です
(前2年って言ったような気がするけど。)
まあいいや、では、どうぞ!
私が小学3年生の頃、母は他界した。
他界した母は皮膚がんだった。
私が小学2年生の頃、母は私達と居たいから
家で寝込んでいた。
「ねね!ママ ママー?」
『どうしたの?しゅな』
「いつママの病気治るの〜?」
『ママにもわかんないなー』
「そっかぁ。治るの?」
『しゅながお利口にしてれば治るよ』
「しゅなお利口にする!!」
この時は知る由もない事が沢山起きた。
「ねぇ、ママ?」
『ん?』
「ママって、しゅなのこと大好き?」
『うん、大好きだよ?どうしたの?』
「ううん、なんでもないよ、ママ。」
お母さんが病院で入院してる時の話。
「ママ!写真撮ろ!」
『お!いいね!撮ろっか!』
私は母が他界する事を知っていたから
母との思い出を沢山作ろうとした。
でも、もう手遅れだった。
「ね、パパ〜?」
『ん?』
「ママのとこで泊まるね!」
『うん、いいよ。ゆっくりしておいでね』
「うん!ありがとう!」
なるべく母と居たかった。
「ね!ママ!お勉強教えて!」
『いいよ〜?何するの?』
「英語!ママ得意でしょ?」
『うん!ママ英語大好きだよ〜!』
「しゅなもママみたいに英語できる人になりたい!」
『なれるよ。しゅななら。』
「ほんと?!じゃあママ教えて!」
『うん、いいよ!』
母はフィリピン人。だから私は日本とフィリピンのハーフだ。でも、タガログ語を話せるわけでも、英語を話せる事も出来なかった
私が母が居る病院で泊まった時は
夏休みなど、長期休みの時だけだった。
「ママ!」
『ん?』
「今遊べる?」
『遊べるけど、何して遊ぶの?』
「UNOかトランプ!持ってきたんだぁー!」
『じゃあ両方しよっか!』
「え!いいの?ありがとう!」
母と遊ぶのは世界一楽しかった。
母と遊ぶ時間はあっという間で、幸せで、
大好きな時間だった。
ある日のこと
「ね!パパ!」
『ん?』
「ママのとこ行きたい!」
『でももう夜遅いからダメだよ〜?』
「やだぁぁ!ママに会いたいの〜!グスッ」
『しゅな、泣かないで?』
「ママに会いたい!ママに会いたいポロポロ」
『じゃあビデオ通話でもいい?』
「ママのお顔見れる?グスッ」
『うん、見れるよ』
「じゃあする。」
母と会えない日はほとんどビデオ通話しながら
寝たりしていた。
ビデオ通話で絶対30分は泣いて、泣き止んだら
母とずっーと話してた。
母は眠かったはずなのにずっと話を聞いてくれ
て、めっちゃ優しくしてくれた。
ここらで一旦終わります!
書いてる時思い出しながら書いてたから
めっちゃ泣いた笑
懐かしいなぁ〜って思ってめっちゃ泣いたわ笑
あの頃に戻りたいなぁ〜っておもう笑
終わりますか!では、おつしゅな!