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「おーい!
こっちにも『ひきわり汁』とやらを一杯!」
「こっちにもくれー!」
あの鉱山攻略から数日後……
私たちは『地上』の公都へ戻ってきて、
宿屋『クラン』で家族で昼食をとっていた。
あのプテラノドンもどきの石蝙蝠を
鉱山から追い出した後―――
非常に魔力の濃い魔石を採掘出来る算段が
出来たのだが、
その魔石の扱いに関しては、魔王・マギア様と
魔界王・フィリシュタさんに一任。
いくらか褒美にと言われたが、最恵国待遇の
相手はユラン国。
これ以上、かの国を差し置いての行動は
避けたかったので……
パック夫妻への『お土産』だけもらってひとまず
公都『ヤマト』へと帰還した。
そして魔界で作った『ひきわり汁』を、
オルディラさんがさっそく広め―――
大流行、というほどではないにしろ、料理の
一品として受け入れられつつあった。
「冷やしうどんやそソバに使った事はあるけど、
これならかなり匂いが抑えられるね」
料理をテーブルの上に置きながら、女将さんである
クレアージュさんが語る。
「しかし、作るのは結構簡単なのに、どうして
これまで黙っていたんだい?」
不思議そうに聞いてくる女将さんに、
妻二人は苦笑しながら、
「忘れてたんだって。
それで、オルディラさんに怒られてた」
「シンは時々、こんな感じで抜けている時が
あるからのう」
「ピュウ」
アジアン系の顔立ちのメルと、対照的に
西洋モデルのような外見のアルテリーゼの
言葉に、私は赤面する。
「あ、シンさん。
ここにいたッスかー」
「メルさん、アルテリーゼさんも
こんにちは」
褐色肌の陽キャ青年と、丸眼鏡の女性―――
レイド・ミリア夫妻が入店し、こちらも手を振って
挨拶を返す。
「こんにちは、寒いですね」
「冬ッスからねー。
あ、女将さん。こっちにも『ひきわり汁』2つ」
「今日の日替わりって何ですか?」
「今日は『騎士セット』だね」
「じゃあそれを―――」
レイド夫妻が慣れた感じで注文する。
ちなみに騎士セットとは、ラーメン・ギョーザ・
チャーハンの中華料理セットの事で……
もともとは普通のセットメニューとして
人気だったのだが、特に王室騎士団や
ワイバーン騎士隊が公都に来た際、そればかり
注文するので―――
いつしかそう呼ばれるようになった。
最も騎士たちはそれプラス、ビールを注文するのが
常だったようだが……
それはセットには組み込まれていない。
「ギルド長の様子はどう?」
メルが不意に彼らに話を向けると、
「あー、ここ数日スゲー上機嫌ッスよ」
「聞けば、魔族の実力者に魔界の魔物と、
立て続けに戦ったとかで―――
本当にもう、あの人は」
呆れか諦めか、ミリアさんがため息をつきつつ
話す。
「ある意味、戦闘狂じゃからのう」
「ピュ~」
アルテリーゼとラッチも同調する。
ジャンさんにしてみれば、体がなまらない程度に
動かしておく必要もあるんだろうけど……
それを差し引いても戦闘大好きアラフィフだしな。
「まあ今回はユラン国のためにした事でも
ありますので……
大目に見てあげてください。
そういえば、新たに来た魔狼たちは
元気ですか?」
(■127話 はじめての くわいこく参照)
彼らは先輩である魔狼や魔狼ライダーに従い、
徐々に生活に慣れていっているらしい。
ただ、まだ人間の姿になった魔狼はいないとの事。
「今のところ問題は無いッスね。
あと、他の魔狼ライダーと同じように、人間を
背負って走る訓練はしているみたいッス」
「後は、児童預かり所や富裕層地区で大人気と
いうか……」
話が妙なところへ飛んだので、私は首を傾げる。
「えーと……??
