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暗い階段を一歩一歩進む。
だが,その足取りは普通に歩いているときと同じだ。
コナンの目線は背の低さが助長して,レイの足元へと向かう。
(……………こいつ……。やっぱり怪しすぎる。何なんだ?この歩き方。)
歩き方一つで怪しまれては元も子もないが,レイのこの歩き方は,気付いた人なら怪しむまでにはいかずとも,不思議に思うだろう。
純粋な子供ならば憧れて真似しようとするかもしれない。
何と言っても,足音一つ立っていないのだ。
コナンの消えかけていた警戒心を引きずり出すには十分な要素だった。
(奴等に気付かれないために足音一つ立てないようにしてるのは分かるし,俺だって足音を極力立てないようにしている。そうしようとすれば普通,意識しなくても忍び足になるはずだ。でも,こいつは忍び足にしていないどころか,ごく普通に歩いているように見える。)
そう。忍び足になってしまうと,人は自然と,踵から着き,背を丸めてゆっくり,ゆっくり,慎重に進んでいく。
だが,レイにはそれが見られないどころか,スタスタと先々歩いていっている。
勿論,音は一切立っていない。
コナンは足音を消して進むだけでも精一杯で,つい慎重になってしまうというのに,普段通りなのに歩いているのであろう,レイのスピードに付いていくのが大変だ。
とは言っても,レイにとっては本当にこれが普通である。
ユウゴ直伝の歩き方(とは言ってもGPへ行く際のユウゴの歩き方を見て覚えたのだが…‥。)がもうレイ(とエマ)の中ではすっかり日常での歩き方になってしまっているのである。
まあ,GPへ行くのに3日ほど,帰ってくるのにもかなりかかったのだから,もう当たり前になっても仕方ないのだが。
勿論,コナンがそれを知る故もなく,レイは益々怪しまれているだけである。
「着いたぞ。此処だ。」
コナンはレイの足元に夢中になっている間に,何時の間にか,レイが目指していたであろう場所に到着していることに気付く。
そういえば,コナンはレイが何処に行こうとしているのかを把握していなかったことを思い出す。
レイの声に顔を上げると,階段はもう続いておらず,目の前に一つの扉があった。
左側に下へと続く階段があることから,自分たちが上がってきたことを漸く自覚する。
「開けるぞ。」
レイは,一言そう言ってから,ドアノブを握り,時計回りに回す。
すると,先程まで暗いところにいたせいか,急に視界が明かりに包まれ,反射的に目を閉じて,腕で顔を覆う。
「うっ……!」
暫くして光に慣れてきたところで目を開けると,視界いっぱいに広がったのは,沢山の人と,沢山のお店だった。
「……………え?」
状況が飲み込めず,ポカーンとしていると,ここの雰囲気に似合わない真剣な顔でレイが説明する。
「ここに紛れる。」
「……………………………………え?それだけ……?」
「ああ。それだけだ。」
続く言葉があると思って暫くの間待っていたが,いつまで経ってもレイはなかなか切り出そうとしないため,まさかと思って問い掛けると,そのまさかの返答が返ってくる。
端的,とよく言うが,端的すぎる,その説明になっていない説明をすると,レイは口を閉ざしてしまう。
コナンも呆気に取られてレイを見上げたまま固まってしまっている。
二人の間に暫し沈黙が訪れる。
コナンは居た堪れなくて,思わずその沈黙を破る。
「え,えっと……。ね,ねえお兄さん。紛れるって,どういうこと…?僕たちが紛れちゃったら,ここの人達も巻き込まれちゃうかもしれないよ?」
「……………」
コナンのその言葉にレイはちらりとコナンを一瞥する。
飛行機に乗っていた時とは全然違うその態度をまたもや違う形で取られたコナンは脂汗を流しつつ,レイを見つめて返答を待つ。
暫く待ったあと,レイは小さく口を開く。
「……………別に…。巻き込もうとなんてしてねえよ。ただ,ここに紛れれば見つかりにくいって思っただけだ。幸い,奴等に顔バレしてんのは俺だけ。服も1チャン覚えられてるかもだけど,いざとなったら壁とか,人混みとかに隠れればバレねえと思うし,事情話して警察に連絡してもらうこともできる。………ちょっとは考えろよ。お前。飛行機に乗ってる時しか頭働かねえのかよ。」
(いやいやいや!警察に連絡してもらうことは俺も考えたけど,こいつ,バレること前提で動いてねえな?!バレたときの話をしてんだよ俺は!!)
