テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
―――王都・フォルロワ。
王城近くにある貴族街の一角……
さらに中心部ともいえる大公家の屋敷。
そこの一室で、薄黄色の短髪の子供―――
五歳くらいの少年が、角やシッポ、翼を付けた
着ぐるみを着て……
その胸には中型犬くらいのドラゴンの子供を抱き、
「と、とりっく・おあ・とりーと!
お菓子をくれなきゃ、イタズラ、するぞっ」
「ピュー!!」
元気よく声を出す一人と一ドラゴン。
それを見ていた少年の両親と思われる、
身分の高そうな両親と祖父が、
「うーん。
お前はどう思う? マルテ」
「ヘンリーの可愛さは完璧ですわっ」
アラサーの、ゴールドに近い黄色の短髪をした
夫と、まだ十代後半に見える金銀の長髪をした
妻が語り合う。
そこで、七十代と思われる、頭頂部以外はすっかり
白髪に包まれた祖父が、
「シン殿の奥様方は、どう見られますかな?」
同じ黒髪を持つ、メルとアルテリーゼは
『う~ん』とうなり、
「まだまだカタい感じですかね?」
「いやいや。
元気はあるし、それでいて恥じらいが
少し残っているというのも」
次いで、後ろにいるメイドや侍女たちが、
「そこですよアルテリーゼ様!
それは譲れない魅力でございます!」
「後はヘンリー様が格好に合わせられて、
『ぎゃおー』とか『がおー』とか言って
頂ければ!」
奇妙な熱気を使用人の女性陣が放ち―――
男性陣はとがめようにもとがめられない空気が
形成されていた。
それを見て、当のヘンリーはラッチと共に
困惑した表情でいたが、
「あれ? この匂いは……」
「ピュー?」
子供たちの声と共に、大人たちもそちらへと
振り向く。
そこには、配膳カートを押して来る使用人たちと、
それに混じって―――
「お待たせしました」
彼らが『万能冒険者』と呼ぶ人物が、一緒に
料理を運んで来た。
「ほう、これが豆から出来ているという……」
「優しい味ですのね」
サイリック大公家の現当主夫妻が、味噌汁を
口に運び、
「こちらはチーズと言ったか。
これは酒にも合いそうだ」
カッテージチーズもどきを口にしながら、
前大公様がそれをゆっくりと味わう。
そしてテーブルの中央では―――
「はいラッチ様、あ~ん♪」
「ヘンリー様も遠慮なく、あ~ん♪」
メイドや侍女に囲まれ、少年とドラゴンの子供が、
次々と料理を口に運ばれていた。
「ピュウ~♪」
「むぅ」
大喜びのラッチとは対照的に、ヘンリー様は
やや不満顔ながらそれを頬張る。
子供たちに用意したのは―――
ハンバーグを筆頭に、唐揚げやフライ。
フルーツサラダも盛りだくさんだ。
妻たちに、大公家の接待を任せた後……
私は厨房へと入り、料理を作らせてもらって
いたのである。
幸いだったのは、料理人の中に公都『ヤマト』で
修行してきた人がいた事。
彼は私の事を覚えていて、『師匠ー!!』と
叫んだ後、快く協力してくれた。
大人の方々には、老齢の前大公様もいる事を
考え―――
魚のつくねや魚介類を中心にした、ミソスープを
メインにしてある。
やがて一通り食べ終わり、誰からともなく
『ふう』と食休みに入ろうとした時……
「お待たせいたしました。デザートです」
と、新たにプリンを始め、生クリームを使った
フルーツ系のスイーツが運ばれ……
「わあっ!」
「ピュー!」
ヘンリー様とラッチの前に置かれると、彼らは
目を輝かせ、
それらを味わいながら、大公家に『本題』である
頼み事を切り出す事にした。
「フム、フム。
なるほど、あれは『はろうぃん』という
お祭りのものであったか。
公都『ヤマト』でそういう事が行われた、
という話は聞いておったが」
まだ着ぐるみ姿のヘンリー様を見ながら、
サイリック前大公様はうなずく。
「ええ。公都ではすでに、お試しとして
やってみたのですが―――
なかなか好評でした。
ハーピーやラミア族、獣人族を始め、
魔狼やワイバーン、精霊様、ゴーレムも
加わって……
本当にお祭り騒ぎでしたよ」
興味深そうに、シュヴァン様とマルテ様も
相槌を打つ。
「当然、ラッチも加わりましたけどね」
「亜人も人間も他種族も―――
子供はみな、変わらぬもの。
すごく可愛かったぞ」
メルとアルテリーゼも補足するように語る。
「他の種族も、あのような格好を?」
現当主様がたずね、
「そうですね。
翼の無い種族は翼を、シッポの無い子は
シッポを、角の無い子は……
という具合に、うまく仮装しておりました」
「あの、あの子―――
ラッチちゃんは?