それは魔狼の子供たちが可愛がられている、
とかで?」
私の聞き返しに、レイド夫妻は微妙な表情になり、
「それもあるッスけど―――
大人の方も人気なんスよ。
魔狼って、小さな馬くらい体が大きく
なるっスよね?」
「ほら、以前ルクレセントさんがいた時……
フェンリルになった彼女と一緒に、子供たちが
よく寝ていたんです。
それで児童預かり所や、富裕層の子息が
添い寝用にと……
あ、もちろんお代は頂いておりますけどね」
あー……と、家族と同時にうなずく。
今は寒いし、大きくて暖かくてもふもふで―――
子守りとしても戦力は申し分ないもんな。
「でもそうなると、児童預かり所や普通の
子供たちは」
貴族やお金持ちの子供しか、魔狼の添い寝が
出来なくなるのでは、と思っていると、
「それは、公都長代理やギルド長と調整
済みッス」
「そもそも、公都の子供たちは全員『ガッコウ』へ
通っておりますから……
今のうちから面通ししておこう、という
上流階級は多いんですよ」
レイド夫妻が話してくれたところによると―――
まず富裕層も貴族も、家族で公都に住んでいる
ケースは少ないとの事だった。
隠居や引退で一線を退いた者が多く、子や孫が
一時的に訪問する事はあっても―――
いずれは王都なり領地に戻ってしまう。
だからその間に、子や孫の助けになるようにと、
公都の子供たちを『引き合わせる』のだという。
また、魔狼はその体の大きさから、子供たちを
一度に四・五人くらい添い寝させられる。
なので子供たちを自分の屋敷で泊めさせ……
親睦を深める事が、ある種のステータスに
なっているのだとか。
「なるほどなるほど。
普段からお手伝いさんや使用人見習いとして、
子供たちを雇っているところもありますが……
寂しいからというだけで呼んでいたわけでは
なかったんですねえ」
私が感心しながら聞いていると、
「イヤーどうだろう」
「見ていると結構……
特定の子供を呼ぶ家って決まっておるような」
「ピュウ」
富裕層地区に住んでいる家族が、苦笑しながら
それに答え、
「そッスね。
『お気に入り』はいると思うッスよ」
「ラッチちゃんやレムちゃんもそうですし―――
魔狼のジーク君や獣人族のナイン君、
人間の子供だとニコやポップ、それにラミア族の
男の子も人気です」
レイド君とミリアさんが補足するように話す。
「ん? ラミア族の男の子?
可愛いとは思うけど、そんなに人気なの?」
でも子供は他にもいるし、特別に人気が出るような
事は……
私が聞き返すと、女性陣が困ったような感じで、
「そりゃーねー。
ホラ、模擬戦でニーフォウルさんが出た時が
あったでしょ」
(■98話 はじめての 3たい1参照)
メルの指摘に、そういえばそんな事も
あったかと思い出す。
「アレで『成長したらこうなります』っていう
見本を見せたようなものですし」
「あと母エイミ殿がのう。
酔った勢いでノロケ話をした事があってな。
それで密かな人気というか、一部熱烈な
愛好家がいるのよ」
レイド君の妻と私の妻の話に頭を抱える。
特にラミア族は男が極端に少ないので―――
トラブルになる予感しかしない。
ただまあ実際に、母エイミさんという人間の女性と
結婚したケースもあるわけだし……
「今どうこう言っても仕方がないですし―――
それにラミア族の男の子も小さいですからね。
あの子たちの年齢を考えますと……
少なくともあと5年は大丈夫でしょう。
これはその時になったら考えますか」
先送りという名の現実逃避で話をシメると、
他の人たちも同意するようにうなずいた。
「すいませんジャンさん。
王都から荷物が届いたと聞いたんですけど」
「おう、こっちで預かっているぜ。
ワイバーン騎士隊の定期連絡と一緒に
運ばれてきたモンだ。
しかし中身は何だ?