喉から思わず出かかったツッコミをぐっと抑え込む。
コホンッと軽く咳払いしてあのね,とオブラートに包んで切り出す。
「僕が言いたいのはそっちじゃなくて,万が一バレたらどうするの?って話をしてるの。もしバレたらここの人達巻き込んじゃうかもしれないし,巻き込んじゃったら,たとえ警察に連絡できたとしても,人質取られちゃうよ?そこのところはどうするの?」
「………ああ。そっちね。」
レイは相変わらず無表情のままで漸くコナンの意図を理解したのか軽く頷いて相槌を打つ。
やっと伝わった。と,コナンは胸を撫で下ろす。
無意識にかいていたらしい汗を袖口で振るうと,それを見計らったかのようにレイはそれはな,と口を動かした。
「それ,全然大丈夫だ。問題ねえ。」
「何が?!」
もう突っ込まずにはいられなかったコナンは思わず突っ込む。
声が少々大きすぎたのか,周りを歩いていた人達がぎょっとしたようにコナン達の方を見る。
それでもレイは気にせず,これ以上目立たないためだろう。そそくさと歩き出した。
コナンも慌てて着いて行き,レイを問い詰めんばかりの勢いで次々に疑問に思っていたことを口にする。
「お兄さん,バレること前提話してないよね?確かにここなら勝算はあるけど,バレないとは限らないよ?もしバレたら………」
「問題ねえ。」
レイはコナンのその声を遮ってきっぱりと告げる。
コナンは眉間に皺を寄せ,何で?と声を低くして問う。
「どうしてそんなに自信があるの?そんなに自信がついちゃうほど,お兄さんには何か決め手になるものがあるんだ?」
「いや,自信じゃねえよ。別に。」
コナンの問いにまたしてもレイはきっぱりと口を出す。
それにコナンの眉間の皺は更に深まるばかりだ。
「じゃあ,何?どうしてそんなに…………」
「俺がチェスで敵わないのはママとノーマンだけだ。」
ママ。
見たところでは自分よりは年下だろうと思っていたが,それでもあの歳で母親のことを『ママ』とおくびにもなく言ってのけたレイに,コナンは度肝を抜かれるが,続いた『ノーマン』という人物の名に,コナンはまた眉間に皺を寄せる。
「……ノーマンって,あの人…‥?飛行機のハイジャックのとき,お兄さんが『社長』って呼んでた…」
「ああ。俺と同い年の奴だ。」
隠すこともなく,レイはコナンの言葉に頷く。
「ママとノーマンはここが強い。ハンパない。」
レイは右の人差し指を自分のこめかみにトントンと当てて,コナンに見せつける。
「ここって,頭ってこと?」
「そうだ。」
レイは一つ頷き,右の掌を上に向けて自分の胸の辺りまで持ち上げる。
「鬼ごっこが強いんだよ。」
「鬼ごっこ……?」
「そうだ。鬼ごっこだ。」
突然わけの分からないことを言い出したレイにコナンは首を傾げる。
思えば,チェスだの鬼ごっこだの,先程からどうでもいい話ばかりしている。
「どうしてここで鬼ごっこが出てくるの…‥?」
「鬼ごっこは只逃げるだけじゃ簡単に捕まっちまうし,只追いかけるだけじゃ簡単に逃げられちまう。運動能力に死ぬほどの差があっても,戦略があるかどうかの差とは全然違う。」
「戦略……?」
先程から何を言っているのだろうか。
コナンはレイの話を静かに聞く。
「標的がどう逃げるか,『鬼』がどう攻めてくるか。状況を観察・分析し,常に敵の手を読む思考が必要になってくる。身体をフルに使ったチェスみたいなもんだ。」
レイはハウスに居た頃,エマに言った言葉をそっくりそのまんまコナンへと伝える。
すると,コナンは何時ぞやのエマと同じ様に顔を顰め,首を傾げた。
「………鬼ごっこが?」
「ママが鬼ごっこなんかしてるところは見たことねえが,少なくとも,ノーマンがやってんのはそういう遊び。鬼ごっこってのはまさに戦略を競う遊びなんだよ。」
「……………ふーん……」
思わず棒読みになってしまったが,致し方ないだろう。なんせ,鬼ごっこがチェスのようなものだと言っているのだ。
チェスというゲームは,ゲームはゲームでも,頭をかなり使う。人間の脳は死ぬまでに約3%しか使われていないというが,その二人はその10倍の30%は使っているのでは?と考えたコナンだったが,ふと,違和感が頭をよぎる。
レイがそう言うということは,あるのだ。レイにも。戦略が。
そう思った途端,コナンはモヤモヤとしていたものがほんの少し晴れた気がした。
飛行機でのハイジャック事件。あの時にあんなに余裕だったのは,何かしらの勝算があったからだろうと思っていたが,その勝算を導き出せたのは,レイに戦略があったからだったのだ。戦略があって,これならハイジャック犯を大人しくさせられると思ったのだろう。いや,確信していた。
だが,どんな戦略を立てたのか,いつ立てたのかがコナンには分からない。見当がつかないのだ。
(まず第一に,情報が少なすぎる上に,あんな圧倒的不利な状況下で戦略を立てるなんてまず不可能。なのにこいつは不可能であるはずの戦略を立てて一瞬でハイジャック犯を制圧した。………いや,制御した……?)