『はろうぃん』ではどのような格好を」
彼の妻が続いて質問する。
「ラッチはラミア族のように、ヘビのシッポを
模した袋を履いて、誰かに抱いてもらって
いました。
ハーピーの子もそうしていましたね。
彼女たちは空を飛べるので」
主筋と使用人と言わず、周囲から感心するような
声が上がる。
「そこでですね、是非王都でもこのお祭りを
やりたいと思っていまして。
大勢の方がいいと思いますので、出来れば
児童預かり所の子供たちも参加させて……
と考えております」
本題とは、これだ。
『ハロウィン』を大々的に導入する際の、
協力要請。
大公家の頼みを聞く事に乗じて、自分たちの
希望も聞いてもらう。
それが今回の王都訪問の目的でもあった。
「そういう事であれば―――
サイリック大公家としても、協力させて
もらう事にやぶさかではないが。
しかし、ワシはもう隠居の身。
シュヴァンの言う事に従うだけだ」
ヴィンカー様は、現当主に話を振る。
「ずるいですよ、父上。
あんなヘンリーを見て、断れるわけ
ないじゃないですか」
「そうですよ、お義父様!」
夫妻で、前大公の言う事を了承し、
「それは助かりました。
実は、公都でも各種族の代表班みたいなものを
作りまして―――
要所要所を回ってもらったのです。
王都では、人間の代表として……
ぜひともヘンリー様にそれをお願いしようかと」
私の言葉に呼応するように、女性陣がどよめき、
「その時はまたラッチと一緒だねー。
ドラゴンの子供って、今のところラッチしか
いないしー」
「ウチの子をよろしく頼むぞ、ヘンリー君」
「ピュッピュ!」
そしてどこからともなく拍手が起こり……
ヘンリー様はやや照れながらうなずいた。
「あのう、そういえばラッチちゃんって
男の子なんでしょうか?
それとも女の子ですか?」
少年がおずおずと、母親であるアルテリーゼに
質問すると、
「すまぬが、まだわからぬのだ。
ドラゴンはある程度大きくなるまで、
親にもその性別は見分けられん。
今の『ラッチ』という名前も、暫定的に
つけてもらっただけでのう」
彼女の言葉に、シュヴァン様・マルテ様は、
「それは残念ですな」
「もし女の子でしたら―――
ぜひともヘンリーのお嫁さんに欲しかったの
ですが」
みんなで笑い合うが、私とメルは少し表情が
固くなってしまった。
大公家が望むという事は、平民であれば
逆らえず、それは命令に等しい。
その空気を察したのか、前大公様の老人は
片手を振って、
「ああ、ただの戯れと思うてくれ。
あまりに仲良く見えたので、つい口に出して
しまっただけだろう。
そもそも、ドラゴンに対して強制など
出来まいて」
現当主は失言と気付いたのかうつむく。
しかし―――
「えぇえ~!?
だってだって、こんなに可愛いんですのよ!
きっと女の子に決まってますわ!
そしてアルテリーゼ様のように美人になるに
決まっています!
今から手を打っておかないと、きっと絶対
盗られてしまいますぅ!!」
マルテ夫人がくねくねしながら、その場の空気を
クラッシュする。
このままではヤバい、と思っていると、
「ほう、マルテ殿は話がわかるのう。
しかしながら、どうしても今の段階では
男女の区別は出来ないのじゃ。
わからない時点で何を言っても、どうしようも
ないであろう?」
なだめるようにアルテリーゼがフォローに入る。
そこで全員がホッと胸を撫で下ろすが、
「でしたら! でしたら!
