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61 ◇心に染みる
そして、従業員にも祝ってもらった日の夜のこと。
「これで、なすべきことは一通り終えられてほっとしたね」
「ええ、ホントにほっとしました」
温子は口に出さなかったけれど『女子工員たちからのやっかみ、嫉みなど
あったら困ると思っていたから、そういう意味でもほっとしたのだった』
―――― 看護婦という温子の仕事の話 ――――
お祝い事に昼の時間を使い1時間ほど休憩時間を延長したけれど、そのあとは
また皆仕事に戻ったため、涼も温子も仕事(=結婚の発表のこと)を終えて
ほっと一息ついたところであった。
温子は程好い湯加減で日本茶を淹れた。
「おいしい~。
疲れたあとの一杯は身体に染みるねぇ~」
温子は夫になった人の言葉に、見た目とのギャップを思い心の中で笑った。
でも、側にいて何故か安心できる人で良かった―――とも思った。
「ふぉんとぉ、染みるわぁ~。ふふっ」
「えっ、なんで笑ってるの?」
「幸せだなぁ~って……」
「そうそう、いつも話し出すのを忘れてて、君の仕事のことなんだ」
「仕事?」
「僕の奥さんになったでしょ。家事と仕事の両方をこなすのは大変だと思うし、
僕は温子さんの良いようにしてもらって構わないと思ってる。
今の職場って……家の事だけど、辞めて家庭に入ってもらって仕事の方は
辞めてもらってもいいと考えてるんだ」
「ありがとうございます。実は、主婦だけに専念できる奥さんたちが羨ましいなぁ~
なんて思ったことあります。
そんな裕福な身分になれるなんて夢みたいな話でした。今までの私は……」
「大丈夫、いうほどお金持ちでもないけれど、僕だけの収入で普通の暮らし
であれば十分やっていけますから、そうすればいい」
「うれしい~。でも折角珠代さんや絹さんとも仲良くなれたので全面的に
辞めてしまうのは残念なんですよね」
「では、温子さんの後任者は別に雇い入れることにし、あなたは週に2~3回、
好きな時に出勤するというのはどうだろう。
珠代はああ見えて工場敷地内の責任者でトイレ掃除に目を光らせてますから、
ははっ……温子さんは医療のほうの責任者ということで」
「分かりました。看護婦さんたちが休みを取りやすくなるかもしれませんね。
私という代替要員がいますから」
そう言うと温子は涼に向けてニッと笑った。
「あぁ、それほんと、いい案だよね。
人数が少ない分なかなか休みがとりずらいのがネックだったし。
それだと雇用する側も既婚者を雇いやすくなるしね」
「じゃあ、涼さん、お言葉に甘えて最初は週2からお願いします。
家事との兼ね合いを見て、慣れてきたら週3くらいは出たいと思います」
「OK、じゃあそういうことで」
そしてこのあと―――――
なんだかんだでふたりはこの週末に、鏡台と箪笥を見に行くことにした。
この件に関しては涼が温子に声を掛けたのだが、嬉しそうにしている彼女を
見て何でも相談に乗ってくれる妹の珠代のことを改めて頼もしく思う涼だった。
鏡台と箪笥、それと温子が必要としているものを早く一緒に買いに行けと
勧めてくれたのが珠代だったからだ。
入籍は少し先になるものの……きょうだい、知人や従業員たちへの紹介も済ませ、
晴れてどこへでも後ろめたさを持たずに出掛けて行けるふたりは、週末は家具を
見に行くことがデートのようなものになるが、目的がなんだっていいのだ。
ふたりが一緒にいられることが喜びだから。
-1300-
――――― シナリオ風 ―――――
〇涼の家 / 居間 ・ 夜
従業員たちへの報告を終えたその夜。
二人は卓袱台を挟んで、湯気の立つお茶を飲んでいる。
涼「これで、なすべきことは一通り終えられて、ほっとしたね」
温子「ええ、ほんとに……」
温子(心の声)「女子工員さんたちからやっかみや嫉みがあったら困ると
思って いたから……。
そういう意味でも、本当にほっとしたわ」
温子が程よい湯加減で淹れたお茶を、涼がすすり、感嘆の声をあげる。
涼「おいしい~。疲れたあとの一杯は身体に染みるねぇ~」
思わず「ふぉんとぉ、染みるわぁ~」とふざけた声色を出す温子。
涼「えっ、なんで笑ってるの?」
温子「幸せだなぁ~って……」
涼「そうそう、いつも話しそびれていたけれど……君の仕事のことなんだ」
温子「仕事?」
涼「僕の奥さんになったでしょう? 家事と両立は大変だと思うし、
無理に続ける必要はない。家庭に入ってもらってもいいんだよ」
温子「ありがとうございます。実は、主婦だけに専念できる奥さんを羨ましい
と思ったこともありました。そんな身分になれるなんて夢みたい……」
涼「大丈夫。いうほど裕福じゃないけれど、僕の収入だけで普通に
暮らすには十分さ」
温子「うれしい……。
でも折角、珠代さんや絹さんとも仲良くなれたので、全面的に
辞めてしまうのは残念なんです」
涼「それなら、後任を雇って、君は週に二、三回、好きな時だけ
出勤したらどうだろう?
珠代は敷地内の責任者だし……温子さんは医療の責任者、ということで」
温子「そうすれば看護婦さんたちも休みが取りやすくなりますね。
私が代わりに入れますから」
涼「あぁ、それはほんとにいい案だ。既婚者も雇いやすくなるしね」
温子「では……最初は週2でお願いします。慣れたら週3に」
涼「OK、じゃあそういうことで」
ふたりは笑い合いながらお茶をすする。
そして、週末に鏡台と箪笥を買いに行こうと決める。
(N):
その提案を涼に勧めたのは妹の珠代だった。
「必要なものは早めに一緒に買いに行きなさい」と。
入籍は少し先になるものの、ふたりはどこへでも後ろめたさを持たずに
出かけられる。
家具を見に行く週末は、目的が何であれ、ふたりにとっては喜びの「デート」
なのであった。