益々分からなくなってきた。
コナンは一気に疲れを感じ,取り敢えず今は何も考えないことに尽くした。
コナンからの質問が止み,終わったと決めたレイは,近くに居た,サングラスをかけ,水色と白色という,良いセンスをしたワンピースを着ている女性に話しかけ,事の詳細を話し,警察に連絡してもらうよう頼んだ。
すると女性は付けていたサングラスを少し下にずらし,あら。と若干驚いたようにレイを見つめる。
「じゃあ,君なのね。死体の偽装工作をしているところを見たから犯人3人を捕まえてほしいって連絡してきたのは。」
「…え‥…?」
まさか仲間か?!と反射的に感じたレイだが,『連絡してきた』と受け身の言葉を使ったことからして,もしやと別の可能性が浮かび,希望を添えてもしかして,と問おうとした言葉は出てくることはなかった。
自分の足元から声がかかったためだ。
「あれ?佐藤刑事?どうしてここに居るの…‥?」
「コナン君じゃない!どうしてって…。それはこっちの台詞よ。」
どうやら知り合いらしい。だが,コナンが『佐藤刑事』と呼んだことからして警察なのだろうと思い,2つめの可能性が当たってくれったことにほっと胸を撫で下ろす。
「えーっと……?兎に角,君なのね?通報してくれたのは。」
「あ,はい。なんか,偶々見ちゃって……。すみません。忙しいのに。」
レイのその言葉にコナンと佐藤はびっくりして,レイを凝視する。
なんせ,謝られたのだ。
警察は市民を守るのが務め。助けを求めたら助けてくれるのが当然。常識。そう考えている人が多いこの世の中では警察に感謝はする人は居るが,謝ってくる人などいない。コナンも佐藤もそう思っていたためにレイのこの言葉に必要以上に驚いてしまったのだ。現に,佐藤も長年警察職務を全うしているが,そんな人は誰一人としていなかったし,コナンも見たことがなかった。
「………え,えーっと…………。あ,ありがとう……?」
思わず疑問形になってしまったのは仕方がない。そんな自分を許してほしい。そう佐藤は願った。
コナンもポカーンとしてレイを見上げている。
レイはそんな様子の二人にキョトンとして首を傾げる。
レイにとっては守ってもらうことが当然なのではなく,守ることが当然であり,普通なのだ。
勿論,それはレイ達,元食用児ならば皆同じ思いだ。だが,レイは,いつの日かも述べたように,自己肯定感というものが絶望的に,壊滅的に低く,自己犠牲の精神が強すぎるが故に,エマ達のように,皆で助け合って生きていく,つまり,お互いに守り,守られ生きていくという概念がないのだ。
勿論,それはハウスでドンとギルダに言われた,信じていないということになるのだが,レイは信じていないのではなく,守られることを当然と思っていないのである。
つまるところ,レイは家族に守られることもあり,とても感謝しているが,GFの最年長として,そして,皆を引っ張っていかなければいけないリーダーとしての責任感で,自分が家族に守られることよりも,自分が家族を守ることの方が多いことが普通と考えているのである。これまた無意識に。
その自己肯定感の低さ,面倒くささがエマ達の頭を抱えさせているのだが。
三人の間に長い長い沈黙が訪れた。
そして,丁度同じ頃。空港のターミナルでは,数分前にノーマン達のグループが到着し,続いてエマ達のグループがもうすぐ到着するであろう頃合いだというのに,(何故こんなに早いのかを突っ込んではいけない。ノーマンの財力,その他諸々の力は恐ろしいのだ。)ほんの数時間だが,再会を喜んでいる様子はなく,緊迫した空気に包まれていた。
「レイが何処にも居ない……?」
眉間に皺を刻んだ厳しい顔でそう呟いたのはようやっと空港に着いて,新鮮な空気を吸い込もうとしていたノーマンだ。
ノーマンのその表情にも慣れっこな家族の皆は眉を下げて必死に説明する。
「トイレに行くって言ったきり全然帰ってこないの!!」