こんなクソ寒い中、わざわざ届けてくる
物なんて―――」
アラフィフの白髪交じりの男が、部屋の片隅に
置いた木箱を見ながら話す。
翌日私は、ギルド支部を訪れていた。
ウィンベル王家直属の開発部門から、頼んでいた
物が届いたと連絡が来たからだ。
「服……ッスか?」
「確かこれ、施設整備班用の装備ですよね?
新調したんですか?」
レイド君とミリアさんが、しげしげと眺めながら
感想を口にする。
軍の特殊部隊のような、ゴーグルにマスク。
この世界ではまだ流通の少ないゴム製。
さらに今回は完全空調となっているのだ。
「冷暖房完備のスーツです。
下水道は夏暑く、冬ものすごく冷えるので」
「ン?
でも夏用の空調服ならすでに無かったか?」
ギルド長が聞き返してくるが、
「あれは外からプロペラを回して、中に取り入れる
タイプの物なので……
下水道はその、匂いが」
誰からともなく、『ああ……』という反応が
返ってくる。
「まあそんなわけなので―――
コイツは外に排気する以外、全て中の
魔導具で温度管理出来るようになっています。
温風と冷風の魔導具に、さらに強力な風を出す
魔導具を足して、全体に行き渡らせるように
しているんです。
そしてゴム製の素材には各所に防御魔法を
組み込んだ魔導具を付けてますので……
以前出現したようなスカベンジャースライム
程度なら、ダメージは通しません」
施設整備班の安全を第一に考えて作られたものだ。
おかげで化学防護服レベルになってしまったが……
「しかし、やっぱ高いんスよね?」
「これだけの魔導具と最新鋭の素材―――
しかも王家直属の開発部門が作成……
いったいいくらくらいになるのやら」
その装備を手に取りながら、レイド夫妻が
しみじみと話す。
「えーと……
今日届けられた15着で、この前
ウィンベル王国からもらった報奨金くらい?」
私の言葉に、若い男女がピシッと固まり、
「って事は、1着金貨2千枚くれぇか」
事も無げにジャンさんが返し―――
「げ、下水道整備にそんな高額な装備が……」
「に、2千枚の値段の品なんて、アタシ生まれて
初めて見たかも……アハハ……」
「いや別にそれだけのためでも無いですから!
初期投資でもありますし、これが出来れば
例えば水中とかいろいろと活動範囲がですね」
事実、中で酸素を作り出し、排気弁での循環さえ
うまくいけば……
潜水服にもなり得るのだ。
またそれは、接触感染を完全にシャットアウト
出来るという事でもある。
「王家直属の開発部門が手を貸しているって事は、
それなりにモノになると判断したんだろ」
「そ、そうですよ。
それに量産されれば、値段も落ち着くと
思いますので―――」
フォローに入ってくれるギルド長に私も会わせる。
「それはそうとジャンさん、
魔狼の添い寝サービスについて、公都長代理と
調整してくれたようで、ありがとうございます」
続けて話をそらすため、昨日の話題を振る。
「まあ魔狼たちに取ってもいい稼ぎになるし、
人間との生活に慣れるのにちょうどいいと
思ったからな」
「しかし、『お気に入り』がいるという話は
初めて聞きましたが……
魔狼の子とかラミア族の男の子とか」
すると彼は頭をガシガシとかいて、
「それは仕方ねぇよ。
好みというか、あと付き合いが長い方が
情もわくだろうし。
冒険者だって、依頼者の要望に近い方が
気に入ってもらえるしな。
今やギルやルーチェも、固定客いっぱい
いるんだぜ?」
「そうなんですか?」
その問いに、兄貴・姉貴分である夫妻が、
「あいつらまだまだ若いので、護衛相手の中に
小さな子供がいても、安心して依頼出来るって
評判なんスよ」
「それに、強面の冒険者より若い男女の方が―――
妻子のある人もいますしね」
確かにあの二人なら威圧感は無いし、
実力もシルバークラス。
ファミリー向けなら需要は高いだろうな。
「なるほど。
依頼者の中にも、そういう人気というか、
お気に入りがあるんですね。
……アレ?
そういえばバン君は?
