テラーノベル
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「どっせーーーーーいッ!」
「お姉ちゃん!女子がそんな掛け声だめぇ!?」
「ふんす!!ふんす!!」
「鼻息まで!?」
私のドラゴン・スクリューがベヒーモス型モンスターを地面に叩きつける。
モンスターはピクリとも動かなくなった。
「ふぅ。もうこの辺のモンスターも余裕ですね」
パンパン、と手の埃を払う。
……ちょっと拳が痛い。
最近、モンスターの皮膚が硬くなってきてる気がする。
ハンドクリーム欲しい。
「……お姉ちゃん……強すぎない……?」
隣でエストが目を見開いている。
レベル上げを開始してから数日、エストと私は順調にレベルが上がっていた。
*
「〜♪」
帰り道。
となりを歩くエストが、ずっとニコニコしているのに気づいた。
「……なに? 気持ち悪いくらいニヤけてるけど、どうしました?」
そう聞くと、エストはちょっと恥ずかしそうに笑って、でもちゃんと答えた。
「えへへ……
こうしてお姉ちゃんと一緒に歩くの、なんだかすごく楽しくて……」
そして、恥ずかしそうにうつむいた。
「……ずっとひとりだったから、こういうのって、初めてなんだ」
……その言葉を聞いて、私は少しだけ足を止めた。
そうか。
この子は、何年間もひとりぼっちだったんだっけ。
一緒に歩く。
それだけのことが、こんなに嬉しいのか。
「……ふーん。そうなんだ」
私の返しはぶっきらぼうで、ちょっと投げやりだったけど──
心の中じゃ、なぜか悪くなかった。
いや、むしろ……ちょっとだけ、嬉しかった。
誰かと一緒にいるのが楽しいなんて、言われたのなんて初めてだし。
(……やめやめ。感傷は太るわ)
そう思いながら、私はわざと早足になってエストを引き離す。
「あ! お姉ちゃん待ってよー!」
後ろから走ってくる足音に、つい口元が緩んだ。
「ふふ」
ほんと、しょうがない魔王様だわ。
好きなだけ一緒に居てあげるっつーの。
(……この子が嬉しそうだと、こっちまで調子狂う)
*
翌日。
今日も、レベル上げに出発しようとしたとき。
私はずっと抱えていた疑問を、思い切ってエストにぶつけた。
「エスト様、質問宜しいでしょうか?」
「うん、いいよー」
そう言うとエストはココアを口に含む。
「あの……私……
モンスターを全て素手で倒してますが……その……武器とかないんか?
ここはブラック企業なんか?……おぉ?」
私は地団駄を踏みながら問い詰めた。
昨日のベヒーモス、実はちょっと突き指しかけたのよ。
労災よ労災。
「……ファッ!?」
その表情から『た、たしかに!』という無言の声が聞こえた。
「まさか、忘れてた!とか、その発想は無かった!とか……言わないよね?」
満面の笑み(圧)で詰め寄る。
「……」
カチャカチャ……。
マグカップが小刻みに震える。
「ご、ごめーんね。忘れてた。てへぺろ」
「は?」
私の怒髪が天を突いた。
今まで素手で戦わされていたのである。
福利厚生どうなってんの魔王軍。
「こ、こっちに武器庫があるから、好きなの選ぶと良いよ」
「ほーん……」
*
エストに案内され、私たちは魔王の間の奥、武器庫へと入った。
高級そうな武器や防具がズラリ。まるでRPGのラスダン前。
その奥。
ひときわ目立つ台座に──光り輝く剣。
「へー。なんかこの剣だけ特別っぽいね」
「あ、それ?
勇者にしか抜けないって言われてる、超レアな──」
スポッ。
──抜けた。
……視線が絡む。
空気が止まる──。
「あッ?」
「あッ?」
なぜ抜けたかは知らん。勢い。反射。ノリと筋肉の勝利。
聖剣が眩い光を放ち、私の手に納まった瞬間──
──世界が止まった。
\\ペカーーーーーッ☆//
──…………は?
