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汽車の中にはほとんど、人がいらっしゃいませんでした。ですが、ちらほらと外人の方もいらっしゃるようで、菊さんは少しばつの悪そうな顔をしていました。

「……あまり会いたくない知り合いでも、いるの?」

私がそうたずねてみると、菊さんは露骨に驚き、あわあわと口をもごもごさせました。そして、

「……大英帝国から来られた方が、ね。日英同盟を組みましたから、よくわが国に来られるのです。……少し、迷惑ですけど。」

「へえ。菊さんも、大変ですねぇ。」

「そりゃあまあ。国を背負っているわけですから、爺といえど、悩みの一つや二つはありますよ」

「ふうん、菊さんも悩むんだ」

ふと、菊さんは眉をひそめて微笑んで、

「もう、私をなんだと思っているのですか? 国が不安定なら、私も不安定になりますよ。」

とおっしゃいました。

「どんなことに悩んでるの? どのくらい?」

「……開国、した時からずっと。……閉じこもっていれば、私にしかできない才能が開花していきますけど、やはり、それではいけないのです。……開国して、たくさんの文化が入り混じって……嫌というわけではないのですが、あまりにも、今まで見てきた風景とは違いましたから……あら、綺麗な田んぼ。……ここら辺は変わりませんね。ずっと、私が恋しく思う日本のまま。……ねえ、こうちゃん。私ね、開国したことを、後悔したのですよ。当たり前だったものが崩れていって、みなさん、私ではなくて他の国へと目を向けていくのです。これが必要な変化であることは重々承知しているのですが、つい、恋しく思うんです。今、見ている風景も、いつか変わるのではないかって。……いえ、変わります。せかいは、変わっていきます。日本が強くなったように、気持ち次第で変わっていく。それが恐ろしくなってはなりませんね。良い変化にしましょう。国のためにも、子どもたちのためにも。ね、こうちゃん、……うふふ、こうちゃんには、少し難しいお話だったかな」

菊さんは優しく寂しそうに微笑まれて、私はまたぎゅっと胸が締め付けられ、釘付けにはなっては仕方ありませんでした。

「ぼ、僕だって! 学校で習ったんだ! 父様からも教えてもらったんだ! だから、少しくらい、わかる……菊一さんが思うこと、ほんの少しだけなら、わかる……」

顔を真っ赤にして、必死に言葉を放つ私を見て、菊さんは心から嬉しそうな顔をなさって、

「本当、こうちゃんは可愛らしい子。……林太郎に、そっくり。」

と私の額に額をくっつけて、私の目をじっと見つめるのです。

さらりと、菊さんのなめらかな髪が私の額をくすぐって、菊さんの黒い瞳が私をとらえて、鼻先がつんと当たって、息がふわりとかかって、つい、胸がドキドキしてしまううのを必死に抑えるほかありませんでした。きっと、彼は無自覚でやっているでしょうから、また私も無自覚でしたから、一番、タチが悪かったのです。

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コメント

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ユーザー

なんか個人的…!あくまで個人的だけどこうちゃんがモブっぽい気が…、 菊さんの複雑な感情や、こうちゃんの健気さが伝わってきます…!! 本当にいつもの事ながら毎回毎回最高です!!!!!! なんでこんな素晴らしい作品をこんなめちゃ早なスピードで投稿できるんすか…??

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