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夜が明けて、いい香りと共にアリエッタは目を覚ました。
(なんだろ……甘い匂い……それに暖かい…………ん?)
横になったまま、動けない事に気付く。
すぐに、後ろから誰かに抱きしめられて寝ている事を理解して赤面。
(まただぁ……今日は……くりむっぽい?)
目の前でミューゼとパフィが寝ているのを確認して、後ろにいる人物を推測……というより、一緒に寝ているのは残り1人しかいない。
(くりむって凄くいい匂いだなぁ。いつもごはん作ってるからかな?)
内心ドキドキしながら、自分を抱擁している腕を撫でて、少し強張った体の力を抜いた。
背後の本体に自分から寄りかかる度胸は無い為、クリムの腕にそっとしがみつく。腕でも感じるそのぬくもりに、これまでにない安心感を感じ始めていた。
(なんだか母さんみたいだな……母さんか……前世の事は、女神様が言うには随分昔の事らしいし、今は女神様が本当の意味で母さんなんだよね……ママって呼んでって言われてたけど)
前世で死んでしまった元凶とはいえ、新たな人生をくれた女神に対して、既に怒りや呆れは無い。
むしろミューゼ達に会えた事や、守れる力をくれた事に、感謝していた。
(ママか……それで喜んでもらえるなら、恥ずかしいけど呼んでみようかな。……ちょっと会いたくなってきた……でも別次元って言ってたし、待ってる事しか出来ないんだ)
少女に生まれ変わってからのアリエッタは、まだ親のぬくもりを知らない。自分からは会えないと思った途端、幼い本能は無性に寂しさを感じ始めた。
そして知らず知らずのうちに、クリムの腕にしがみつく力が強くなり、自分の顔を押し付ける。
「うぅ……」
「……どうしたし? 怖い夢でも見たし?」
そんなアリエッタの後ろから、優しく声をかけるクリム。
声に反応して振り向いたその顔は、濡れていた。
クリムは驚いたが、すぐにアリエッタを抱き寄せ、頭や背中を撫でてあやし始める。
「ほらほら、もう怖くないし。ボク達がずっと一緒にいてあげるし」
「……………」(ほんとに母さんみたいだよ……くりむ……)
いつの間にか、アリエッタからもクリムに抱きついていた。甘いぬくもりに包まれ安心したからか、ゆっくりと力が抜けていく。
尚、少女を包み込む母のような優しい笑顔の裏では……
(ほぅああぁぁぁ!! 朝からアリエッタ成分ごちそうさまだしぃぃぃっ!)
内心大興奮で、悶え狂っていたのだった。
「う~ん、理由なんて分からないのよ……」
全員起きて、宿を出る準備をしながら、アリエッタが泣いていた事をミューゼとパフィに伝えるが、2人にとっても初めての事で、原因など分かる筈も無かった。
泣いていた本人は、ミューゼに着替えさせられ、すっかり元気になっている。
(泣いちゃったのは恥ずかしいけど、なんだかスッキリしたなぁ)
「なにしろ泣くような原因なんて色々あるからねー。あたしだったら、誰も言葉が通じない所にいたら、不安で潰れちゃうよ」
「この子の場合、自分がどうしてココにいるのか、分かってるのかも怪しいのよ。そんな境遇を考えただけで、私まで泣きそうになるのよ」
色々な意見を出し合うが、本人から事情を聴くことが出来るまでは、ただの憶測でしかない。
この後も、雑談のように話し合いながら準備を進め、宿から出た。そのまま軽く食事をし、街の外へと向かう。
「リエージュマウンテンに行くには、結局アリクルリバーの橋の場所の近くを通るのよ。そこから川沿いに行くのが分かりやすいのよ」
「じゃあ橋の様子も見る事が出来るね。流されたっていうから、無いんだろうけど」
「今から行けば、アリエッタに歩くのを合わせても昼には橋の場所に着くし。どうするし?」
「私がアリエッタを抱いて行くのよ」
その後しばらく、人がまばらに通っている街道を歩きながら、アリエッタの取り合いでパフィとクリムによる口論にが展開されていた。そのアリエッタと手を繋いで歩いているミューゼは知らん顔。
そんな事をしていると、前方に川が見えてきた。しかし、口論は終わらない。
「ちょっと、クリムが従わないからお昼になっちゃったのよ!」
「ボクはただ、荷物を持ってあげようとしてただけだし!」
(お腹空いたなぁ……なんか知らないけど、くりむ忙しそう)
賑やかな2人の前を歩き、ミューゼは適当な木陰を見つけてアリエッタを座らせる。
「パフィ、クリム。アリエッタがお腹空いてるみたい」
別にアリエッタの気持ちを汲めた訳ではないが、時間的に丁度良いと思ったミューゼがしれっとアリエッタの名を使うと、2人は口論しながらキャンプと料理の準備を始める。完全に口と手が別々に動いているようだ。