女の子だったら! 女の子だったら!!」
なおも食い付く彼女に周囲は『あちゃー……』
という雰囲気になる。
半分本気、半分暴走といった具合だ。
多分周りが見えていないな、コレは。
「風精霊様の事といい、何か最近、こういう
トラブルが多いような……」
私が額に手を当ててこぼすと、話の方向を変える
ためか、ヴィンカー前大公様がすがるように
食い付いてきて、
「え、ええとシン殿―――
その風精霊様のトラブルというのは?」
「公都でのお話ですな?
いったい何があったのでしょう」
息子であるシュヴァン様もその流れに乗っかる。
「あー、アレね。
今チエゴ国から預かっている留学生の
子供たちがいるんですけど―――
その中の1人にノルト様っていう男子が
いたんですが、その母親が風精霊様に
『ウチの子なんてどうかしら?』って、
聞いてしまったんです」
「で、当人はどうも乗り気のようなのじゃが……
現時点で風精霊様の性別が不明なのだ。
まあ誓約を交わしたわけでもなし―――
跡継ぎの件もあるので、頭を痛めておってな」
(■123話 はじめての まかいおう
■130話 はじめての まかい参照)
二人の妻の説明に……
ようやく少しばかりクールダウンしてきた
マルテ夫人が、
「それは……
見た目でわからないのでしょうか?」
するとメルとアルテリーゼは『んー』『ううむ』
とうなり、
「顔がすっごくキレイな子で―――
何も言われなければ、女の子であると
誰も疑わないでしょうね」
「ただ『ハロウィン』の時……
自ら進んで化粧しておったと聞いて
おるしのう」
そこで私たち一家以外が首を傾げ、
「化粧とな?」
「仮装だけではないのですか?」
父と息子がほとんど同時に質問を重ね、
「あー、仮装にはいくつか種類がありまして、
『他の種族を格好をする』の他に―――
『男女逆転』のようなものもあるんです。
男の子は女の子のような格好を、
女の子は男の子のような……
それで風精霊様は女の子のような格好を
望んだので」
そこまで説明したところで―――
いつの間にかマルテ夫人を始めとした、
サイリック大公家の女性陣が距離を
詰めてきていて、
「その話―――」
「詳しくお聞かせ願えますでしょうか?」
私と家族はそのプレッシャーに負け、
可能な限り情報を提供する事になった。
「その、すまぬな」
「公都からわざわざ来て頂いたというのに、
とんだ失礼を」
一時間ほどして、大公家の屋敷の門で、
ヴィンカー様とシュヴァン様が私たちに
頭を下げていた。
結局、あの後……
一通りの説明を終えると―――
『ではそちらの方の練習も!!』
そう言われてヘンリー様は、母親のマルテ様を
始めとした女性陣に連れ去られ……
大公家の父子と男性陣だけが、お見送りに
来たのであった。
「妻やメイドたちには―――
後で厳しく注意しておきますので」
現当主様が視線を下げながら話すが、
「あ、それは止めた方がいいと思います。
身分問わず、女性の集団を敵に回すのは
得策とは思えません」
「元はと言えば、つい口を滑らせてしまった
我らが悪いでのう」
「ピュ~……」
家族の執り成しに、『ううむ』『むむぅ』と
両腕を組んで悩む男性陣。
しかしあのおかげで、ラッチの婚約がうやむやに
なったのも事実だし……
「ええと、それよりも―――
ヘンリー様をどこかのタイミングで、
救出した方がいいのでは……」
場を和ませるために私がそう切り出すと、
「そ、そうだな」
「ではシン殿、お気を付けて。
失礼いたします」
私たち家族も頭を下げ……
こうして大公家と別れ、ギルド本部へ向かう
事になった。
「ラッチ~♪
それとお久しぶりです、シン殿!」
肩上まで伸ばしたショートカットのブラウンの
髪をなびかせ、二十代半ばの女性がラッチを
奪い取るように抱きしめる。
「ア、アリス様!
申し訳ございません、シンさん」
もう一人、以前会った時よりも背が伸びた印象の
銀髪の少年―――
ニコル・グレイスがいた。
「ニコル様。
もう別に私の事はさん付けで呼ばなくても。
すでにグレイス伯爵家の人間なのですから」
「そういうわけにはいきません!
