コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ところでさ、手紙には氾濫の事は書いてなかったの?」
「手紙の後に事件が起こったらしいのよ。運が良いのか悪いのか……」
聞き込みをしたところ、丁度パフィが手紙を受け取った日に事件は起きていた。その翌日にラスィーテに来た事で、調査はまだ始まっていないという事態でもあった。
分かっているのは、『大アメでもないのに突然、川が氾濫した』『氾濫によって橋が壊れ、行き来が出来ない』という事だけ。
「どうするし? このままじゃムーファンタウンのパフィの家に行くことは出来ないし」
「大事件だから、この事はパパもママも知ってると思うのよ。待っててもいいんだけど、手伝った方が早く行けるのよ。何もできなくても情報は入るのよ」
「それじゃ、シーカーの支部に行こっか」
ラスィーテ出身の者が、別リージョンでシーカーをやっているご時世である。交流のあるリージョンには支部や中継拠点などが設けられ、その場で処理する場合もあれば、本部を介して各支部からも人員募集したり、緊急時には応援を要請したりすることもある。そういう役割もあって、情報が入りやすいのである。
一同は、情報や川を渡る手段がないか確かめる為、リージョンシーカーのシュクル支部へと向かった。
「──山頂の悪魔の仕業じゃないかって、噂が流れてるらしいのよ」
「うわ、最悪だし……」
受付で話を聞いてきたパフィが、アリエッタと一緒に待っていた2人に、簡単に説明した。
ラスィーテの事をあまり知らないミューゼは首を傾げた。
「悪魔?」
「そういえばミューゼは知らないのよ。このラスィーテには太った人を攫って食べる悪魔がいるのよ」
「えっと……なにそれ? おとぎ話か何か?」
「実話なのよ。毎年3人以上は犠牲になってるのよ」
パフィは座って落ち着けるカフェで、ミューゼにラスィーテの悪魔に関する話を聞かせた。
岩でも食べられるこのリージョンでは、食べ過ぎて太ると悪魔がどこからかやってきて、攫われてしまうという。そして丸焼きにされて食べられるという伝説がある。
悪魔がどこからやって来るのかは定かではないが、ラスィーテには人が立ち入れない場所がいくつもあるという。
今回氾濫したアリクルリバーの上流となっている、リエージュマウンテンの山頂もその1つだった。
「……あたし、ちょっとダイエットしたくなってきた」
「どんだけ食べてたし」
話を聞いて怖くなったミューゼは、思わずお腹を押さえた。ずっとアリエッタと一緒に食べ歩きしていたのである。
「だって~、このリージョンの食べ物が美味しいのが悪いのっ。こんなの食べちゃうよ……」
「我慢すればいいのよ」
「うっ…がんばる……」
なんとも弱気なミューゼ。甘くて美味しい物には逆らえない様子。
その隣ではアリエッタが、何故か木を模したロールケーキを模写している。
(この造形力、きっとここはお菓子の国なんだな? 今のうちに沢山スケッチして、みゅーぜ達とのお土産話にするぞ。ぴあーにゃ喜んでくれるかな)
絵を描く道具を得て数日。アリエッタは日常の為に1つの答えを出していた。
(言葉がなければ、絵で語ればいいじゃない!)
ある意味、開き直りである。
ラスィーテに来て、初めて行動に移してみたが、ミューゼ達は何も言わずにアリエッタの行動に付き合う……というよりも、あらゆる行動を観察している。
「アリエッタは何してるし?」
「たぶん……ケーキの絵を描いてるのよ。こんな事は初めてなのよ」
「うぅ……目の前にあるのに食べられない……」
観察の為とはいえ、目の前に置かれている餌に喰らいつけずに、涙するミューゼ。そんな姿に呆れて、クリムが軽くチョップした。
通りすがりの人々も、何をしているのか気になって、足を止める人がチラホラ。色が変わるアリエッタの髪の毛に、驚く者もいた。
やがてアリエッタの手が止まり、筆をお出かけ用に買ってもらったポーチに入れて、絵を描いた紙をミューゼに渡す。
「みゅーぜ」
「出来たの? どれどれー……うぅっ!? 美味しそう……」
ミューゼが絵を見て涎を垂らした。
「どんな感じだし?」
「私も見るのよ……うわぁ、本物みたいなのよ」
パフィとクリムも絵を見て、実物と比べ、食べる気は無いのに生唾を飲み込んでしまう。
その様子を見て、背後から声がかかった。
「すみません、先程から気になってたんですが、見せてもらえますか?」
いつの間にか、パフィ達の後ろにはちょっとした人の集まりが出来ていた。
アリエッタの観察に気を取られていた3人は驚き、顔を合わせて相談開始。
「うっかりしてたのよ……」
