翌日。
僕は授業のノートは一応とりながら意識は上の空だった。
そして気がつく頃には、陽が傾き、帰りのホームルームが終わりクラスメイトたちが帰路に着く時間になっていた。
友達と放課後遊ぶ約束をしたり、恋人と帰ったり、みんなで笑いあったり。
そんな青春の1ページのような光景を横目で見る。
実にくだらない。
でも、ふと思う。
僕もなにかが違えば周りのような輪の中に自分も入れていたのではないか、と。
「はっ」
慌ててぶんぶんと首を横に振った。
普段の僕ならこんなこと、絶対に思わないはずだ。
自分は、どうしてしまったのだろう。
心臓の音がうるさい。
まるで自分のではないみたいだ。
「お〜い。大丈夫か?顔色悪いぞ?」
顔を上げると、いつも話かけてくる彼が目の前にいた。
「わっ!びっくりした」
「すまん、ぼーっとしてるからどうしたんかなーって思ってさ」
あははと愛嬌良く笑い、こちらをうかがうように見てくる彼。
「帰んねーの?」
「…………。帰るけど…」
すぐには言葉が出てこなかった。気まずく目を逸らす僕に、彼はニカっと笑いかけてきた。
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ!」
*******
結局黙ってとぼとぼ歩く僕に、彼が後ろからついてくる格好となった。
「お前さ、なんか悩んでんだろ」
彼はそう切り出してきた。
「別になにも……」
ボソッと言うと、僕は少し早歩きをした。
もしかしたら、昨日のことを彼は勘づいているのではないかと思ったからだ。
「ふ〜ん?ホント?」
疑うようにジロジロを見つめられ、身をすくめる。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
「オレさ、兄貴がいるんだよね」
「…そう」
沈黙を破ってきたのは、やはり彼からだった。
「まあ聞けよ」
「オレの兄貴はオレと違って、頭よくて親父と同じ警察官になりたいって夢を持ってたんだ」
「?ふーん」
いきなり過去の回想みたいな話をしてくる彼。
「まあ、今兄貴はここら辺で一番の高校に行ってるんだけどさ」
「オレはそんな兄貴と比べられて、いつも親に言われてたよ。なんでお兄ちゃんは勉強ができるのに、お前はできないんだって」
彼は明後日の方向を向いて、言った。
この人は、何を言いたいのだろう。
「ずっと比べられてきたけど、兄貴のことを一度だって恨んだり憎んだりはしなかった。逆に、その努力してる姿を見て、オレももっと勉強しようと思うようになったんだ!」
「は、はあ」
あまりにぐいぐいくるせいで、意図が全然わからない。
「だから…」
「オレが言いたいことは1つ!気に病むな!以上!」
「ん?」
気に病むな?どういうことだろう。
「え、あれ、今日返されたテストの点数が悪かったから暗い顔してたんじゃねぇの?」
「………」
「ふ、ふふ」
何故か、不思議と口元が緩んだ。
「あはははは!」
彼はきょとんとした顔で僕を見ていたが、やがてなにかを察したのか恥ずかしそうに手で顔を覆っていた。
それから僕たちは他愛のない話をして分かれ道でさよならをした。
「遅かったね」
ベンチに座っている彼女は少し不機嫌そうに僕を手招きした。
「すみませんね」
僕は隣の空いてる空間に腰を下ろした。
ここからは、僕と彼女の時間だ。