シンさんは、わたしとアリス様、そして
ドーン伯爵家、グレイス伯爵家の恩人でも
ございますので―――
わたしが王都ワイバーン騎士隊の共同訓練に
加われたのも、シンさんのお力添えがあって
こそ……!」
私たちが本部に帰還したところ、アリス様、
ニコル様、この二人が待ち構えており―――
応接室で落ち着いて話を聞く事になったのだが、
「えーと、確かそちらは」
「リーフ・グレイス伯爵家当主……
で良かったかの?」
妻たちの視線の先には、ダークブラウンの長髪の、
三十代と思われる細身の女性がいた。
「はい。その節は大変お世話になりました」
その佇まいは決して高飛車ではなく、それでいて
気高く―――
持って生まれた気品というのを実感させる。
「3人で来てくださったんですか?
わざわざ冒険者ギルドまで……」
同じ王都内に住んでいるとはいえ、王都とて
とても広い。
そこまで足を運んでくれた事に思わず
恐縮していると、
「ここへ来たのは……そうですね。
1つはラッチちゃんの顔を見る事と」
ラッチはすでに寝入っており―――
リーフ様は、アリス様が抱いているドラゴンの
子供の鼻先を、指で軽く触れ、
「もう1つは、冒険者ギルドへの依頼があって
来たのです」
あれ?
もしかしてこれ、依頼を受ける流れ?
と思っていると―――
「別に緊急の案件ではありませんので、
ご心配なく。
もともと、近日中に依頼は出す予定
でしたので」
見透かすように、伯爵家当主は淡々と語る。
「でも、確かに……
シン殿にお任せ出来れば、それが一番安心
ですけど」
「アリス様―――
否定はしませんが、その」
夫婦予定の男女が希望を口にし、
「どんな依頼?
内容によっては、別に受けても
いいんじゃないの?」
「そう難しいものでも無いのであろう?
聞かせてもらえぬか?」
メルとアルテリーゼがこちらの方を向いて、
私に促す。
「まあ、そうですね。
良ければお聞かせ願えますか?」
そこでリーフ様が、依頼の内容を語り始めた。
「綿花をもう領地で栽培していたのですか」
「ええ。
あれはとても将来性があります。
幸い、グレイス家の領地は王都の東に
隣接しておりますので―――
立地的にも良い条件だと思いまして」
確かに王都相手にはいい商売となるだろう。
ただ綿花は大量に水を必要とする。
私が扱っている物は、基本的に全て情報公開
しているが……
難易度の高い物もあり、その注意点が守られない・
クリアー出来ない限りは渡さない場合もある。
その点はドーン伯爵様か―――
御用商人のカーマンさんに選定させていたのだが、
「水魔法の使い手を大量に雇用しましたからね。
本格的な生産は春になってからですが」
「ニコルと一緒に栽培場所を探しましたし、
秋の終わりには収穫に成功したのもあるんです」
ニコル様とアリス様が、興奮気味に話す。
「は、早いですね。
公都でも最初の収穫は、秋の初め頃だと
思いましたが」
するとリーフ様は微笑み、
「3日と空けず、ドーン伯爵家と公都とは
連絡を取り合っておりますゆえ。
『ひきわり汁』でしたっけ?
