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屋上から戻ったその日の夕方。校舎内は薄暗くなりかけていた。
教室の窓際には誰もいない。
遥は一人、昇降口の前に立ち尽くしていた。鞄は持っていない。
その手には、スマートフォンが握られている。
画面には、見覚えのないアカウントが投稿した画像。
そこには──
遥が俯いて、日下部に肩を支えられている写真が、歪んだコメントと共に貼られていた。
《まじで気持ち悪いんだけど》
《あれ、女だったら完全にアウトだよな》
《担任もグルじゃね》
──それは、あの日の廊下。遥の足元がふらついて、日下部が一瞬だけ支えた、ただそれだけの場面。
でも、その一瞬だけを切り取った画は、あまりにも“それらしく”見えた。
光の加減。角度。キャプション。
「見たいように見せる」ための、完璧な仕上げ。
吐き気がする。
でも、何も吐けない。
遥の手が震える。画面を閉じようとして、できない。
「本当のこと」が、どこにもない。
でも「嘘」が、“事実”の顔をして、周囲に浸透していく。
──それを消す手段が、どこにもない。
「……っざけんな」
喉奥から、初めて声にならない声が漏れる。
その夜、日下部からの連絡はなかった。
いつもなら、何も言わずに「明日、また」と視線を送るだけなのに──
この日だけは、それさえもなかった。
遥の頭には、一つの考えが浮かんでいた。
(……日下部、何かされたのか?)
誰かに呼び出されたか、脅されたか。
「離れろ」と言われたのかもしれない。
(そりゃ、そうだ。……俺に関わったら、壊される)
思考がぐるぐる回る。
“守りたかった”ものが、今度は自分のせいで壊れていく。
──その夜、遥は眠れなかった。
翌朝、教室の雰囲気は完全に変わっていた。
遥が教室に入った瞬間、全員の会話が一瞬止まった。
まるで“何かのきっかけ”を待っていたように。
視線は直接は来ない。でも、感じる。空気が重い。
席に向かおうとしたそのとき──
「おい、あいつマジで来たぞ」
「……やば、普通来れる?あの状態で」
「てか、日下部は?今日来てない?」
遥の歩みが止まる。
──日下部の席、空いていた。
胸の奥に、冷たいものが流れ込む。
何かが、崩れかけていた。
そのとき、誰かがわざとらしく声を上げた。
「ねぇ、昨日のやつ見た?屋上の写真も出てるよ?」
──屋上。
遥はその瞬間、自分の足元がひどくぐらつくのを感じた。
まさか──
屋上にも、誰かいた?
(……俺が……)
遥は何も言えず、ただ机に向かって歩く。
何かを振り払うように。
でも──席に座るその背に、
「“わざと支えさせた”って話、マジなの?」
という一言が、突き刺さった。
──そのとき、遥の中で何かが崩れた。
音はしない。声も出ない。
ただ、心の奥底で──
誰かを、守ろうとしていた“その感情”が、
静かに、深く、ひび割れていった。