テラーノベル
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誰もいない教室は、この世界に俺しかいないのではないか、という錯覚を与える。でも、そんなことはなく、外のグラウンドにはいつも通り練習をする陸上部がいたのだった。
「海斗にも友人にも、本当に迷惑をかけてしまったな」
やるせない気持ちでいっぱいだ。ここまでいろんなことがあった。まあ、まだ何も解決はしていないんだが、あの時はこんなことになるなんて思ってもいなかった。
「俺が首を突っ込まなければ良かったのかな」
夕日が勢いよく差し込む。しかし、これは本当に俺が悪いのか? 生徒会長である奥出早紀の誘いに乗らなければよかった話なのかもしれないが、そもそもあいつが怪文書を全クラスに貼るという奇行をしたことが一番の原因であり、たまたま俺にバレて、くだらないゲームを提案してきたことが悪でしかないだろう。
「そんなこと思っていたの?」
声が聞こえた気がして振り返る。ただの空耳だったようだ。
「いよいよ俺も気が滅入っているみたいだ」
奥出と話がしたい。あの日のデートのように、楽しく一緒に過ごしたい。ゲームを抜きにして、ただ会いたいだけなんだ。奥出は俺のことどう思っているのか分からないけど、俺はもうお前に気があるんだよ。あんな出会い方だったけど、あんなでも、好きになったんだから仕方ないじゃないか。
「最近はもう、俺に話しかけてくるのは友人だけになっちまったなあ。いや、元々か」
俺が友人としか話していないのは、こうなる以前からだったな。別に嫌われているとか、何か問題を起こしたとか、そんなことはなく、自由に生きていたら隣には友人しかいなくなっていた。嫌なことはない、困ることもない。以前と状況が変わらないとしても、この疑いだけは絶対に晴らさなければ。
「ここからどうしよう。もう、俺がどうにかできる問題じゃなくなってきた」
俺はあのメッセージを思い出した。そうだ、あれは奥出が俺に向けて送ったものだから、俺はあいつの期待に応えなければならない。
「でもどうして、直接言いに来ないんだよ」
それだけが心残りだ。悪いと思ってるなら、自首するぐらいしてくれてもいいじゃないか。でもそれは、俺は許さないだろうな。言い出しておいてなんだが、このまま犯人は不明ということで、穏便に済ませるつもりだった。
「模倣犯なんか現れなけりゃ、上手くいっていたはずなのに」
正体は分かってるんだ。海斗が頑張って掴んでくれた正体、でも、俺が動けば怪しまれる。どう考えても詰んでいた。
「とりあえず、トイレ行こう」
戻ったら、もう一度友人と策を練り直すか。
一方、拓斗の友人は生徒会室にいた。
「生徒会長、僕を呼んだってことは、拓斗に謝る気でも起きたのかい?」
「いいえ、ただ単にあなたとお話したかっただけよ」
「拓斗と話してあげなよ。僕とトランプなんてしてないでさ」
今日の生徒会は休み。当然、生徒会書記の後輩はおらず、生徒会室では奥出早紀と拓斗の友人がババ抜きをしているだけだった。
「弟くんにも迷惑をかけてしまったわ」
「海斗のこと? 君にそんな気持ちがあったなんて意外だよ」
「あら、私だって自分が悪いと思う時ぐらいあるわよ」
淡々とゲームは続いていく。ふと、二人の手は止まる。
「ちょっとそれは大人げないんじゃないのかい?」
「何のことかしら」
「ほら、力を抜いてくれないと引けないじゃないか」
奥出のカードは残り二枚、対して友人は残り一枚。友人がジョーカーを引かなければ勝敗が決まる。
「じゃあ、次は別のゲームに付き合ってくれるかしら」
「約束しよう」
「では、どうぞ」
友人の引いたカードはハートのエース。奥出の手元にはジョーカーだけが残った。
「次は何のゲームをしようか」
「神経衰弱にしましょう。これならのんびりできるわ」
