そして、月日は流れ、私は十一歳になっていました。十一になる頃には、弱かった体も強くなり、普通に兄たちと共に尋常小学校に一人で通うことができるようになりました。元気になってからは、次第に菊さんに話す話題の幅が広がっていき、菊一 さんはそれを楽しそうに聞いてくれるのです。
優しい菊一 さんと、ふわふわの柴犬と、美味しいお菓子。それを食べながら、菊の花を見ながら、二人で話をする。そのどれもが、幸せを象徴するものでした。どの場面を切り取っても、美しく、そして思い出深い大切な記憶でした。
「ねえ、菊さん」
「なんですか?」
「ずっと気になっていたんだけど、菊さんはどうして人間になったの?」
少し踏み込んだ話題であることは、幼いながらもわかっておりましたが、どうにも聞かずにはいられなかったのです。菊さんという存在を、もっと知りたくなってしまった私にとっては……。
「どうしてって言われましても……」
菊さんは困ったように眉をひそめ、優しく微笑み、小首を傾げて考えているそぶりを私に見せました。その困っている姿でさえも、私には美しく見えたのです。
「そうですねぇ。……それは、私が、子供たちを守りたかったからかもしれませんね。私は国。いわば、国父で。……ですが、日本が生まれた頃には、私はもう、国父としての役割を担っていましたから。……私はなぜ、国であるのに、人間なのでしょうね。……」
菊さんは縁側にころりと寝転がって、小さく笑って、私の目をじっと見つめます。そして優しくふんわりと笑って、
「……なんてね。私が人間でいるのは、大切な子供たちを一番近くで守っていたいからですよ。私は、日本ですからね。」
菊一さんはにこりと笑って、空をぼうっと見始めましたから、私はやはり聞いてはならなかったのではないかと下唇を噛みました。
「……空は、相変わらず、青いですねぇ」
そう呟くと、菊さんは立ち上がり、奥へと入っていってしまったのです。そして、灰色の羽織と黒色の山高帽をかぶって、私に
「今から、汽車に、乗りませんか?」
とはにかみながら、突然、そのようなことをおっしゃいました。私は突然のことに戸惑いながらも、母に見つからなければ大丈夫だと答え、菊さんの手を握って、裏口から出て、駅の方へと向かいました。
コメント
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なんとなくだけど、これから急展開しそうな気がする!!ただの勘だけど… それにしてもはにかんで笑う菊さんとか絶対美しいやん…! スマホ没収されてて見るの遅れちゃいました…!!悲しい😢