テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#怪異
耐え内
233
#怪異
阿炎快空
123
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
歌にとって、綾乃は大切な友達だ。
だからこそ、最近付き合い方に悩んでいるのもまた事実である。そもそも、彼女の自己顕示欲が人一倍強いことも、少し気難しい人であることも最初からわかっていた上で一緒にいたのだから。
『あ、すごい!絵を描くの、得意なんだね!』
新学期が始まってすぐのこと。綾乃に声をかけたのは、歌の方からだった。
綾乃の絵は、いわゆる美術の授業でウケるような写実的なものではない。いわゆる、漫画のイラストに近いものだった。お姫様が王子様たちに囲まれて、お花を持って微笑んでいる絵。
可愛らしいと思うと同時に、羨ましいと思ったものである。今は少しマシになったと信じたいが、少なくとも新学期が始まってすぐの歌の絵は――相当ひどいものであったのだから。
『そ、その。私もお絵かきが好きなんだけど……この通り、全然上手じゃなくて。漫研に入っても全然上達する気配がなくて。……絵を描く方法、教えてくれないかな』
『……いいけど、別に』
『やったあ!ありがとう!あ、綾乃ちゃんって、下の名前で呼んでもいい?』
『いいわよ。好きにしたら』
将来は、漫画家になりたい。自分が考える世界を漫画で表現して、発表できるようになりたい。そんな気持ちこそあったものの、自分に画才がないことは理解している。せめて、見る人がストーリーを追いかける気になる程度の最低限の画力だけでも身に着けたい。そう思った時、見つけたのが綾乃だったのである。
あわよくば絵を教えてほしい、という下心が満載だった。きっと、綾乃にもそれは見抜かれていたことだろう。
それでも彼女は、歌を邪見に扱うことはしなかった。彼女が絵を描いている時、細かな質問をしても怒るどころか、いろいろな解説をしてくれたのだった。
『綾乃ちゃんは、お姫様と王子様が好きなんだね。何かモデルがいるの?』
ある日そう尋ねると、綾乃は少し視線をさ迷わせて――笑わないでくれる?と言ってきた。普段の気の強い彼女らしからぬ、弱弱しい口調で。
『……お姫様は、あたし。……空想の世界でだけ、あたしは……理想のあたしになれるから』
『空想の世界で、だけ?』
『自分が全然かわいくないってこと、わかってんの。太ってるし、顔も丸くて二重顎だし、髪の毛もぼさぼさだしそばかすだらけだし……鼻も潰れて、眼も小さいし。でも、空想の中だけでは、あたしは世界最高の美女になって、お姫様で、あらゆる王子様に愛してもらえる。……子供の頃からずっと、そういう夢を見て来たの。子供っぽいってわかってても、ずっと』
『子供っぽくないよ。誰だって、理想の自分を想像するっていうのはやることだと思うけどな』
『そうかしら』
『そうだよ!』
笑うはずがない。女の子らしい、なんとも可愛い願望ではないか。
そして歌自身も、その手の妄想ならいくらでもする。そう、漫画家になりたいからこその、妄想が。
『私もね、妄想の中では売れっ子漫画家になってるんだー』
両手を広げて、夢を語る。自分の画力でこのような話とは思うが、綾乃なら笑わないで聞いてくれると確信していたのだ。
『週刊少年ナックルに連載してね、アニメ化されてね、映画化もされてね。連載も長期間になって、たくさんファンレターが来て、みんなが感動して泣いてくれて……みたいなのをついつい妄想しちゃうんだよね。今の私のヘタすぎる絵でそういう夢見てるなんて、はっずかしいなって思うんだけど』
『……別に、いいと思うけど』
『え、そう?』
『夢を見るのは、自由でしょ。それに……あんたは、あたしの夢を笑わないでくれたわ。だったらあたしだって……あんたの夢を、認めたい、というか、その……』
