蝋燭の明かりに照らされたランディリックは、昼間と同じ黒衣のままだった。寝る支度をすっかり整え、夜着に着替えているリリアンナとは対照的。今の今までランディリックが執務にあたっていたことをうかがわせるには十分な出で立ちだった。
昼間、リリアンナがなにか話したそうなランディリックを遮ったりしたから……きっと寝る前にわざわざ来させてしまったんだろう。
「ランディ……」
――ごめんなさい。
その言葉は上手く声に出来なかった。
けれどランディリックの表情は、そんなリリアンナに腹を立てているようでも責めているようでもなく、ただただ優しくて穏やかだった。ただ、どこか陰があるように思える雰囲気からは、彼が疲れていることをありありとうかがわせてきて、リリアンナの胸にチクリとした痛みを走らせる。
「昼間は……悪かったな」
なのに先にそんな謝罪の言葉を口にしたのはランディリックの方だった。
リリアンナはすぐさま『私の方こそごめんなさい!』と言いたかった。なのについ出た言葉は、心うらはら、「……別に」という素っ気ないものだった。
リリアンナは素直になり切れない自分にモヤモヤしながらも、ランディリックの顔をまともに見つめることが出来なくて、プイッと顔を背けてしまう。
「なんでランディが謝るのよ……」
視線を合わせると、泣き出してしまいそうだった。
本当は『謝るべきは私の方なのに』と付け加えたいのに出来ないことがもどかしくてたまらない。
「無理をさせすぎたかと思ってな。最近、朝も早いだろう? 疲れていないか?」
穏やかに掛けられた声に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……なんで……。こんな可愛げのない私に、そうやって優しくしてくれるの?)
優しくされればされるほど、自分がイヤな人間に思えてしまう。
喉まで出かかった反論の言葉を、だけどリリアンナは口にすることが出来なかった。
ポロリと涙が落ちてしまったから……。
どうしても、ランディリックの前では強くいられない。ウールウォード邸で伯父一家から助けられた時からずっとずっとそう。
ランディリックは静かに歩み寄り、ベッドの縁に腰を下ろす。
その距離の近さに、リリアンナの心臓がどくりと鳴った。
すぐ隣から漂うインクと革の香り――。今の今までランディリックが執務室で事務仕事をこなしていた証拠だ。その匂いが、なんだかとても懐かしく思えてしまうのは、クラリーチェが不在の間、リリアンナがよく書類仕事をこなす彼の横で、勉強を見てもらっていたからだろう。
「リリー」
甘やかな声とともに、頬を伝う涙がそっと拭われた。そうして、労わるようにリリアンナの髪に触れる。
「……頼むから……もう、拗ねてくれるな」
大きな掌が、ためらいを含んでやさしくリリアンナの頭を撫でる。
クラリーチェとランディリックの親し気が姿を見てモヤモヤしていたささくれだった気持ちが、ゆるゆると整えられていくような気がした。
(どうして私……ランディに触れられると、こんなに安心するの?)
答えの出ない問いが、静かな夜の灯に溶けていく。
彼の指先が髪を離れても、ぬくもりだけは、しばらく消えなかった。
「……それと、リリーに話しておかないといけないことがある」
やがて、ランディリックの声が、少しだけ低く落ちた。
その声音に、リリアンナは思わず顔を上げる。
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何いうんだろ。