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これまで、ずっと不安だった。何かの間違いであってくれれば、と。
だが現実はそうもいかない。クレイ・アルニムはもはや人々の英雄ではなく、悪辣で凄惨な邪悪へ変わってしまった。自分の目的の為なら、他人の命など、どうとも思わない。いや、思わなくなった。それが残念でならなかった。
「……ヒルデガルド、ボクも味方だからね」
「ありがとう、イーリス。それだけで頼もしいよ」
聞くべき話を聞き終えた二人は、そろそろ行こう、とシャロムに別れを告げる。いつまでも傷ついて疲れている彼を引き留めるのも申し訳なかった。気にする必要はないと言われても、そうもいかないのが人情だ。
『また会おう。俺はしばらく、本格的に姿を隠す』
「ああ、いずれ。君とは、もっとゆっくり話したいものだ」
別れを惜しみつつ言葉を交わしてポータルを開き、イルネスとアーネストの待つ森の外へ出た。ようやく相手の動きもハッキリと分かった部分があり、安堵して次の計画を立てられる。
「歩いたりしたから、すこし腹が減ったな」
「うん。ミモネさんの作ったお弁当、楽しみだなあ」
そんな二人の鼻腔をくすぐる料理の良い匂い。彼女たちの期待とは裏腹に、目の前では空っぽの弁当箱を積んだイルネスが、満足そうに横になっている姿だけが映った。
「……おい。いったいそこで何をしている」
「おお、血を吐いたもんで体力を戻すのに、先に食うたぞ!」
「食べるのは構わない。──私たちの分は?」
睨まれて、あっ、と頓狂な声を出して目を逸らす。
「し、仕方ないじゃろ……。体調が悪かったんじゃから」
「わかった、もういい。百歩譲ってそれは理解しよう。だが、」
矛先は傍で座って気配を消そうとしていたアーネストに向く。
「……! ち、違う、俺は止めたぞ!」
「すぐにバレる嘘を吐くな。頬の食べクズはなんだ?」
「なっ……いや、確かに取ったはず……」
「ああ、綺麗に取れてるよ。何もついてないからな」
はったりだ。アーネストは両手で顔を覆って耳まで真っ赤にする。
「すまん、つい良い匂いに誘われて」
「だからボクたちの分まで食べちゃったと……」
「良いではないか、ぬしらはケチじゃのう」
堂々とした態度のイルネスの顔を、ヒルデガルドはがっちりと掴んで、わざわざ身体強化の魔法まで使って思いきり締め付けた。
「あだだだだ! 悪かった、儂が悪かった!」
「最初から素直に謝っておけ。危うく殺すところだった」
「く、食いもんの恨みが恐ろしすぎるじゃろ……」
締め上げられた顔をさすりながら、ぽろっと涙をこぼす。
「自業自得だ。こっちは楽しみにしていたのに」
「反省しておる。……それはともかく、シャロムとは何を?」
空腹を感じて苛立ちつつ、ヒルデガルドは座って話す。
「ちょっとした忠告を受けたくらいだ。二か月後、奴が首都を襲撃するというのは事実らしい。私は、そのときに決着をつけようと思っている」
彼女の考えに、アーネストが異を唱えた。
「待ってくれ。首都襲撃の鐘とは、クレイ・アルニムと夢魔のデミゴッドによるものだろう? 事前に対抗策を練れるよう、国王陛下や魔塔のカトリナにも事前に伝えておくべき話なんじゃないか。いきなりでは被害が出かねない」
しかし、ヒルデガルドはかぶりを振って返す。
「それが出来るなら私も選んだが、クレイの所在が分からない以上は下手な行動には出られない。飛空艇が不時着してから、私たちの行動は夢魔のデミゴッドによって筒抜けだった。今は問題ないとシゃロムはいったが、それは私たちが此処にいるあいだの話に過ぎない。情報が漏れる危険は背負うべきではないだろう」
襲撃計画を知っている者が数人いて、予定通りに行われたほうが被害は抑えられる。だが、先にクレイが気付いてしまえば水の泡だ。時期が分からなくなれば、突然の襲撃で自分たちも対処に追われることになるリスクを避けたかった。
そう言われてアーネストも納得せざるを得ない。そもそも、『クレイが狂って首都へデミゴッドと襲撃を仕掛ける』など、いくら大賢者の言葉であっても簡単には信じてもらえないだろう。飛空艇でも、実際に襲って来たのはワイバーンやコボルトたちに加え、アバドンという一体のデミゴッドのみ。
肝心なクレイに関する証拠は何もないのだから。
「下手に騒ぎになっちゃえば、逆にボクたちがおかしいと言われかねないかもよ。だから、今回は……うん、飛空艇でのことを思えば辛いところはあるけど、一度泳がせる必要がある。被害は最小限に、だよね?」
「ああ、私たちにできる最善を尽くす。それ以外にない」
そこでイルネスがぱん、と手を叩く。
「では本格的な計画について話そうではないか。ヒルデガルドはともかく、ぬしら二人は、はっきりいって戦力外。雑魚も甚だしいじゃろう」
アーネストもイーリスも返す言葉がない。手加減してくれるヒルデガルドにも、まったく歯が立たないのだから、クレイはおろか夢魔のデミゴッドでさえ、手も足も出ない現状には、うーん、と唸ってしかめっ面をするだけだ。
「そこで、じゃ。アーネストはまあ、ヒルデガルドの言うように身体強化の魔法さえ体得すれば劇的に変化はするはずじゃ。ゆえにイーリス、問題はぬしじゃのう。才能はあるが経験が圧倒的に足りぬ。それで昨晩も話したんじゃが」
満腹で気分のいいイルネスは立ち上がって、どんと胸を張った。
「儂がぬしを徹底的にいじめてやる。光栄に思うが良い!」