彼、美形ですし相当人気があったと
思うんですけど」
ふと出た私の疑問に、ギルドメンバーの三名は
目を線のように細くして、
「貴族や富裕層は―――
まず避ける人間だな、ありゃ」
「へ?」
ギルド長の言葉に、思わず間の抜けた声を出すと、
「まー、何事にも限界があるって事ッス」
「あれだけモテると、今後絶対に何らかの
トラブルの種になるのが予想出来ますからね。
立場のある貴族階級や上流階級だったら、
面通しの時点ではねられますよ」
確かに、よくバン玉になっている時点で―――
多数の女性に言い寄られているのが確定している。
(※説明しよう。バン玉とは―――
バン君を中心に女の子たちが寄ってたかって
集まり、球形になった状態の事を言うのである!)
どこかの貴族や豪商の娘と結婚するからと
言って、簡単に諦めるような人だけでも無い。
さらに他の貴族との奪い合いに発展すれば……
そんな人材は最初からお断り、という事だろう。
「で、だ。
その装備は中央区画の施設―――
施設整備のトコに送ればいいか?」
「はい、それでお願いします」
ジャンさんに話を元に戻され、一段落したと
思ったその時、
「お、そうだ。
シン、お前さんに手紙が来ていたんだった。
ワイバーン騎士隊がそれと一緒に持って来て
くれたんだが」
ワイバーン騎士隊を使って……?
彼の言う事に思わず軽く身構える。
こう言っては何だが、それを使える人間と
いうのは、結構限られているのだ。
王族か、それとも有力者か―――
ギルド長が差し出した手紙を受け取り、
その場で内容に目を走らせると、
「……う~ん……」
「どうしたッスか?」
「何か、面倒な事でも―――」
私のうなり声に、心配そうにレイド君と
ミリアさんが視線を向ける。
「いえ、まあ……
緊急でも無ければ面倒でも無いのですが。
ちょっと断り辛い事が書かれていまして」
その手紙をそのまま、三人へ見せる。
すると―――
「あ~……」
「こりゃ確かに断れないッスねえ」
「こーゆー事なら、仕方ないですね」
全員が困惑したような、微笑んだような
表情になった。
「王都へ行く?」
「そりゃまた急じゃのう」
「ピュウ」
自宅の屋敷に帰った私は、家族と情報共有する。
施設整備班の装備もそうだが、あの手紙の事だ。
「実は、ヴィンカー・サイリック前大公様から
手紙が来たんだけど」
「??」
「誰であったかのう?」
私の言葉に、妻二人は首を傾げ―――
「まあ、読んでもらえば思い出すかな?
用件はこういう事らしいんだけど」
手紙を広げ、彼女たちの前へ差し出し……
それを一読したメルは、『あー』と、
またある程度人間の文字を読めるようになっていた
アルテリーゼも、『おお』と相槌を打ちながら、
「あの『急進派』のトップかー」
「しかし、内容というのがこれまた……
確かにこれは断れん」
そして同時にラッチの方を見る。
「ピュ?」
ドラゴンの子供は不思議そうな顔をするが―――
実はラッチこそがこの件のメインなのだ。
『急進派』のトップと話を付けるため……
私たちはサイリック前大公様の屋敷へ乗り込んだ
事があるのだが、
(■106話 はじめての しんにゅう参照)
その時に、彼の孫であるヘンリー君とラッチは
出会った。
どうもそれ以来、ラッチに会いたいと
言っていたらしい。
見た感じ四・五才くらいの少年で……
強く要求したり、わがままを言うような事は
無かったようだが、
ただ日に日に元気が無くなっていく孫を見て、
筆を執ったとの事。
公都へ来ればいいのだが、何せ大公家だ。
移動に理由も名分も警護も必要となる。
そこで私たちの方から王都へ来るように、
あの時のようにお忍びで―――
という『命令』だった。
「しかし、これ……
立場が立場だから、命令形になっては
いるけど」
「『お願い! お願いだから!』って、
行間からにじみ出ているよね」
「人間の祖父や祖母は、孫には甘いと
聞いていたが―――