彼女はごにょごにょと続けた。
『あたしも漫画家になりたい気持ちはあるの。あたし、絵だけは誰にも負けないって自信あるから。けど……あたしはきっと無理。人の言う通りに作品を書くなんてできる自信ないもの。誰にも命令されたくない。仕事になったら、きっとそういうわけにはいかない。うまくいかなくなって、挫折するくらいなら……最初から目指すべきじゃないって思っちゃう。だから……あんたが代わりに漫画家目指すっていうなら。お、応援してあげてもいいけど』
『ほんと!?』
多分あれは。素直になれない綾乃なりの、精一杯の好意だったのだろう。
『じゃ、じゃあ……綾乃ちゃん、私に絵、教えてくれないかな!?私も、綾乃ちゃんみたいな可愛い絵、描けるようになりたいの!でもって私も、綾乃ちゃんの夢応援するね。一緒に頑張ろうね!大丈夫、私にとっては、綾乃ちゃんはもう十分素敵な女の子だから!』
『も、もう……』
お世辞はやめてよね、なんて言いながら。それでも綾乃は笑っていた。最近見かけるそれとは違う。冬香が死んだ時に笑っていたのとは全然違う――誰かの不幸を喜ぶのではなく、自分の幸せと誰かの幸せを想える、そんな笑顔で。
歌が好きなのは、そんな綾乃の笑顔のはずだった。その笑顔を、ずっとそばで守り続けていけたらと思っていたのに。一体、どこでそれが狂ってしまったのだろう。
綾乃にとって、絵というものがどれほど心のよりどころであるかは知っていたはずだった。自分の容姿にも、運動神経にも、成績にも自信がない。そんな少女が唯一人に自慢できるものが絵だということは、歌もよくわかっていたのである。でも。
写生会で、楓の絵が選ばれたのは必然だっただろう。歌の眼から見ても明らかだった。というか、綾乃の画風はイラスト向きで、美術向きではないのだ。どうしてもポップな絵柄になってしまい、リアリティから離れてしまう。美術の先生に受けるタイプではないだろう。
もっと言うと、きちんと美術部でデッサンを学んだ楓の画力はやっぱり頭ひとつ抜けている。正直、クラスのほとんどの者が納得していたはずだ。うちのクラスで選ばれるのは、楓以外にあり得ないと。
でも。
『何調子乗ってんの?ばっかみたい。エコヒイキで選ばれただけのくせに!』
綾乃だけはどうしても認められることではなかったのだろう。
『あたしの方がずっと上手いのにあんたが選ばれた理由なんて一つしかないでしょ。あんたの見た目が、先生たちの好みだったのね。もしかして、校長先生相手に枕営業でもしたわけえ?』
一体何を言い出すのか、とぎょっとさせられた。あまりの言いように、歌も固まってしまい、その後の対応が遅れたのである。
『そ、そんなこと、するわけ、な……』
『ふん、どーだか。ジョシコーコーセーに興奮するオッサンって昔からいるみたいだし?』
『ふ、ふざけないでください!わかっていますか!?貴女のその発言は、校長先生への侮辱ですよ!?私に対して文句があるならそれも結構です。でも、先生方を侮辱する発言は看過できません。取り消して下さい!』
しかもまさか、あの大人しい楓が、自分が貶められたことではなく先生たちの名誉を穢されたことで激怒するとは。人は見た目によらないものである。否、心優しい彼女だからこそ、そのような風評被害は許すことができなかったのだろう。
その直後、綾乃が楓の絵を破ってしまったこともあり、事態は到底収拾つかないものとなってしまった。歌が後悔したのは言うまでもない。どうして自分は、そうなる前に綾乃を止めることができなかったのか。
彼女がコンプレックスの塊であることは、最初からわかっていた。