荘厳なBGM。キラキラ演出。
見たことないUIが目の前にチラつく。
一瞬だけ、空気が静まる。
「えっ……えっ!? それって!? 勇者にしか……」
「えっ……えっ!?」
ドン!!
私は地面を踏み鳴らした。全力の”逆ギレフェイズ”に突入。
「聞いて!!
私、ただの一般的な鬼!! 健康的な一般の鬼!!!」
「じゃ、じゃあなんで抜け──」
その時──ムダ様の言葉が過った。
『俺が鍛えたのか!? それとも筋肉が俺を鍛えているのか!? 答えはYESだッ!!』
……え。どっち?
……え?
いや……”YES”って何に??
……待って……”どっちも”ってこと?
つまり──相互鍛錬!?
バチィィン!!
筋肉が私を鍛える!
私が筋肉を鍛える!
……観測者と被観測体の関係が逆転してるッ!!
これよ……これが”筋肉相対性理論”……ッ!!!
アインシュタイン……あなたの時代は終わった……!!
──筋肉が時空を歪ませる!!
「そう! これは筋肉相対性理論よ!!」
私は両手を広げて宣言した。
「は? 筋肉相対性理論?」
エストが首を傾げる。
「そうよ! 第一に筋肉は極限まで鍛えられると、筋肉の周りの時空が歪むの!」
必死にポーズを決めながら説明!
「E=mc²のcは光速だけど、筋肉の場合はE=mm²! mはマッスル!!」
私は指で空中に文字を書く。
「それ、意味わからないよ……?」
エストが眉をひそめる。
「わかるのよ!
筋肉が光速に近づくと質量が無限大になって、重力場が発生するの!」
さらに腕をぐるぐる回して!
「その重力場が聖剣の魔法的ロックシステムを物理的に歪めて、
認証をバイパスしたのよ!!」
私は拳を握って力説する。
「重力で魔法が歪むの……?」
エストが不安そうに聞く。
「当然よ!
アインシュタインも知らなかった筋肉重力理論よ!!
筋肉は時空を歪める!
だから聖剣が『あ、この人すごい筋肉だから抜いていいや』って勘違いしたの!!」
私は胸を張って断言した。
「勘違い……?」
エストが小さく呟く。
「そうよ!
聖剣のAIが筋肉の重力場を勇者の聖なる力と誤認識したのよ!!
つまり、これは物理現象!
科学的事故!
筋肉による時空の歪み!!」
「でも光ってるよ!?」
エストが聖剣を指さす。
「それは『マッスル・ドップラー効果』よ!!」
私は即座に返した。
「マッスル……?」
「筋肉の収縮速度が音速を超えると、
周囲の光の波長が圧縮されて黄金に輝くの。
夕日が赤いのと同じ原理よ!!」
私は腕をブンブン振り回して残像を作る。
「えええ……夕日と同じなの……?」
エストが混乱している。畳み掛けるなら今だ。
「当然よ。夕日は筋肉でできてるから」
エストが真剣な顔でメモ帳を取り出した。
「ゆう、ひ、は、きん、にく……」
(ちょ、書かないで!? 後で検証されたら終わる!)
「そ、それにエスト様、あなたは『シュレーディンガーのマッスル』を知らないの?」
「シュレーディンガーの……マッスル?」
「そう!箱の中のマッスルが生きてるか死んでるか分からないように、
私の上腕二頭筋が『喜んでる』か『喜んでない』かは、観測するまで決定しないの!」
「箱の中のマッスル……?」
私は聖剣を掲げる。
「聖剣が私を観測した瞬間、あまりの筋肉量に確率の波が収束して、
『勇者(物理)っぽくね?』という解が出力されたのよ!!」
「物理……?」
「そう、物理!
魔法判定じゃない、物理判定の勇者!
