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引き出しに閉じ込められた侑くんのスマホが、ガタガタと虚しく震えている。けれど、今の治くんにはその振動さえも心地よいリズムにしか聞こえていないようだった。
「……あーあ。ツムのやつ、諦め悪いな。……朱里、こっち。……デザート、溶ける前に食わなあかん」
治くんはキッチンのカウンターに私を座らせると、自ら作り上げた『特製フォンダンショコラ』を差し出してきた。
フォークを入れた瞬間、中から熱いチョコがとろりと溢れ出す。
「……はい、あーん。……これ、俺の『本気』やからな。……残さんといて」
「……っ、治くん。……甘い。……すごく、熱い」
「……おん。……俺の体温と同じや。……朱里、中まで俺の味でドロドロにしてやるから」
彼は私の唇に触れたチョコを、自分の親指でゆっくりとなぞった。そのまま、その指を自分の口元に寄せて、妖しく目を細める。
スナギツネのような細い瞳が、暗いキッチンで獲物を完食する前の、ひどく飢えた色をしていた。
それからの日々は、まさに治くんによる「朱里の囲い込み」だった。
三限目のノートのやり取りは、日に日にその内容が過激になり、お弁当の「共同生活」はもはや当たり前の光景となった。
侑くんがどれだけ絶叫して邪魔をしても、角名くんがどれだけニヤニヤしながらシャッターを切っても、治くんは無表情のまま、私の隣を死守し続けた。
「……朱里。……今日も俺の味、ちゃんと覚えとけよ」
部活の合宿、修学旅行、そして冬の足音。
季節が変わるたびに、治くんの「おすそ分け」は重みを増し、私の心は彼なしでは空腹に耐えられないほど、彼の味に依存していった。
三年生が引退し、静まり返った冬の教室。
卒業を間近に控えた三限目の休み時間。治くんはいつものように、私のノートに最後のリクエストを書き込んだ。
『卒業しても、俺以外の飯は一口も食うな。……一生、俺の「おすそ分け」だけで生きていくって、ここで誓え』
「……っ、治くん……」
私が顔を上げると、彼は銀髪を少し揺らし、かつてないほど真剣な眼差しで私を見つめていた。
「……朱里。……俺の胃袋、もうお前でいっぱいや。……一生、お前のために飯作ったる。……だから、俺の檻の中から出ようなんて、効率悪いこと考えんといて」
彼が私の薬指を、熱を帯びたままゆっくりと口に含んだ、その瞬間。
『あーーーっ!! 見つけた!! 治、自分だけ卒業前に「終身雇用」の契約結ぼうとしとるやんけ!! 卑怯やぞ!!』
ガラッ!! と教室の扉が開いた。
そこには、卒業式の練習をサボってきたボロボロの侑くんと、その後ろで「これ、卒業アルバムの隠しページに載せとくね」と笑う角名くん。
「……ツム。お前、ほんまに……死ね。……今、一番ええ『炊き上がり』やったのに」
卒業式の日。
校門の桜が舞い散る中、治くんは誰に憚ることなく、私の手をギュッと握りしめて歩き出した。
「……治くん。……本当に、終わっちゃったね」
「……終わってへん。……今から、俺らの『新生活』の仕込みが始まるんや」
彼は私を人気のない公園のベンチに座らせると、保冷バッグの中から、黄金色に輝く「おにぎり」を取り出した。三年前、隣の席で初めて私にくれた、あの「おすそ分け」と同じ形。
「……はい、あーん。……これ食ったら、俺と『一生の共犯者』成立や」
「……共犯者?」
「……死ぬまで、俺の味しか受け付けん体になるっていう、甘い呪いや。……ええやろ?」
私は恥ずかしさに耐えながら、その「一口」を口に含んだ。
とろけるような甘さと、出汁の効いた深い愛の味。
「……美味しい。……治くん。……大好きだよ」
「……おん。……俺も、朱里だけや。……骨の髄まで、愛し尽くしてやるからな」
重なる唇。
お米の匂いと、春の風。
隣の席の「餌付け」から始まった物語は、一生解けない甘い罠となって、私たちの未来をドロドロに満たしていった。
宮君は私を餌付けする__。 fin