人のミスをすぐ上げ連ねるのは、自分が足を引っ張った事実を隠すため。そして、惨めな自分を誤魔化すため。いつも、自分より下の存在がいると信じていなければ誰かに攻撃されそうで、マウントを取られそうで恐ろしいため。――実際は、クラスで良い目立ち方をすることのない綾乃相手にマウントを取ろうとする人間さえいない、という現実にも彼女は気づいていない。
その上で、絵だけは一番になれると、誰もから賞賛される結果になると信じてきたのだろう。それだけが彼女の誇りであり、拠り所だったのだろう。その絵で、元々好きではなかったであろう楓相手に負けてしまったのだ。みんなに認められる美少女とその画才に嫉妬して、あの場でそれが爆発してしまったのではなかろうか。
しかし、画力で負けたのを認めたくないからといって、人の作品を破るなんて。しかも、枕営業なんて、ありもしない汚名を彼女と先生にふっかけるなんて。いくらなんでも、あんまりすぎるではないか。
『綾乃ちゃん、落ち着いてよ!あんなことしちゃ駄目だよ!一生懸命描いた、綾乃ちゃんの作品の名誉も貶めちゃってるよ……!』
あの事件のあと、どうにか歌も説得はしたのである。すると、彼女も少しは反省したそぶりを見せた。
どうしても、彼女の中で“楓が枕営業した”事実は覆らないらしい。そうでなければ自分が負けるはずがないと本気で信じているらしい。それでもまだ、この時は少しは歌の言葉が届いたのである。冷静さを失っていた事実を認めた。そして。
『……もう少し、うまくやればよかったわ。……騒ぎにして、ごめんなさい』
一番反省してほしいのはそこではなかったが。それでも、この時の彼女はまだ、歌相手とはいえ謝罪できるだけの力があったのだ。でも。
楓の絵を破った綾乃が、代わりに選ばれることなどありえない。
ライバルがいなくなった結果、自分こそが揺るがないトップになったと信じていた少女は――その現実に怒り狂った。今度こそ、蓮見楓が己を“逆恨み”して、先生達に体を使ってたらしこみ、綾乃の絵を選ばれないように仕向けたと信じてしまったのである。
写生会の絵の選考そのものに、執着していたわけではないのだろう。ただ、唯一トップになれるはずの絵で誰にも認められなくなった事実を、どうしても彼女は受け止められなかったのだろう。
その結果。綾乃はとんでもない犯罪に走ってしまうことになる。
『見て見て、歌!あのクソ女に罰を下してやったわ!このはっずかしい姿、最高でしょ!!』
『え、え……?』
綾乃が嬉々として見せて来た、楓の写真。それは全裸で床に座らされた楓が、泣きながら自慰行為をしているものだった。
きっと快楽なんてないのだろう。細かな指示もされたのかもしれない。女の子の大切な場所に指を三本も入れさせられた少女は、歯を食いしばって涙をこぼしていた。そんな彼女の羞恥と苦痛に満ちた顔を、濡れた下半身を、何枚も何枚も綾乃は写真に収めていたのである。
それは自分の性的欲求のためではなく、ひたすら相手の尊厳を破壊し、貶めるための行為。
女の子同士だから、本番がないからなんて関係ない。綾乃が楓にやった行為は、レイプにも等しい卑劣なものだった。でも。
『この写真をネットにばらまくって言ったから、あいつももうあたしに逆らえないでしょ!これであたしも安心して眠れるわー』
本当に。
ああ本当にどこで、歯車は狂ってしまったのだろうか。
自分がもっとちゃんと彼女を止められていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
コメント
1件
うわあ……第14話、重すぎる……😭💔 歌と綾乃の出会いのシーン、すっごくほっこりしたのに、今の展開を知ると切なすぎるよ…。特に「空想の自分」の話、すごく綾乃の心の内が伝わってきて、胸がギュッてなった。でもその後、楓さんへの仕打ちがレイプ級だし、もう戻れない感じがして辛い……。どこで歯車が狂ったんだろうね、本当に。歌の「止められなかった」って後悔がひしひし伝わってきた……😢