「お腹壊してるとか,そういうんじゃなくて?」
「私達も最初はそう思って,ユウゴがトイレ見に行くって言ってくれて…………。」
「…………それで……?」
一生懸命説明してくれた,レイのことが大好きな妹,ジェミマから視線を外し,ちらりと自身の右側に立っているユウゴへと向き直る。
ユウゴは難しい顔をして,空港ターミナルの床を見つめていたが,意を決したように全員を見回してゆっくりと口を開く。
「………………人が死んでたよ。トイレの一番奥の個室で。」
「!!!!!!???」
「!!!なっ!!!??」
全員,言葉を失ってユウゴを見つめる。
イザベラに至っては口元を手で覆い,顔を真っ青にしている。いや,真っ青を通り越して,最早ちゃんと血液が回っているか心配になってしまうくらいには血色が良くない。
動揺した子供達がどういうこと?とお互いの顔を見合わせる。
そんな皆んなの心を代弁して,ジェミマが今にも泣きそうな顔でユウゴに問いかける。その声も震えていた。
「レイ。どうしたの?無事なんだよね……?」
「分からねえ。」
何時ぞやに聞いた言葉と同じものを聞き,ノーマンのグループに居たドンと,たった今到着したエマ達のグループに居たギルダはビクリと体を硬直させる。
ユウゴの言葉にノーマンは眉間に皺を寄せ,目を細める。
そこに今到着して状況がわからない最後のグループを代表してエマがノーマン達に近付く。
「皆,どうしたの?…………………レイは……?ねえ。何があったの?説明して。」
レイが居ないことで大方の予想はついてしまったのであろうエマは,それでも説明を求める。
ノーマングループに居たルーカスがレイが居ないことと,レイが行った先にあるトイレの個室に死体があったことをエマに告げた。
それを聞いたエマグループは,絶句する。エマも元々大きな目を更に大きく見開いた。
そして,それと同時にドサッと座り込む音がする。
「スーザン!!」
慌てて家族想いのエマが駆け寄る。
ふとイザベラの方をエマが見てみると,元々椅子に座って待っていたからなのか,イザベラは後ろにあった椅子へと座り込んでしまっていた。
皆,顔を青褪めさせている。ハウスを脱獄して以来,レイにずっとピッタリだったジェミマが目に涙を浮かべる。
あ,泣いちゃう!!と反射的に思ったエマは,それでもどうすることもできず,ジェミマが泣くところを見るしかないのかと歯噛みした,その時。
「あの。大丈夫ですか……?あと,ちょっと良いですかね……?」
不意に,エマの頭上,正確にはユウゴへと声がかかる。
「………………何…?僕達,今それどころじゃないんだけど。」
流暢な,それでも少し遠慮がちな英語で声がかかり ,全員の注目が集まると,その声に答えたのはユウゴではなくノーマンだ。
話しかけた女性,蘭はその威圧にビクッと肩を震わせるが,意を決してあの!と,先程よりも語尾を強くして言う。
「眼鏡をかけた小学生の男の子見ませんでしたか?うちで預かってる子なんですけど。さっき彼処のトイレに行ったっきり,戻ってこなくて。」
ノーマンは前半の言葉を聞いて,知らない。と言おうと口を開くが,音を出す間もなく,蘭によって遮られ,続いた後半の言葉に只の迷子か。と,嫌気が差しながらも,蘭が指差した方向に目を向けると,レイが行ったと聞いたトイレと全く同じ方向を指差していた。
全員が目を見開く。
ゆっくりとした動作で蘭の方に向き直り,もう一度ゆっくりとした動作で蘭が指差している方向を見つめる。
間違いない。レイが行ったトイレと全く同じところを指している。
全員の心の声が見事に一致した瞬間だった。蘭が指差している方向にはトイレは一つしかない。
全員が改めて蘭の言葉を頭の中で復唱する。
『さっき彼処のトイレに行ったっきり,戻ってこなくて。』
トイレ…………?トイレに行ったっきり,戻ってこない…………………?