だからセーフ!!」
私は一歩前に出る。
「お姉ちゃん……さっきから何を言ってるの……?」
エストが目を丸くする。
「マッスルクラークの第一法則よ!!」
私は胸を張る。
「誰よマッスルクラークって!?」
「筋肉物理学の父よ! 『十分に発達した筋肉は魔法と区別がつかない』!!」
私は腕を組んで断言した。
──私は静かに剣を掲げた。
「エスト様。”勇者”ってのはな……称号じゃない。生き様なんだよォ!!」
(……うん。今、自分が一番勇者みたいな顔してんな。笑える)
\\ペカーーーーーッ☆//
「また光ったァァァ!?」
エストが目を見開く。
「だまらっしゃい!!
筋肉の重力場がまた歪んだだけよ!!」
私は剣を振る。何度も何度も振る。
「時空の歪みで光が屈折してるの!!
これも相対性理論!!」
──私は震える手で剣をそっと台座に戻した。
光はスッと消えた。
「……エスト様。
エクスカリバーは最初からずっと台座にあった。いいね?」
私は笑顔のまま、目だけ笑わなかった。
「え……?」
「……よし。はい、次の武器選びましょうか」
私はそのまま話を進めた。反論は受け付けない。
「う、うん……?」
エストが戸惑いながら頷く。
(よし、筋肉相対性理論で逃げ切った……!)
……静寂。
──私が安堵したその時!
ズギィィィィィィィン!!!!!
重厚なオーケストラ×パイプオルガン×滅亡系コーラス。
小娘の両目が紅く輝き、宙にふわりと浮かび上がる。
足元に広がる巨大な魔紋。空気が振動し、空間が軋む。
ズゴゴゴゴゴゴ……!!
「またこれぇぇぇ!?!?!?」
『勇者敵意反応──検出』
『自動起動:超特攻《奈落穿つ咎の瞳》』
『……』
『却下:かわいい優先』
『《キューティー☆エリミネーション》起動』
「前回はプリティー☆エリミネーションだったけど!?」
『……。』
『黙れ。仕様変更:名前かわいい方が強い理論』
「こわッ!?」
『対象選定中──』
考えるより先にダッシュ!!
からの!!
即座にダイブ──エストの前に飛び込み全力で叫んだ。
「違う! 違う! 違う!──違うのおおおおおッ!!」
『敵意評価──継続中』
『対象詳細スキャン──』
「さっきの! アレは! 筋肉相対性理論!」
「筋肉は”重力を歪ませる”。」
「歪んだ重力が”勇者圧”に誤認識される!」
「剣のAIが”勇者キター!”って勘違い! 敵意ゼロ! ラブ100!!」
「さらにシュレーディンガーのマッスル理論により、今の私は勇者と鬼の重ね合わせ状態!!
観測次第でどっちにもなる!!」
一瞬、空間の魔力の色が揺れる。
(……今、自分で言ってて恥ずかしいわ)
『敵意評価:ゼロ』
『主張:筋肉重力場説──物理的根拠:不明(筋肉)』
『識別:≠勇者 → 筋肉バカ(重度)』
『付記:ナニイッテンダコイツ』
「誰が筋肉バカじゃい!!!!」
『発動条件未達──スキルキャンセル』
光がすぅっと引いて、エストはふわりと地面に降り立った。
瞳の赤も消え──静寂。
その時である。
──ぺったん ぺったん ずんどこどーん♪
【サクラのレベルが140に上がりました】
【新スキル《神眼》を習得】
(……え?)
【解説:聖剣エクスカリバーには“未使用経験値”が蓄積されていました】
【条件達成につき──一括解放】
「ガチャの天井報酬みたいな感じ!? なんかごめん!!」
(つづく)
◇◇◇
──グレート・ムダ様語録:今週の心の支え──
『俺が鍛えたのか!? それとも筋肉が俺を鍛えているのか!? 答えはYESだッ!!』
解説:
質問に答える必要はない。
なぜなら、答えはすでに筋肉の中にあるからだ。
“俺が鍛えた”と考えるうちは未熟。
“筋肉に鍛えられている”と思うのも慢心。
そして”どっちもありえる”と気づいた時──もう何の話をしていたのか分からなくなる。
それが悟り。
ちなみに記者が「つまりどっちですか?」と聞いたところ、
ムダ様は静かに答えた。
「……YESだ」
そして去った。
答えは未だに分かっていない。