「どうしよう?」
「見せるくらいなら良いし? 渡さなきゃいいし」
軽い打ち合わせで、アリエッタの絵は見せても渡さないという方針に決定した。
それを話しかけてきた男性に伝え、すぐに絵を片付けられるミューゼが絵を持ち、パフィが横で警戒する。
「ほぉぉ……まるで本物……これが絵ですか? 信じられない……」
「あの女の子がこれを描いたのかい? すごいねぇ」
「売って欲しいが……そうか駄目か」
周囲に何をしているのか分からないように、短い時間で絵を見せていき、すぐに解散した。
ちなみにアリエッタは不思議そうにその様子を見ていたが、クリムに頭を撫でられ、ケーキを食べさせてもらっている。
「はぁ、まさかこんな事になるなんて」
「驚いたのよ。人の多い場所で絵を描かせるのは、やめた方が良いのよ」
今いる場所は、人通りの多いカフェの外。パフィ達の陰で描いていたものの、かなり目立っていた。
アリエッタが「駄目」を覚えた事もあり、なんとかして躾けようと思うミューゼ達であった。
「アリエッタの事になると、よく横道に逸れちゃうのよ。リエージュマウンテンの事で、シーカー達に依頼があったのよ」
宿泊している安い宿に移動し、改めて情報を整理するパフィ。ちなみに塔のある街なのにニーニルに戻らないのは、早く収拾がつくと思ったのと、まさか橋が無いとは思わなかった事。それとアリエッタが楽しそうだからという理由があったりする。
「内容は2つ。リエージュマウンテンの調査と、流された橋の再建補助」
「ふ~ん……どうするし?」
シーカーではないクリムは2人の行動に従う事にしていた。当然アリエッタは分かっていない。
「調査はともかく、あたし達には再建はちょっと無理だと思うなぁ」
「そう思うのよ。だから調査に行こうと思ってるのよ」
ミューゼはもちろんの事、パフィも大きなナイフを振り回してはいるが、別に力自慢というわけではない。そもそも建築の知識は皆無な為、手伝いどころか足を引っ張りかねない事を自覚していた。
「ボクとアリエッタはどうするし?」
調査ともなれば、何か危険があるかもしれないと、クリムは考えた。事実グラウレスタのような狂暴な生物はほぼ存在していないものの、立ち入ろうとしているのは悪魔がいると噂される山の中。何の安全も保障出来ない場所である。しかし……
「どっちでもいいのよ。危ないのがあったら他のシーカーに任せて、報告役になって戻るのよ。何かあってもアリエッタとミューゼの傍にいれば、安全だと思うのよ」
「……どういう事だし?」
クリムはまだアリエッタの能力を知らない為、首を傾げている。
「アリエッタの力で作る壁は凄いの。総長でも壊せないのよ。ねー♪」
「?」
ミューゼが説明しながらアリエッタに語り掛けるが、何を言っているのかわからないアリエッタは、とりあえず笑顔で返す。そしてやっぱり撫でられる。
「その子ってそんなに凄いし?」
パフィが説明すると、余計に意味が分からないという顔になるクリム。どうせ待っていても暇だし……という事で、深く考える事を止めて、ついて行く事に決めたのだった。
そうなると、自動的にアリエッタも留守番は不可能となる。
結局、明日は4人で出かける事になり、パフィは依頼を受注する為に支部へと向かった。
「さて、出かけるのはいいけど、食料はどうするの? あんまり食べられる動物いないんでしょ?」
「何言ってるし。ここはラスィーテだし。そのへんの草でも木でも石でも、ボクが責任持って調理するし」
「あ、そ、そっか。全部食べられるんだっけ……」
ラスィーテは全てが食材として利用できる。ミューゼにしてみれば、アリエッタの事と同様に、このリージョン自体も不思議の塊だった。
元々シュクルシティからムーファンタウンまではそこそこの距離がある為、クリムは調理器具と調味料だけは持ってきている。ミューゼも普通の水なら魔法で出す事が可能で、パフィからも不思議な薪の事を聞いていたので、食事に関しては何の心配もしていなかった。
その夜、パフィの「出かける前にサッパリするのよ」という案で、4人で大衆浴場へと向かう事になった。
「ひっ!?」(ちょとまってこれ女湯!?)
連れ込まれたら最後、アリエッタは逃げる事が出来ない。
いつの間にか脱いでいたミューゼとパフィによって脱がされ、固まったまま浴場へと連れ込まれていった。
「やっぱり恥ずかしがってるのよ。可愛いのよ」
「初めて見たけどお肌綺麗過ぎるし……羨ましいし。将来有望にも程があるし」
その後、大衆浴場から出てきた時は、完全にのぼせて真っ赤になりながら、パフィに抱っこされていたのだった。
(僕は女……僕は女……おかしくなんてないんだ……うぅぅ)