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「うわー。三次元にこんな綺麗なお顔の人がいたなんて♥」
(なんて悠長に感心している場合ではない! そんなこと分かってる。分かってはいるんだけどぉぉぉ!)
その男性の顔を目にしたら、きっと誰もが思わず見惚れずにはいられない程、道路に倒れて気絶している男の顔は整いまくっていた。
ましてやいま彼を見下ろしているのは、今年大学を卒業したばかりのうら若き乙女。
実は彼女、アニメや漫画や小説と言った二次元男子にハマりすぎて、今までいくら男性から告白されて「じゃあ、(とりあえず?)よろしくお願いします」とお付き合いしてみても、どうもしっくりこないと言う、グダグダな恋愛スキルの持ち主なのだ。
敗因は彼氏のことを好きになりきれない自分のせいなのか、はたまたドリーマー過ぎて二次元キャラがサラリとするような突飛なことを三次元彼氏に要求しまくってしまうせいなのか。
兎にも角にも初めて自主的に三次元――現実世界――で日和美自身が心の底からかっこいいと思える相手に出会えたのに、ときめくなという方が無理だった。
色素薄めのふわっふわの癖っ毛は、前髪がセンターパートに分けられた、少し長めのマッシュ。
横向きに倒れているので後頭部付近も見えているけれど、そこは綺麗に刈り上げられていた。
その辺りもふわふわの髪質と変わらぬ、透け感のある薄い毛色――ともすると金髪に見えちゃうくらい――なところを見ると、彼のこの髪色は生まれつきのモノなのかも知れない。
そう思ってみれば、閉じられたままの目元を縁取る長いまつ毛も、その上で綺麗な曲線を描いている眉も同色。
涎を垂らさんばかりの勢いでうっとりとそんな彼に見惚れていた日和美だったけれど。
(とっ、とりあえずっ!)
テンパった人間というのは何をするか分からない。
彼を気絶させた元凶とも言える重たい掛け布団を道路に丁寧に広げると、美形男性の身体をグッと押して、その上にゴロリと転がした。
敷布団と違って寸足らずな印象が否めないけれど、ここはまぁアスファルトの上に直に寝そべっているよりはマシだと思うことにする。
「よし! これで痛くない!」
などと勝手なことをつぶやいて再度彼を見下ろすと、転がしたことで仰向けになったご尊顔が、先ほどよりさらにしっかりと見えて。
「ホント現実の人じゃないみたい……」
まるでおとぎ話の挿絵から抜け出たみたいな男性に見惚れて、無意識につぶやいてほぅっと吐息混じり。
彼の上に馬乗りにでもなるかのように、顔の両サイドに腕をついて美貌を間近で観察していたら、「んっ」という声とともに目が開いて、色素薄めなブラウンアイとバッチリ目が合ってしまった。
「ひえぇっ!」
日和美が驚いて思わず奇声を発して仰け反ったら、「……キミは……誰?」と耳馴染みのいい爽やかボイスが困り顔をともなって投げ掛けられる。
高過ぎず低過ぎずなその声質は、〝爽やかな青年イケボ〟と称するのがピッタリに思えた。
「わ、私は……山中日和美です」
「日和美、さん……。……僕の名前は――」
誰かと問われたので日和美が思わず名乗ったら、眼前の彼がそれにつられて自分も名乗ろうとして。
戸惑いに揺れる泣きそうな視線を日和美に向けると、苦しそうに眉根を寄せた。
「僕は……。えっと……確か僕は――」
半身を布団の上に起こしながらそこまで言って、黙り込んでしまう。
そうして眉根を寄せてこめかみに手を当てると、
「あの……すみません。……よく思い出せないんですが、僕は誰で……一体何をしていたんでしょう?」
そう言って、日和美をすがるような目で見つめてきた。
「……どうやら僕は記憶を失くしてしまったみたいです」
「き、おく……そーしつ?」
「はい……」
弱り顔の美形くんに投げ掛けるには間が抜けている上に全く実りのない言葉なのは分かっていたけれど、日和美だってわけが分からないのだから仕方がない。
目を白黒させる日和美に、眼前の彼の顔が見る間に曇って。
(ああああ、そんなお顔しないでっ)
その表情を見たら、何とかしなければ!と思ってしまった。
「わ、私が知ってるのはこの道をあちらの方から歩いていらしたことだけですっ。あ、あとは……えっと……今こうして目が覚めるまでの間、私が敷いたその掛け布団に横たわっていらっしゃいました」
そこまで言ってじっと彼を見つめたら、日和美が指差した方角を振り返ってから、
「ダメです。何も……思い出せません。日和美さん?は……僕の名前を知っていますか?」
ふわふわな彼が、落胆した表情で、小さく吐息を落とした。
身なりや〝僕〟という口調から判ずるに、彼はそれ程貧乏な暮らしをしている人ではない気がすると思った日和美だ。
そこでポン!と手を打つと、
「そうだ! 何か身元の分かる物とか身に付けていらっしゃいませんか?」
普通ちょっとそこまで、という時にだって、何かしら持って出るものだと思う。
日和美の言葉に、彼はパァッと明るい顔になって立ち上がろうとして。
自分が地べたに敷かれた布団の上にいることに気がついて、慌てて靴を脱いで布団のそばに綺麗に並べた。
(レジャーシートですかっ!)