荷物から不思議な薪を取り出し、木の葉や雑草、土の中から適度な石を掘り出して、調理していく。ここはラスィーテ、全部食材として食べられる物である。
アリエッタはというと、パフィ達の料理は意味が分からない事もあり、ミューゼと一緒に大人しく待っていた。
そして皿に盛りつけられて出てきたのは……
(……わぁー回鍋肉だーなつかしいなー)
材料をチラ見していたアリエッタは、前世で馴染みのある見た目と匂いの食べ物を目の前に、一旦考えるのを止めた。
ミューゼの真似をして食べると、味こそ違うが美味しく頂く事ができた。
そして食べ終わってから、改めて悩み直す。
アリエッタの様子を見ていたミューゼは、自分も初めて来た時はこんな感じだったなぁ…と、なんだか複雑な気分になっていた。
(なんでアレが食べられるんだ? お腹も全然痛くならない……美味しかったし)
「ほらほら、あんまり悩むと熱出ちゃうよー」
考え込むアリエッタを抱き込むミューゼ。そのままチラリと横に目をやると、いまだに言い争いをしながら後片付けをする2人がいる。このままではキリがないので、途中までパフィが、後半はクリムがアリエッタを抱っこするようにと提案した。
「仕方ないのよ。ここは一時休戦なのよ」
「分かったし。でもいつかは決着つけるし」
「何の争いなのよ……」
こうしてアリエッタを巡る2人の闘いの日々が始まるのだった。
(争ってる間にあたしが可愛がっちゃうけどね~)
昼休憩を終えた4人は、街道を抜けて川沿いを進む為に、橋のあった場所へと近づく。
短い間だろうとキャンプをするなら、本来は川の傍が良いのだが、離れて休んだのには理由があった。
(なんだろう、甘い匂い? 前に嗅いだことあるような)
「何この匂い? 川から匂ってるの?」
「あれ?」
アリエッタとミューゼが匂いに困惑していると、パフィとクリムが首を傾げた。
ちなみに、先程ミューゼが決めた通り、アリエッタはパフィが抱きかかえている。
「なんだかキツくないし?」
「そうなのよ。普段なら微かに匂う程度なのよ」
2人が考え込んでいる中で、何かを思い出そうとするアリエッタ。真剣な顔が、少しずつ赤くなってきた。
「ひっく……あぅ?」(あ~わかった~。これラム酒の匂いだ~)
それに気づいた時にはもう既に……
「ぅ~~~あ~~~」
完全に酔っていた。
「あ、もしかして、アリクルリバーの酒気に当てられたし?」
「それはマズイのよ! ミューゼ! 移動するのよ!」
「…………ふぇ?」
「こっちもだし!?」
若干15歳のミューゼも、強烈な酒気によって、立ったまま酔っている。
アリクルリバーとは、酒が流れる川。そしてその酒は、アリエッタの思った通り、前世にあったラム酒である。辺りに漂う甘い匂いは、気化したラム酒の匂いだった。
橋が無いからと、誰も無理に渡ろうとしないのは、泳いだ者は酔って溺れるからである。しかもパフィとクリムは、酒気が強くなっていると言う。これでは酒に慣れていない者達は、近づいただけで酔ってしまうかもしれない。丁度アリエッタとミューゼの様に。
2人は慌てて川から離れる事にした。クリムはパフィに比べて鍛えているわけではない為、ミューゼを運ぶのに苦労している。
「ありぇ~? くりむど~したの~? 顔がいっぱいあるよ~?」
「いや酔っ払い過ぎだし!?」
「でもら~めっ。あ~しにはぁ、アリエッタってゆー妹がれきしゃったんだかりゃぁ~」
「変な惚気方しないでほしいし! ってゆーか耳近いし! 息かかってるし!」
運ぶのも会話も大苦戦。ミューゼは笑い声をあげ、クリムに抱きつきながら、千鳥足でヨタヨタと歩いて移動していた。
「れもにぇ~……あ~しぃ、いもーとよりもぉ~…およめしゃんになってほしいにゃぁ~」
「それには同意するけど、もう立ててないし!」
クリムは必死にミューゼを持ち上げ、なんとかおんぶをして移動を再開したのだった。
そしてようやく昼食を食べた場所へと戻ってきた。なんとか木陰にミューゼを寝かせ、先に移動していたパフィの姿を探す。すぐにパフィは見つかったが、そこには仰向けに倒れ、ピクリとも動かないパフィの姿があった。
「パフィ!? どうしたし!?」
慌てて駆け寄ったクリムが見たのは、パフィの上半身に覆いかぶさるアリエッタ。そしてその場所から、妙な声が聞こえてくる。
「みゃぁ~みゃ~」
「?」
恐る恐るアリエッタの顔を覗き込むと、なんと、酔ったアリエッタがみゃ~みゃ~鳴きながら、パフィの首筋や頬を舐めていた。
よく見ると、パフィの顔はこの上ないくらいの笑顔で、涙と涎を流している。
「あぁ……逝ってしまったし……アリエッタのペロペロに導かれて」
「みゃぁみゃぁ~」(訳:ママ~)
疲れた上にすっかり気の抜けたクリムは、とりあえずパフィの死体(死んでない)を木陰まで引きずり、再び昼の休憩に戻るのだった。