これほどとはのう」
実際、大公クラスが平民を呼びつけるのは、
問答無用でも文句は言えないだろう。
断る選択肢など存在しない。
しかし決められた日付などはなく……
『なる早』という事だけはわかるが、そこは
こちらに合わせるという意思表示でもある。
それだけ見ても破格の譲歩だ。
「まあ、パッと行ってこようか。
アリス様や、サシャさんとジェレミエルさんも
ラッチと会いたがっているだろうし」
「おっけー」
「そうと決まれば手土産も―――」
「ピュッ!」
こうして家族の同意を得て、私は王都行きの
準備を進める事になった。
「おう、久しぶりだなシン。
何かあったのか?」
翌日―――
夕方には王都『フォルロワ』へと到着した
私たちは、
冒険者ギルド本部にて、本部長ライオット……
正体は前国王の兄、ライオネルさんと面会
していた。
「冬のこの時期に珍しいですね」
「移動は大丈夫でしたか?」
金髪を腰まで伸ばした童顔の女性と、
眼鏡をかけたミドルショートの黒髪の秘書風の
人が、二人で抱き合うようにしながら、ラッチを
器用に可愛がる。
「サシャ、ジェレミエル―――
いったんラッチを置け」
白髪交じりのグレーの短髪をかきながら、
上司にあたる彼は注意するも、
「このままでも大丈夫です!」
「どうぞお話を続けてください!」
そう答える二人に、妻たちも苦笑し、
「でね、王都に来た理由なんだけどー、
サイリック前大公様から呼ばれてねー」
「理由はラッチじゃ。
孫のヘンリー少年が会いたがっているんじゃと」
以前、前大公様のお屋敷に『お邪魔』した際、
ラッチにヘンリー様の相手をしてもらい……
疲れて一緒に寝てしまった事などを説明する。
「そりゃあ、また会いたいと思っても
しょうがねぇな」
「でも結構時間が開いているんですよね。
確か会ったのは、もうかれこれ半年以上も
前の事で―――」
「そっか。もうそんなになるのか。
……何か疑問でもあるのか?」
顔に出てしまっていたのか、本部長が聞いてくる。
「あ、いえ……
ヘンリー様ってまだまだ小さい子だったん
ですよね。
小さい生き物や可愛い生き物に会いたい、
触ってみたいというのは普通の欲求だと
思いますが―――
もっと早くそう言い出さなかったのかなあ、と」
要はワガママな年齢でもある。
大人の事情とか、そういう事は考えず……
感情一直線、それが幼子ではないかという
主観があったのだが、
「そりゃ家によるというか―――
たいていの貴族はシツケに厳しいぞ?
あれが気に入った、これが気に食わない、
そう言っただけで褒美や責任問題に飛び火・
発展しちまうんだ。
しかもそれが自分より上の立場だったり
したら……
『知らなかった』は通用しない世界だからな。
甥っ子の息子、ナイアータを見た事があると
思うが、スゲー大人しかっただろ?」
ナイアータ殿下―――
魔力過多という症状もあったのだろうが、確かに
年相応の少年にしては、非常に物静かだった。
上級国民の中でもトップオブトップだし……
教育も厳しいものがあったのだろう。
「なるほど……
だとすると、余計に早く会わせてあげたく
なりますね」
「こっちから連絡するよ。
あっちにも都合があるだろうし―――
ま、今日明日って事はないだろうから、
出来ればその間、また料理指導頼むぜ!」
私たちはその後の事をライさんに任せると、
厨房へ向かい、さっそく『ひきわり汁』を
作る事になった。
「はい?」
「夕方?」
「本当に早いのう」
「ピュッ!」
翌日―――
ギルド本部で朝食を取っていた私たちは、
サイリック前大公様から返事が来たと
聞かされた。
「ほんの身内だけで会ってくれる場を
用意するとよ。
同席するのはヘンリー君とその両親、祖父である
前大公だけだ」
半ば呆れながら、ライさんが説明してくれた。
お迎えの馬車は冒険者ギルド本部まで来るらしい。
「何かもー、待ち構えていたって感じですね」
「まあいいんじゃないですか?