その様に思わず笑ってしまいそうになった日和美だったけれど、彼は至極真面目なのだと気が付いてグッと堪える。
「すみません。僕のせいで布団を汚してしまいました」
申し訳なさそうにしょげる彼に、日和美はフルフルと首を振る。
元はと言えば自分が彼の上に布団を落っことしたのが原因だ。
「あの……謝らないといけないのはこっちの方です。私のせいで……ふわふわさんを酷い目に遭わせてしまって……。本当にすみません!」
「ふわふわ……?」
全体的にふわふわな印象の人だと思っていたのがつい口に出てしまって、眼前の彼にキョトンとされてしまう。
「あっ、すみません。髪の毛とかふわふわで綺麗だなって思ってたのでつい……」
素直にペコッと頭を下げたら、どこか不安そうな顔で……だけどうっとりするような柔和な笑みを向けられた。
「ギスギスさんとかガサガサさんじゃなくて良かったです」
それは、日和美の失言をカバーして、尚且つフォローまで入れられた温かな言葉だと分かって。
ズッキューン!♥
彼自身記憶がなくて死ぬ程不安で大変なはずなのに、健気で優しいふわふわさん(仮)の態度に、何て気遣いの出来る素敵な人なの!と、日和美の心臓が漫画みたいな効果音を立ててうるさく騒ぎ立てる。
日和美、実は二次元の中でも特に、恋愛ジャンル大好き女子なのだ。
学生時代から好んで読んでいる少女漫画や、最近よく読むようになったティーンズラブ(TL)に出てくる王子様系男子みたいな雰囲気をまとったふわふわさんにキュンキュンしまくってしまった。
そんな日和美がここ数年めちゃくちゃハマっているのが、部屋の三段ラックにずらりと並べられた、TL作家・萌風もふ先生のちょっぴりエッチで刺激的な作品たちで。
イラストレーターの方々の美麗でエロティックな表紙絵もさることながら、萌風先生によって紡がれる美麗な文章、そして何より魅力いっぱいのキャラクター達にいつも魅了されまくり。
何が素敵って、とにかく身近にいそうな……でも実際にはそうそういないキャラ達が堪らなくいいのだ。
手が届きそうで届かない絶妙な感じが、夢見がちな乙女心を刺激して悶えさせる。
萌風もふ先生は、自分もいつかあんな恋をしてみたいと思わされる、そんな作品ばかりを書く作家さんだった。
そして――。
正直いま日和美の目の前にいるふわふわさんは、萌風先生の処女作『ユラユラたゆたう夏祭り〜金魚すくいですくったふわふわドS王子様からの濡れ濡れな溺愛が止まりません!〜』に出てきたヒーロー・アルノエル王子にそっくりで。
(まぁ、アルノエル王子は金魚の化身だから、ふわふわさんとは違うんだけどっ)
アルノエル王子、最後は人魚姫よろしく泡になって消えてしまうキャラだ。
――まぁ、後になって人間の姿でヒロイン・プリシラーナの元へ戻ってくるのだけれど。
日和美は、あのシーンでわんわん泣いたことを思い出す。
(アルノエル王子にはプリシラーナがいたけれど、ふわふわ王子は私が助けてあげなくちゃ!)
現実世界での恋愛偏差値小学生以下レベルだからだろうか。
日和美は、わけもなくそんな使命感にかられた。
***
「……やっぱり……何もないみたいです」
一人空想の世界に旅立っていた日和美は、そんな声でハッと我に返る。
スーツの裏ポケットまで探って何か自分に関する手掛かりはないかと調べてみたらしいふわふわさんだったけれど、分かったのは服のメーカーが銀座の名を冠した老舗テーラーのお品だと言うことぐらい。
「僕は……一体どうすればいいんでしょう」
迷子です、と交番に行ったところで「は?」という反応をされそうな気がする。
もちろん、少し落ち着いてから警察には届け出た方が良さそうだけど、今はそれよりも――。
「あ、あのっ。いつまでも道路で立ち往生も何ですし、もし宜しければとりあえずうちにいらっしゃいませんか? お茶でも飲んでゆっくり気持ちを落ち着けたら、何か思い出せるかも知れませんし」
日和美の提案に、ふわふわさんは瞳を見開いて。
「で、でも……ただこの場に居合わせただけの日和美さんにそこまでして頂くのは」
申し訳なさそうに視線を落とすから、日和美は思わず彼の方へにじり寄ると前のめりになって畳み掛けていた。
「だっ、大丈夫です! 先ほどもお話しました通り、そもそも貴方をこんな道端で押し倒して気絶させちゃった責任は私にあるんです! きっ、記憶が戻るまでの間、きっちりちゃっかり面倒を見させて頂きます!」
頭のことだし、お茶の後は一旦病院へ行って、と思った日和美の手を、大きくてふんわりとした手のひらが包み込んでくる。
「有難う、ございます……」
その言葉にうっとりしながら「うんうん」と頷いて。
彼の柔らかな手は、断じて力仕事を生業とするような労働者のものではないな?と思った日和美だ。
「任せなさぁぁぁーい!」
気が付けば、ヒナ鳥を守る親の気持ちで意味もなく胸を張ってしまっていた。
山中日和美・二十三歳。
布団を落っことしたお陰で、王子様のように素敵な、ふわっふわな男性を拾いました!