あれも大変美味しかったですわ」
「ふおお」
「何と抜け目のない」
そういえばグレイス伯爵家って、王都でも
相当影響力のある名家なんだっけ。
それなりの諜報機関を持っていて当たり前か。
そして三日と空けず、という事は……
レイド君のような、身体強化か何かで
移動速度アップの出来る人間を有している、
という事なのだろう。
「しかし、それなら調査依頼なんて
出さなくても」
そう、リーフ様の依頼とは―――
東の領地のとある調査だったのである。
それだけの諜報能力があるのなら、
冒険者ギルドに頼まなくても、と思ったのだが、
「それが―――
今回ばかりは、ちょっと毛色の違うものでして。
新たに作られた綿花畑の近くで、人か獣かも
わからない、不審な影を見たとの噂が……
グレイス家に取っては重要な新規産業、
しかし噂だけで調査というのも、という事で、
その場合は冒険者ギルドへ依頼するケースが
よくあるんですよ」
そこでアリス様もコホン、と咳払いし、
「これが他家が絡んでいるのであれば、
こちらも『手の者』を出しますけど―――
魔物か獣という可能性もありますからね。
言い方は何ですが、事前情報の収集も兼ねて、
という依頼は結構あります」
なるほど……
確かにそれなら冒険者の方が適正だ。
それに諜報機関というのは秘密であり、
切り札でもある。
そうやすやすと使えない、手の内を晒したくない、
という事情もあるだろう。
「その綿花畑までは遠いんでしょうか?」
「いえ、王都のすぐ東ですし……
馬であれば数時間で行ける距離です」
私はメル・アルテリーゼと視線を合わせ、
「アルちゃんならひとっ飛び?」
「まあ確かに、我ならばすぐだが」
私たちの会話を聞いて、リーフ様はさすがに
おずおずと片手を挙げ―――
「あの、本当に引き受けて頂いても
よろしいのですか?」
私はコクリとうなずくと、
「綿花畑が絡んでいるのであれば、
無関係というわけでもありませんし……
それに恐らく公都以外では、初の成功例
ですからね。
不安要素があるのなら、この目で見ておいた
方がいいです」
すると今度は、グレイス家側の三人が互いに
顔を見合わせ……
「わかりました。
依頼を指名依頼に変更させてもらいます。
シン殿に奥方、よろしくお願いします」
こうして私たちは―――
グレイス伯爵領へ向かう事になった。
「おう、シン。
話は聞いたぜ。
しかし、本当に顔が広いな。
まぁ俺でも確かにお前さんに頼むわ」
翌朝―――
ライさんがその白髪混じりの髪をいじりながら、
依頼書を渡してきた。
「では―――」
「ラッチちゃんは」
「わたしたちにお任せを!」
金髪を腰まで伸ばした童顔の女性・サシャさんと
ミドルショートの黒髪の眼鏡の女性・
ジェレミエルさんが―――
ラッチを中心にアリス様と一緒に見送りに来て、
「では、お願いいたします」
「よろしくお願いします!」
リーフ様とあいさつを交わし……
私とメル・アルテリーゼはニコル様に案内役として
同行してもらい、冒険者ギルド本部を後にした。
「本当に速いですね……
もうグレイス伯爵領に入りましたよ。
わたしもワイバーンに乗ってくる事が出来たら
良かったんですけど」
ニコル様が『乗客箱』の中から窓の外を見ながら、
独り言のようにつぶやく。
王都のワイバーン兼ドラゴンの発着場から
飛び立った私たちは、15分くらい後には
現地上空へと到着していた。
「ワイバーンは騎士隊の所属ですからね。
そうおいそれとは使わせてもらえないでしょう」
ニコル様は希少な範囲索敵の使い手。
レイド君と同様、空からの索敵が行えるよう、
騎士隊との共同訓練がすでに行われているのは
聞いていた。
だからと言って―――
超が付くほど貴重なワイバーンを私用で貸して
もらえるかどうは話が別だ。
いくら伯爵家とはいえ、出来る事と出来ない事が
あるのだ。
『ではそろそろ着陸してよいか?』
アルテリーゼが伝声管越しに聞いてくる。
「うん。ドラゴンが飛んでくるとさすがに、
不審な影が人間であっても魔物であっても、
警戒されそうだし。
この辺りで降りてくれ」
私の答えと共に、『乗客箱』は下降を始めた。
「初めまして。
グレイス伯爵家からの依頼で参りました、
冒険者ギルド所属シルバークラス、シンです」
「同じくシルバークラスでシンの妻、メルです」
「同じくアルテリーゼじゃ」
『乗客箱』を置いた場所から三十分ほど歩き、
問題の綿花畑に到着すると―――
まず現地で警備責任者であろう、四十代くらいの
男性と面通しする。
「これはごていねいに……
わたくしは、ここ一帯の警備を担当して
おります、ラザロと言います」
「それでラザロさん。