ヘンリー様も会いたがっているでしょうし」
ラッチの両隣りに座るようにして、サシャさん・
ジェレミエルさんがお世話をしながら話す。
確かにドラゴンの機動力を知っていれば―――
否定は出来ないんだよな。
それに大公家からの招聘だ。
恐らくは、ワイバーン騎士隊に手紙を持たせた
時から、スタンバイしていてもおかしくはない。
こうして私たちは、サイリック大公家から
お迎えが来るのを待つ事になった。
「おお!
『万能冒険者』か!
よくぞ来た!」
夕方とはいえ冬、すっかり暗くなった頃、
私たちは王城近くにある貴族街の一角……
大公家の屋敷へと到着した。
門からすぐに、七十過ぎと思われる―――
見知った老人が早足でやって来て、
「お久しぶりです、サイリック前大公様」
「ははは、話は後だ!
ヘンリーにその子を会わせてやってくれ」
「ピュウ」
ラッチを見ると、すぐに方向を変えて
門の方へと足を進める。
さすがに老人一人ではなく、警備兵や執事・
メイドらしき付き人がいたが、
「どうした?」
「ち、父上!」
「ヘンリーが……」
何やら門に入った辺りで―――
恐らくヘンリー様の両親であろう、金に近い
黄色の短髪をした紳士と、銀と金の間のような
長髪を持つ女性が、前大公様にすがるようにして、
「な、なんじゃと?」
そのただならぬ気配に私たちも駆け寄り、
「どうかしましたか?」
私の声に三人は振り返って、
「シ、シン殿ですか?
私はサイリック大公家現当主、
シュヴァン・サイリックです」
「シュヴァンが妻、マルテです。
初めまして―――」
やや焦りながらも、礼儀正しくサイリック夫妻は
あいさつし、
「冒険者ギルド所属、シルバークラス、
シンです」
「同じく妻、メルです」
「同じくアルテリーゼ、こちらがラッチじゃ」
家族も一通りあいさつすると、
「それであの、何か―――」
すると前大公の老人が代表するように、
「きょ、今日は身内だけでと考えて、
離れを用意し……
その周囲を警備用の魔導具で固めるよう
言っておったのだが、
先にヘンリーが離れに行ってしまい―――
何が原因か知らんが、魔導具が作動して
しまったのじゃ」
話を聞くに、離れでラッチに出会う場を用意し、
そこに至るまでの各所は魔導具による警備体制を
敷いたらしいのだが、
ヘンリー様が先にそちらへ行った後、
魔導具が起動。
警戒態勢となり、彼は閉じ込められ……
さらにこちら側からも救出に行けない状態に
なってしまったという。
恐らくは、室内にある魔導具の制御用の道具に
ヘンリー様が触れてしまったのだろう、と。
「あ、あの子は―――
ドラゴンの子供に会える事を、とても
楽しみにしておりましたから」
「やっと『ラッチちゃんに会える!』って、
喜んでましたのに……!」
夫妻が嘆く横で、祖父は使用人や兵士を捕まえて、
「ど、どうにかならんのか?」
「う、内側から魔導具を起動させた場合―――
外側からでは」
「かなり高価な魔導具を数十以上配置して
おりますゆえ、解除には時間が。
それも専門家が来てからでないと……」
そこでメルがポン、と前大公のおじいちゃんの
肩を叩いて、
「魔導具ですよね?
それを何とかすればいいんですよね?」
「そ、そうだが」
今度はアルテリーゼが、もう片方の肩に
手を置いて、
「ならば我らに任せるがよい。
のう、旦那様?」
そこで彼は、以前この屋敷に私たちが侵入した際、
魔導具やトラップが全く役に立たなかった事を
思い出したのか、
「わ、わかった……
シン殿に全てお任せする!