『えー!!!!!???」
「えっ?」
今度は心の声ではなく,きちんと音として認識できる声が揃う。
それに思わず蘭は間の抜けた声を出す。
近くに居てコナンを探していた小五郎も驚いて蘭の元へ駆け寄ってきた。
「ど,どうした!?蘭!?」
「い,いや,この人達にコナン君を見てないか聞こうと思って話しかけたら…………」
その説明の言葉は最後まで続かず,蘭の肩をガシッと掴んだ手に遮られた。
「ちょっと……説明して。」
「「………………え?」」
蘭の肩を掴んだのはノーマンだった。
小五郎と蘭はポカーンとしたが,先に我を思い出した蘭がハッとして慌てて説明しようとした。
「え,えっと。実は…………」
だが,その説明もまた,最後までは続かず,今度は甲高い悲鳴によって遮られる。
『キャァァァァァ!!!!!!』
その幾つもの悲鳴にバッとその場に居た全員が上を見上げる。
するとそこには,逃げ惑う人達に紛れたように3人の男が人を一人,人質に取り,誰かと向き合っているのが見えた。
そして,人質に取られているのは,レイだった。
「!!!!??レイ!!!!??」
イザベラが叫ぶ。と,同時に一気に駆け出して,逃げていく人達の波を逆流して上階に向かって走る。
「ママ!!待って!!」
「みんなはここに居て!!ドン,ギルダ!!みんなを頼む!!」
「「わ,分かった!!」」
「ルーカス!!お前も頼んだ!!」
「ちょ,ユウゴ!?エマ!!」
「先輩!!」
「ボス!!」
反射で走って行ったイザベラを追いかけ,エマが飛び出し,それと同時にノーマンも飛び出して皆に指示を出す。
まさかユウゴまで飛び出して行ってしまうとは思わなかったのだろう。ルーカスが慌ててユウゴを引き止めようとするが,ユウゴは聞く耳を持たず,そのまま走って行ってしまう。
それに続いてシエナがイザベラを,シスロがノーマンを引き止めようとするが,イザベラはもう此処からでは見えない場所に既に行っており,ノーマンもイザベラとエマを追いかけて人混みに紛れ込んでしまう。
その様子を呆然と見送った小五郎は,隣から息を飲む気配がして振り返った。
「………!!嘘……。」
「蘭……?」
「お父さん……。コナン君が………!!」
「何……!?」
言われて,上を見上げる。
と,そこには蘭の言った通り,コナンが3人の男と対峙している人に紛れていた。
「コナン!!!?何やってんだ!?あいつは!!」
小五郎のその言葉を合図に,小五郎と蘭はイザベラ達が走っていった道を辿っていくように駆け出した。
少し時を遡って,レイとコナンと佐藤の3人の間に長い長い沈黙が訪れていた時になる。
「ちょ,ちょっと佐藤さん!!」
「あら。高木君?」
レイ達が振り返ると,短い髪に,ほんの少し日焼けした若い男が,水色のTシャツに,白色の薄い上着を羽織り,下は紺に近い色のジーパンを履いた姿で此方へ困り顔で走ってきた。
「どうしたの?」
「いやいや,『どうしたの?』じゃないですよ!佐藤さん。駄目じゃないですか。職務中に一般の方と談笑してちゃ。って,コナン君?!どうして君が此処に?!」
「久し振り!!高木刑事!!」
どうやら,この温厚そうな男も刑事なようだ。言っては悪いが,とてもそうは見えない。勿論,いい意味で。
喉まで出かかった言葉を飲み込み,代わりに誤解を解くため,コホンッと咳払いをする。
「あの,別に談笑してたわけじゃないんで。責めないであげてください。」