不審な影、というのはどの辺に?」
ニコル様が彼に質問すると困ったような顔になり、
「いや、それが―――
わたくしは見てないんですよ。
ただ、見たって言う連中は、あちらの雑木林で
見かけたと……」
恐らく、ラザロさん自身半信半疑なのだろう。
聞かれても困る、という感じか。
目の前の綿花畑と思われるスペースは、さすがに
葉も無く―――
近くには畑のために伐採したのか、一直線に
境界を整えられた、林のような木々も見える。
多分そこが彼の言っていた雑木林か。
「取り敢えずまあ、見てみない事には
始まらないよね?」
「そうじゃのう。
まずは現地調査じゃ」
妻二人に、ラザロさんは片手の手の平を
彼女たちに向けて、
「一応、ここでは危険な魔物や動物が出たという
話は聞きませんが―――
気を付けてください」
まあそれはそうだろうな。
そんな場所に新興産業を割り当てるはずも無いし。
そこでニコル様が、何かに神経を集中させるように
両目を閉じ……
「確かに、何体か気配は感じます。
ただ動きが妙ですし、敵であるかどうかまでは」
彼は希少な範囲索敵の使い手だ。
どうやら、何かがいるのは確定らしい。
「そ、それはどういう―――」
「魔力から、人間ではなさそうですが……
動きもそれほど素早いというわけでは
ないですし」
警備担当者が動揺しながら聞き返すと、
ニコル様も悩みながら返す。
「まあ、取り敢えず見てきますよ。
そのために来たんですから」
「えっと、じゃあお願いします」
彼が頭をペコリと下げ、とにかく
私とメル、アルテリーゼの三人で……
雑木林へと向かう事にした。
「うわ、歩き辛いね」
「魔物どころか、これでは動物すら移動は
容易ではあるまい」
入ってすぐ、獣道すら見当たらないその
うっそうとした茂みに、進行を阻まれる。
「でも不審な影が見えたという事は―――
それなりに背丈があると思うんだよなあ。
それにニコル様が探知したという事は、
幽霊やオバケじゃないと思うけど」
と、私が話している途中で……
二人の妻が私の両腕にしがみつく。
そうだった、彼女たちはこの手の話は
ダメだったのだ。
そこで木々が擦れるような音がして、
いっそう二人のしがみつく力が増し、
「ひっ!?」
「何じゃ!?」
怯える妻たちの前に、さっそく音の正体が
姿を現した。
「キシャアァアアッ!!」
「クエェエエエッ!!」
葉を放射状に鳥のクチバシのようにさせた、異形の
植物タイプのモンスターが、威嚇するようにその口を
大きく開ける。
それが複数、こちらを取り囲むようにして―――
しばらくその異形の魔物と対峙していたが、
「……なーんだ、食人植物の亜種か」
「おどかすでないわ、まったく」
ホッとした表情を見せるメルとアルテリーゼに、
「……ギ?」
「……シャー?」
食人植物も戸惑った声を上げる。
よく観察すると、彼らはその根を足のように
動かし、移動してきたようだ。
反応からして、いきなり襲い掛かってくる事は
無さそうだが……
これも依頼、一応『無害化』はしておくか。
「根で体を支え、自立移動で歩く―――
そんな植物など、
・・・・・
あり得ない」
そう私がつぶやくと、
「クエェーッ!?」
「キ、キシャアアッ!!」
その場から動けなくなり、自身に起きている
異常事態に、異形の植物たちが悲鳴にも似た
声を上げる。
脱力したように、両腕に相当する枝葉を
ダランと下げ、小刻みに震えて―――
「これで解決……でいいのかな?」
妻二人に確認するように聞くと、
「こうなったら殺すまではしないでいいよね。
動けないんなら、近付かなければいいだけだし」
「そうだのう。
後は他にもいないか、少し探し回って―――」
と、林の奥から……
ザザザザザザッ、と何かが急接近する音が聞こえ、
「シン!」
「油断するでない!」
メルとアルテリーゼが警戒を促し、私も身構える。
「#▲※○%×$☆~!!」
聞き取れないが、何やら女の子の叫び声のような
ものが聞こえ、
臨戦態勢を取る私たちの前に、『それ』は
姿を現す。
「☆♭*!:□&○%$■!!
◎&@□!%△#%ー!!」
「えーと……」
「女の子……かな?」
「性別はそうじゃが」
ポカンとする私たちの前で、なおも『彼女』は
大声を上げ続けるが―――
その姿形は、上半身こそ茶色のロングカールの
少女だが、下半身は植物の花の異形であった。
該当する知識の中で言うのならアルラウネ……
彼女は、私が無害化させた植物たちの前に、
まるで守るように立ちはだかって両手を広げ、
「%×$☆☆♭*!
#▲※○◎&@□ー!!」
目に涙をいっぱい溜めて怒るように声を上げ続け、
その対応に四苦八苦する事になった。