「拓斗に真実を話さないのかい?」
二人はカードを並べながら、また会話を始める。
「その時が来たら、きちんと話すと約束したわ」
「僕には、話してくれないのかな?」
「あなたには話さなくても、もう全て分かっているじゃない」
奥出は友人のことをもちろんのこと把握していた。凡人を演じる目立たない生徒、拓斗に全てを合わせ、手助けをする裏の天才。
「君の口から直接聞きたいんじゃないか」
「気持ち悪いこと言うのね。私に気でもあるのかしら」
「まさか。そんな恐れ多いこと、あるわけないよ」
ゲームはいつの間にか後半戦に突入していた。カードは残り二十枚、友人が立て続けに当てていくのだった。
「どうしてそんなに目立つことを恐れるの?」
「別に恐れているわけではないけど、僕はいつも拓斗には勝てないから」
「優秀な忠誠心ね。尊敬するわ」
結局残りの二十枚を全て引き終えた友人は、奥出に圧倒的な差をつけて勝利してしまった。
「さあ、次はどのゲームにする?」
「あなたには全てがつまらなく感じているのかしら」
「いいや、拓斗だけがこの世界を色づけてくれているから、僕は楽しめているんだよ」
その後の七並べも、ダウトも、スピードも、奥出が勝つことはなかった。
俺がトイレから戻ってくると、俺のカバンを漁る怪しい人物がいた。
「おい、何してるんだ」
「予想が外れたみたいですね」
それは生徒会書記の、あの女子生徒だった。
「そっちから来てくれるなんて、好都合だよ」
「うなだれていただけの人がよく言いますね。私をどうする気ですか?」
「どうするも何も、先生に突き出してやる」
のこのこと現れるなんて、相当余裕みたいだな。俺がどうしようも出来ないことを知っていて、追い打ちをかけようとやってきたんだな。
「そんなこと言わないで、少しお話しませんか?」
「お話だって? 俺をからかうのも大概に……」
「私は別に、あなたのこと嫌いじゃないですよ」
「急になんだ。気持ち悪い」
生徒会長には及ばないとしても、この子も頭の良い生徒会の人間だ。俺がかなうはずがないと、向こうは思っているし、俺自身も思っている。
「気持ち悪いだなんて、酷い言い方ですね。会長には鼻の下伸ばしているくせに」
「お? 嫉妬か?」
ものすごい剣幕で睨んでいる。俺は余裕の笑みを浮かべているつもりだが、正直怖すぎて膝から崩れそうだ。
「そういうところ、女子に嫌われますよ」
「あいにく、モテる要素なんてないから大丈夫だ。嫌われる以前に興味なんか持たれていないよ」
「悲しいですね。そのばかな頭、治るといいのですが」
「余計なお世話だ」
別にばかだからモテないんじゃない、俺に惹かれる女子がいないだけだ。改めて思うと、本当に泣けてくるよ。
「前にも言いましたが、二度と会長に近づかないでもらえますか?」
「どうしてだよ。お前にそんな権利があるのか」
「はあ。会長にあなたの『ばか』が移るじゃないですか。私はもう、心配で心配で。もちろん権利はありますよ。私はあなたより上の、生徒会ですから」
こいつ、どれだけ俺をばかにしたら気が済むんだ。俺に何の恨みがある。生徒会がなんだ、そんなに偉いのか。その言い方は、俺以外も見下しているということか。
「奥出は俺にそんなこと言わなかった。あくまで対等に接してくれたぞ」
「気安く会長の名前を呼ばないでください。あなた、何様ですか?」
「お前こそ何様だ! 善良な生徒を嵌めて、挙句の果てには『生徒会だから』だって? ばかなのはお前のほうだろ」
「私は会長に選ばれたんです。だから私は『生徒会』で、あなたは何者でもない『ばか』なんですよ」
ダメだ、こいつには何を言っても無駄だ。まるで神でも崇拝するかのように奥出を見ている。そんな考え、俺がぶっ潰してやる。
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