「………えーっと?君は……?」
高木が疑問を口にする。
レイやコナンが説明するよりも先に,佐藤が高木に実はね,と分かりやすく説明する。
すると,説明を聞いた高木の顔が見る見るうちに驚愕へと染まる。
「えー!?じゃ,じゃあ君なのかい?!通報してくれたのは?!困るよー!最後まで言ってくれなきゃ。お陰で殺されてしまったのかと思ってバタバタしちゃったんだから。」
「すんません。途中で充電切れちゃったもんで。ご迷惑をかけたなら謝ります。すみません。」
「え!?あ,いや,別に怒ってなんかないから!頭を上げて!お願いだからさ。」
「……………高木君………。」
「ちょっと佐藤さーん!!そんな目で見ないでくださいよ~!」
高木の言葉に頭を下げたレイに高木はぎょっとし,慌てて頭を上げるよう宥める。
一般人に,しかもまだ10代の子供に頭を下げさせる刑事がどこにいようものかと目で訴える佐藤に高木は若干涙目で追い縋る。
その様子を見ていたコナンは,職務中だというのに,何時もと何ら変わらないその光景に苦笑する。
ふと,レイの方を見てみると,レイは丁度,高木に言われて素直に顔を上げていたところだった。
だが,佐藤と高木のやり取りを見ると,してやったりと言うような,いたずらっ子の表情を作った。
何時もならばコナンはこれにも苦笑を漏らすのだが,今回はそうせず,冷や汗をかきながら,厳しい目つきでレイを見つめる。
(……これも,『戦略』…………。)
今迄,短い時間だったが,レイを見ていた限り,確証はできないが,レイは,素直に何かを聞き入れるような性格ではないとコナンは思う。
どちらかというと,今の佐藤と高木のように,カマをかけて嵌め,からかうような,子供じみたことが好きなように思えてくる。
だから今回も,高木には,佐藤がコナン達と談笑しているように見え,慌てて注意しにやってきたということを高木の言葉から瞬時に読み取り,誤解を解いてやるついでにほんのちょっとした悪戯心が働いたのだろう。
本当に油断も隙もない。
コナンがそう感じた,その時。
不意にレイが何かに気付いたように目を鋭くし,後ろを振り返る。
(?なんだ……?)
つられてコナンも振り返って,目を見開く。
人混みの向こう側,その更に奥。細かく言うと,コナン達から約50m先に,男達がギラギラとした目付きで此方を見ているのがギリギリ見えた。
(!!!!??まさか,あの2人か!?どうやったら此処から彼処の気配感じんだよ?!)
コナンはトイレで直接あの男達を見たわけではなく,声しか聞いていなかったため,レイが見ている先が何処なのかを見つけるのに苦労したが,2人の男だけ,他の人とは違う雰囲気を纏って此方を見ているのが辛うじて分かったため,トイレでレイが見たのはあの2人だと分かる。
だが,トイレで聞き耳を立てていたときは,3人の男の声がしたはずだとコナンは思い出す。
(どうして2人しかいねえんだ?確かに俺は奴らの姿は見てねえが,声は聞いた。声はちゃんと3人いるって物語ってたはず……………。⁉!?まさか!?)
コナンがその結論に至ったとき,佐藤と高木が叫んだ。
「ちょっと!駄目じゃない!!私達から離れないで!!」
「ま,待って君!!一人じゃ危ない!!」
その声に顔を勢いよく振り向かせると,何故かレイが物凄い速さで走って行っていたのが見えた。
(不味い……!!そっちは…!)
