Kisaragi You side -
最近、お母さんが恋人を作れとうるさい。
そこでレンタルなんちゃら
というものを使ってみることにした。
お金を払えば1日だけ恋人ごっこに
付き合ってくれるらしい。
流石に女の子をレンタルするのは気が引けて、
様子見も兼ね、レンタル彼氏に手を出してみた。
「あ…この人がNo.1なんだ」
一覧を見ている途中、
ふと目に止まった派手な赤髪の男の子。
名札には『Coe.』と書かれている。
No.1なら実力も申し分ないだろうと思い、
僕はその人にデートのリクエストを申し込んだ。
◇
あれからすぐに返事は届いた。
結果はOKで、明後日に会おうと連絡が来た。
そして今日がその日だ。
支度を済ませ、予定よりも少し
早めに待ち合わせ場所に向かう。
深緑のセーターにアイボリーのバギージーンズを着ている
と伝えると、近くの壁に寄りかかって彼の到着を待った。
スマホにイヤフォンを繋ぎ、
音楽を流して彼の到着を待つ。
すると数分もしないうちに、写真で見た通りの
綺麗な顔を持った好青年に肩を優しく叩かれた。
「ゆうくんであってる?」
予想よりも遥かに高い声に驚きつつ、
はい、と小さく頷いて見せる。
「よかった〜!待たせてごめんね!
こえっていいます!今日はよろしく! 」
「ううん、ゆうさんが早く
着きすぎちゃっただけだから…」
こちらこそ、と同じように返せば、
彼は嬉しそうに目を細めて頷いた。
「じゃ、どこに行こっか」
思っていたより可愛い人だな、と考えながら、
腰に回された手には知らないふりをする。
「ゆうくん、行きたいとこある?」
「あ、ゆうさん、デートプランちゃんと立ててきたよ」
そうポケットからメモ帳を取り出した途端、
隣から「ええっ!」と驚愕の声が上がった。
「ゆうくんってそんなことまでするの!?
へー、ゆうくん思ったよりおもろいね!」
喜んでいいのかわからないので、
愛想笑いで答えておく。
「えっと、ここからバスに乗って
少し歩いたところに水族館があって…」
「水族館デート?いいね、行こ!」
さぁさぁと腕を引かれ、
近くのバス停まで導かれる。
本当はその近くの映画館に行こうとしていたのだが、
まあ別になんでもいいので口を噤んだ。
それよりなんでこの人がNo.1なんだ、
と失礼な疑問を片隅に、
これから振り回されるであろう未来を想像し、
心の中で頭を抱える他なかった。
◇
「ペンギン可愛かったー!クラゲも綺麗だったし…
あ!イルカショーも良かったな〜」
「うん、コバンザメ可愛かった」
えっ、と隣から怪訝な声が上がったのは
知らないふりをする。
水族館デートは思ったより楽しかった。
彼の独特なセンスやツッコミで
気がつけば、けらけらと笑っていた。
そして今は近くのカラオケに
向かっている途中である。
彼の説明に歌が好き、と書いてあった
のを思い出し、僕から誘ったのだ。
僕も歌は好きなので、 所謂、
フィーリングが合うというやつである。
案の定彼は、いいね、と喜んで賛同してくれた。
「久しぶりに人と歌うかも!こういう仕事って、
客に合わせないといけないから中々行けなくて」
「………!そう…なん、だ」
突如、そう言われ、言葉を失う。
やっぱり辛いのかな、と思い
様子を伺うように彼の顔を覗き込んでみた。
すると予想とは裏腹に彼は
ものすごく嬉しそうな笑顔をしていて。
「だからゆうくんが僕のためにって言ってくれたの、
めっちゃ嬉しい!次もまた指名するの、僕にして!」
子供みたいに無邪気な笑顔で
彼は僕にそう言ってきたのだ。
困惑したのも束の間、
どこか縋るような目を向けられれば、
これはもう了承する他に為す術はない。
「…わかった…けど、そういうこと言うの
仕事が終わってからにしてね、もう!」
途端に彼の顔がぱあっと明るくなる。
「え、いいの!?えへへ、
やった。ゆうくん、ありがとう!」
これがNo.1の手口か、と心の中で呟いた。
ちなみにカラオケでは彼が、僕が歌う度に
大袈裟なほど盛り上げてくれたので楽しかった。
なんとなく彼がNo.1な理由が
わかったような気がした。
◇
その日以来、約束通り彼を指名をして、しばらく
ふたりでデートという名の遊びを繰り返した。
彼と一緒にいる時間は、どこか幸せで満ち満ちていて、
ゆうくん、こえくん、と気軽に
呼び合えるぐらいには完全に打ち解けていた。
ずっとこのままでいたい、と。
そんなことさえ考えた日もあった。
僕はもう、彼に依存してしまっていたのだ。
しかしあくる日の昼。
「あ、今日の夜ご飯の材料まだ買ってない!」
ふとそのことに気づいて、簡単な服を
着込むと財布を片手に慌てて外へ飛び出した。
近くのデパートに寄ろうと、
信号を渡って歩道を歩き、曲がり角を曲がる。
…いや、曲がろうとした。
だけどそのとき、
僕は見てしまったのだ。
こえくんが、知らない女性と歩いているのを。
それも、女性は彼に腕を絡めている。
自然に、ぁ、と口から声が漏れた。
別にレンタル彼氏なんだから当たり前で、
それに嫉妬やらなんやらをしたわけではない。
ただ、気付かされてしまった。
レンタル彼氏は本来、
女の子が使用すべきものだったんだ、と。
僕の我儘でこえくんは何度も
男の子の僕に付き合わされて。
僕のありがた迷惑な行動に苛まれて。
表ではああ言っていたけど、
本当はずっとずっと、嫌だっただろうに。
「…ごめんね、こえくん」
もうこれで、終わりにしよう。
そう、僕は彼に気づかれないよう、大きく
遠回りをして早足で目的のデパートへと向かった。
悲しい、なんていう未練がましい感情には
そっと大きな蓋を被せた。
コメント
2件
コメント失礼します! レンタル彼氏…私の癖が出でしまいました💦