どうかヘンリーを頼む!」
そして私たちは、その『離れ』へと向けて
歩きだした。
「……魔力で作動する、警報やトラップなど、
・・・・・
あり得ない」
そこは離れとはいえ、同じ建物内にあるようで……
長い廊下を歩きながら、『無効化』させつつ進む。
そして『何事も無く』、廊下の一番奥まで来ると、
大きな扉に突き当たり―――
当然の事ながら、これも魔導具でロックされていて、
「魔力で、扉にカギをかけるなど―――
・・・・・
あり得ない」
私のその言葉と共にガチャッ、とロックが外され、
「だ、誰……?」
父親似であろう、薄い黄色の短髪をした少年が
弱々しい声で答える。
閉じ込められてしまった事がわかったのか、
顔は泣き腫らしたように少しむくんでいて、
「あーあー、可愛い顔が台無しだよ?」
「ラッチが助けに来てくれたのだ、
しっかりせい」
「ラッチ……?」
妻二人の、女性の姿が見えてホッとしたのか、
落ち着いた声が返ってくる。
「ピュイッ!」
ドラゴンの子供が少年に飛び付くように
その胸に飛び込むと、彼はそれを抱きしめ、
「あー!
ラッチちゃんだー!!」
そこでラッチを抱擁させたまま落ち着くまで、
しばらく待つ事にした。
「……落ち着いた?」
「は、はい」
5分もすると、やっと冷静さを取り戻したのか、
ラッチを離さないままだが会話は可能となる。
「ぼ、僕が多分ヘンなところを動かして
しまったので……
魔導具が反応してしまったのだと思います。
大変ご迷惑をおかけしました」
五才くらいの子供にしては非常にていねいな
対応で、正直にこちらに詫びて来て、
「父上と母上……
おじい様もきっと怒っているでしょうね」
しゅんとするヘンリー様を見て、妻二人が
私の方へと振り向き、
「ねーねーシン。
いっそもうアレやってもらっちゃえば?」
「そうだのう。
アレを見たら、怒るどころではなくなる
だろうて」
「あ、アレ持ってきているの?
じゃあ、やっちゃって」
私たちの会話に、彼はきょとんとするが―――
「え? あ、あの?
きゃっ!?」
メルとアルテリーゼはそのまま実行に入った。
「ま、魔導具が反応しないという事は……」
「お義父様!
もう突入してもよろしいのでは!?」
シュヴァン・マルテ現当主夫妻が、
待機しながらやきもきするが、
「シン殿に任せておけば大丈夫だ。
うかつに動いてはならん。
信じて待ちなさい……!」
それを前大公が制し、ただ長い廊下の先を見守る。
警備兵や使用人たちも不安そうにその場で
佇んでいるが、その時彼らの誰かが、
「あ、あれを!」
その声に、廊下の奥から数名が姿を現した事に
全員が気付く。
「シ、シン殿!!」
まず私と妻二人に気付き、サイリック前大公様が
口を開くが、
「あ、あの」
「ヘンリーはどこに!?」
そこで私たちの後ろ、足元から―――
少年がおずおずと出てくる。
「え……?」
「ヘ、ヘンリー……?」
ラッチを抱きながら、てってって、という
感じで両親へと近付き、
「あ、あの……
ご、ごめんなさい……」
「ピュ~……」
しかしその姿を見て、大公家の一行は目を
丸くしていた。
なぜならヘンリー様は―――
ドラゴンのように角のある着ぐるみをかぶり、
また背中には翼、そしてお尻にシッポを
取り付け……
コスプレした状態になっていたから。
実はハロウィンの協力を取り付けるために、
手土産として持って来ていたのだが、
この機会に利用させてもらったのである。
「……か……」
「?? な、何ですか母上?」
母親である彼女は、しばらく顔の前に両手を
付けるようにして固まっていたが、
「可愛いぃいいいいいっ!!」
マルテ様がヘンリー様を抱き締めると
同時に―――
他のメイドや女性陣が、二人(&ラッチ)を
取り囲んだ。