あの場,コナン達から見て背中側に居た男達が二人しかいなかった理由。
それは,二手に分かれていたからだ。
この広い空港内で二手に分かれるというのは妙案とは思えない。通信機器がなければの話だが。
もし何かしらの通信機器があれば,話は別だ。
後ろに2人居るのなら,前に1人居る。現に,後ろの奴よりも近くに,ほぼほぼ目の前に,残りの1人が待ち受けていた。
あの距離ならば全部ではなくとも,レイ達の会話が聞こえていただろう。佐藤と高木が刑事であることを把握しているのであれば,人混みに紛れてレイに近づこうとしないのも分かる。
だが,当の本人であるレイがいきなりそいつへと突っ込んでいったのだ。
佐藤達の静止も虚しく,レイは突っ込んでいく足を止めない。
すると,男もナイフを持ってレイに向かって走る。
男がナイフを持っていることに気付いた佐藤と高木がレイを止めようと踏み込んだ。
「駄目ー!!!」
「危なーい!!!」
コナンもキック力増強シューズのダイヤルを回して戦闘態勢に入ろうとするが,レイが男とうまく被っていてボールを蹴ることが出来ないため,チッと舌打ちして別の方法を考える。
その時,カシャンッ!!と,何かが床に落ちた音が辺りに響いた。
賑やかだったその場は一気に静まり返る。
他の階やフロアの騒音が物凄く遠くから聞こえている気がする。
床に落ちたのは……………男が持っていたナイフだった。
「………………え?」
佐藤も高木もコナンも,その場に居た全員の動きが一斉に止まる。
正面を見てみると,レイが男のナイフを叩き落としたのか,男も呆然と突っ立っていた。
と,いち早く我を思い出したであろう人物がコナンの横を通り過ぎていく。
その際吹いた風と,通り過ぎていった人物にコナンはハッとしてレイに迫る危機を感じて思わず叫ぶ。
「レイお兄さん!!!危ない!!!」
レイはコナンのその叫びに振り返り,後方50m先に居た筈の男達が自身に突っ込んで来ていることに気が付くと,驚いたように目を見開く。
が,もう遅かった。
男達はすぐそこまで迫ってきていて,先程ナイフをレイによって叩き落とされた男も後ろに居たため,逃げるに逃げられず,レイは男達に捕らえられてしまう。
「「!!!!!!???」」
「っくそ!!」
佐藤と高木が驚いたように体を硬直させ,コナンは悪態をつく。
『キャァァァァァ!!!!!!』
状況を理解してはいないだろうが,やばいということだけは分かったらしい,一般人が逃げ惑う。
それにつられて他の階に居た人達も,此方を見ると慌てて逃げていく。
目暮十三警部も何事かと慌ててやってきた。
ふと,コナンはこの光景に違和感を覚え,あることに気が付く。
(!!!!!??まさか?!こいつ!!!?)
コナンはレイを凝視した。
レイはそのコナンの視線に気付いたのか,ちらりとコナンを一瞥する。
と,ほんの少し,いや,コナンも見て理解するのに十数秒程かかるくらい,ほんの僅かに,レイが口角を上げて笑った。
(!!!!!!!!????なんつーことしてんだ!!!こいつ!!!)
レイへのどうしようもない怒りと,気付かなかった自分へ対する怒りで唇を噛み締める。
すると,逃げる人達の足音とは別に,此方へ走ってくる足音が聞こえてきた。
「レイ!!!!!??」
「………ぇ。ママ……?何で………。」
レイが呆然と呟く。
コナン達はその声に後ろを振り返った。
そこに居たのは,コナンと同じ飛行機に乗っていて,コナンにとっては疑問しかない女性,イザベラが額に汗を浮かべてレイの方を凝視していた。
「ちょっと!此処は危ないわ!!早く避難して!!」
「ママー!!レイ!!」
「レイ!!大丈夫!?」
「は!?エマ……?ノーマンまで……。」
「俺も居るぞ。」
「ユウゴ………。」
急に登場してきた人物に,佐藤も高木も困惑する。だが,避難させないと危険なため,避難させようとするが,次々にレイの知り合いか何からしい人物が出てくる。
と,今度はコナンは勿論,佐藤や高木もよく知った人物が出てきた。
「コナン君…!!」
「コナン!!お前何やって………って高木ぃ~?!お前ら揃いも揃って何してんだ?!」
「ら,蘭ちゃんじゃない!!」
「毛利さんまで……!」
今度は別の意味で騒がしくなる。
だが皆さん,忘れてはいけない。
今,まさに目の前では,レイが人質に取られているという,予期せぬ出来事が起きているのである。
「うるっせえー!!!てめえら!!!今の状況分かってんのか?!」
「これ以上騒いだらこいつぶっ殺すぞ!!!」
「ッ……!!」
流石に男達もこれにはブチギレてしまったのか,レイの首に腕を回して締め上げている男が,持っていたナイフをレイの首筋に当てて脅しをかける。するとその場は途端に静かになるが,全員,早くどうにかしないと不味いという衝動にかけられている。
(不味い!!!あのままだと窒息する……!!)
コナンがそう思っている要因は,人質になっているレイの足が浮いていることにある。
レイの首を締め上げている男が怒鳴った際に自分の体の方へレイを持ち上げたのだ。
当然,宙に浮いているからといって重力がなくなってしまうわけではないため,レイの体は首を持ち上げられたまま重力に従って下へと引っ張られるため,首を締められている状態にある。
首が締まるということは,肺での気体交換が正常に行われない気道閉塞や,頸部にある2つの動脈である,内外動脈と椎骨動脈から脳への血液供給が途絶されてしまう動脈閉塞,同様に,静脈系の内外静脈と椎骨静脈系から頭部の血液の還流が途絶える静脈閉塞が起きてしまっているということになるため,かなりまずい。
気道閉塞は15kgで,動脈閉塞は3.5~5kg,静脈閉塞は2〜3kgで作用してしまう。
重力加速度は『1G=9.80665m/s2』,この人の腕力は,この感じだとプロレスラーにやや近い,55kgくらいだろう。
皮下出血を起こしたらアウトだと考えてもいい。
血液が回らず,うまく働いてくれない頭を回転させ,オリバー達が聞いたら,お決まりの,『GF怖ぇ〜!!』という台詞を言われそうなことを考える。
勿論,これはレイの並外れた知識の一つであり,レイにしか分からないことなのだが。
その時ふと,レイはあることを思い出した。
(あっ……………。)
思い出し,やるしかないと意気込みつつ,少々申し訳ないと感じつつ,グッと拳に力を入れ,頭上へと拳を握ったまま持ち上げると,一気に振り落とした。
「……………え」
「なっ…………!!」
「!!!!!!!!???」
最初にノーマンが唖然として声を上げ,次にユウゴが何時ぞやのことを思い出して思わず手で隠しつつ顔を青褪めさせる。
高木は声も上げられないほど驚いているようで,言葉を無くしている。
「ゲホッ!!ゲホッ!!」
レイの咳の音で全員が我に返り,エマ達がレイに慌てて駆け寄り,佐藤と高木,目暮は3人を捕まえる。
「レイ!!大丈夫!?」
「……………レイ………。お前…………。」
「ケホッ!ッああ。大丈夫だ,エマ。わり,ユウゴ。咄嗟に思い出して。」
コホコホと咳き込みながらも大丈夫だからと苦笑いを浮かべるレイの姿に,みんなホッとする。
コナンもふうと息を吐き出すと,レイの方を険しい顔で見つめる。
(……あの時,犯人の一人に突っ込んでいったのは,後ろの奴らから逃げるために走って,偶々そこに一人居たからじゃねえ。わざとだ。)
一見なんのメリットもないように見えるが,とコナンは更に顔を強張らせる。
(自分が突っ込んでいくことにより,残りの二人も此方へ駆け込んでくる。騒ぎを起こせば此処に居た人たちから優先的に,且つ自然な形で避難させることができる。つまり,こいつは,自分自身を利用して他の人を巻き込まないようにしたんだ。)
コナンは駆け付けてきた人達に囲まれているレイを見やる。
と,途端に悔しさが込み上げてきた。
(っクッソ!!考えれば気付いていたのに!思えば,俺の問いに,あいつは正確に答えてないんだ……!!)
そう。レイは,コナンに『バレたらどうするのか』と聞かれても,『問題ない』としか答えていない。
戦略の話だって,戦略がどういったものか,ということを鬼ごっこやチェスに置き換えて説明しただけだった。その肝心の内容を聞いていなかったことに,コナンは今更ながらに気付く。
ふと,レイがコナンを横目で見る。
急に目が合い,コナンは思わず固まってしまうが,その様子を面白そうに,レイはふっと口角を上げる。
それにコナンも思わずニヤッと挑戦的な笑みを向けてしまう。
「コナン君!!大丈夫だった?」
「まあた,お前。巻き込まれたのか。」
蘭の心配する声と小五郎の呆れたような声を軽く聞き流しながら,レイへと目を向ける。
まるで,お前は俺に一生敵うことはねえよとでも言っているような挑発に乗るかのように,心の内で宣言する。
(ぜってえ負けねえ!!あんたのその余裕,俺がぶっ壊してやるぜ!!)
何度も言うが,今日はレイの厄日である。